私が「珍しい社名」に込めた想いと30代で掲げる「みっともない夢」

とある会社の調査によると、人は24歳くらいから夢を諦めはじめるという統計が出ています。みらいきれいは、クライアント様と社員の夢を応援する会社です。私たちが夢を大事にする理由を、代表取締役の石渡祐児が語ります。
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夢を実現した先に、幸せなみらいを創造してほしい

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▲代表の石渡。社名に込めた想いを軸に、今回は夢についてお話しします

名刺交換すると、「会社名、変わってますね!」と毎回突っ込まれることが多いです。会社を立ち上げる時、「覚えやすい会社名にしよう」と考えていたので、その言葉を聞くたびに、目的を果たせたような気持ちになります。

私たちのようなベンチャー企業は、「英語」や「カタカナ」の会社名ばかり。ただ、それだと記憶に残らない。Webの記事でも、“違和感のあるタイトル”のほうがクリックされやすいように、いかに“違和感のある社名”にして、覚えてもらうかでした。

「私たちのサービスで、未来を明るいものにしたい」と考えていた私は、社名にポジティブな言葉を選びたかった。そこで、「未来を幸せ(=きれい)にする」という意味を込めて、「みらい」と「きれい」の単語を掛け合わせたんです。

実は、社名に込めた「未来を幸せに」という想いは、クライアント様だけに向けた言葉ではありません。「社員一人ひとりの夢を応援したい」という意味も込めています。

私は“夢”という言葉を大切にしています。それは、夢のおかげで自分自身を成長させることができたから。私はこれまで、起業という夢を達成するために、自らの人生を選び取ってきました。

「一枚のチラシ」で起業を決意し、未経験からWeb業界へジョブチェンジ

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▲3名からスタートした前職時代。とにかく、ガムシャラに働き続けました

私は幼い時から、自営業の床屋として働く両親の背中を見ながら育ちました。お客様が来るたびに、家族全員でワクワクしたし、繁盛店だったこともあり、毎月のように伸びていく売上を見て、「すごいな」と魅力を感じていて。そのかたわら「いつか親の年収を超えたい」という想いが芽生えるようになったんです。

そんな想いを抱えていた私は、もちろん両親の床屋を継ぐ事も考えました。でも、あまりにも不器用すぎて床屋の道をあきらめ、いつしか違う道を目指すようになったんです。

当時、デザイン関係の仕事に高い興味を持っていたのと、高い給料がもらえるという理由で、2006年に紙袋のデザイン・制作を行なう会社に、新卒の営業職として入社します。ところが、入社2年目の2007年に「エコバッグブーム」が突如やってきて、紙袋業界は大打撃を受ける事になりました。

そんな時、当時暮らしていたマンションのポストに投函されていた一枚のチラシが私の運命を変えました。

そのチラシは、高級リゾートマンションの広告でした。それを見た瞬間、直感的に「こんな場所に住んでみたい!」とワクワクしたんです。ただ、金額は1億円……。どれだけ稼いでも、会社員の年収は1000万円がいいところ。このまま会社員を続けていては、一生こんな場所に住むことはできないんだろうなと考えたのです。

そこで、一瞬のうちに頭の整理がつきました。

「1000万円以上を稼ぐためには、どうすれば良い?」「あ、起業しかないな」と。

そんな一枚のチラシが私の人生のターニングポイントになったのです。もともと「両親の年収を超えたい」という想いをうちに秘めていた事もあり、そのチラシが私の中でモヤモヤしていたものがストンっと腹落ちさせてくれたことを覚えています。

私は、そこから「起業するためにはどうすれば良いんだろう?」という自問自答の日々がはじまりました。そこで最終的に行き着いたのは、将来的な起業を見据え2010年に、Web広告代理店に転職したんです。

その会社を選んだのも、会社規模が小さく、「大きな裁量を任せてもらえるだろう」と見込んだから。それに、私と年齢の近い代表が立ち上げた会社であることにも興味を持っていましたね。

ただ、「何百名も従業員のいる会社」から、「社員3名しかいない会社」への転職だったので、家族や同僚は大反対。それでも一度決めたら曲げない性格の私は「Web広告のノウハウを学べば、起業に必要な力が身につくだろう」と周囲の反対を押し切り、営業コンサルとして入社し、Web広告を学びはじめたんです。

起業する夢を達成。次の夢は、“キングカズ”が教えてくれた

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▲テレビではもちろん、時には現地に赴き、KINGの勇姿を見つめます

Web広告代理店に入社後、会社は急成長。会社の成長を肌で感じ、毎日が刺激的なものになり、当時、会社を辞めるか起業するか、ものすごく悩む時もありました。でも、「やっぱり起業したい!」と決心し、入社2年目の時、「入社5年目の2015年5月に、会社を辞めて起業する」と会社に伝えました。

ところが2015年、起業する時期が迫っているにもかかわらず、起業後のサービス内容はいつまで経っても決まらず、焦りと不安が襲ってくる毎日。そんな時、Web広告業界では「記事」を使ったプロモーションが徐々に主流になってきていたんです。

広告代理店に勤めている頃から、たくさんの「広告用の記事」を見る機会が多くなり、同時に課題も私は感じていました。そこにビジネスチャンスがあるんではないかとふと思ったんです。それが今の会社の主力事業になると当時は思ってもいませんでしたが、「記事LP」のサービスを開始したのはそんなきっかけです。

当時Webにおける記事広告の多くは、「記事」は外部ライターが作成、「広告」は広告代理店が運用という役割分担をされることが一般的でした。ただそもそも、Web広告の運用経験がない「外部ライター」が記事を書き、記事を書いたことがない「広告代理店」が記事を使って広告を運用する。

そんな状態ではなかなかうまくいくはずがありません。Web広告の運用経験がないライターが書いた記事では購入まで結びつける力が圧倒的に足りないのです。そして広告代理店も記事を書いた経験がなく、納品された記事は「きっと良いはずだ!」と広告運用の方で何とかしようとする。そんな「記事」と「広告運用」の点と点がつながっていない状態に私は違和感を抱いていました。

そこで広告運用の経験がある、私自身が記事のノウハウを溜めて、記事作成を内製化させることができれば面白いんじゃないかと思ったんです。それが、現在提供しているサービスにつながっています。

もともと私は、「マンションを買えるような年収を稼ぎたい」というシンプルな夢から、起業まで辿り着きました。けれど、実際に起業してみて、さらなる夢が見えてきた。それが「サッカーのクラブ経営をしてみたい」という夢です。

幼少時代から大好きだったキングカズこと三浦知良選手が在籍する『横浜FC』の試合をテレビやスタジアムで見ることが、私の毎週末の楽しみでもありました。スタジアムには老若男女、幅広い年代の人々が集まり、みんな夢中になってチームを応援している。そんな光景をふと客観的に見た時に、「私もみんなが夢中になれるものをつくりたい!」そんなふうに思うようになったんです。

同じ船に乗りながら“夢”を追いかける、ワンピースのような組織に

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▲社員の夢の達成を追う、それが石渡の経営者としての、揺るぎなきポリシーです

だから、その夢を達成させるためにも、会社の目標を達成し、大きな利益を出すことで、私の地元である千葉県佐倉市に、Jリーグクラブを誕生させたいというのが今の私の個人の夢です。もしかしたら現実的ではない「みっともない夢」と思われてしまうかもしれません。でも実現が難しい夢だからこそ追いかける価値があるものだと私は思っています。

もちろん自分の夢だけではなく、社員それぞれの夢を達成させることも目指しています。私のイメージでは、みらいきれいで働く社員全員は、同じ船に乗っている。その船が向いている先は、会社がこれから目指す方向です。その目的地に共感してくれた人が、社員として船に乗り込んでいきます。

だけど、会社が向かう目的地に、ただ行くだけではつまらない。だから、船に乗りながら「この船に乗り続けることで、個人の夢が達成できる」と分かれば、みんながワクワクできるはず。社員には、そんな “ワクワク感” を感じてほしいんです。

そんなふうに、同じ目的地を目指す船に乗りながら、社員みんながワクワクできるモノを見つけていける会社をつくりたいと私は思っています。


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