多様な人々と向き合うためのユニバーサルマナー。それを伝道する障害当事者たちの矜持

高齢者や障害者など“自分とは違う人”の視点で考え、適切に行動する「ユニバーサルマナー」の普及に尽力している株式会社ミライロ。事業のひとつである「ユニバーサルマナー検定」で講師を務めるのは、障害の当事者でもある社員たちです。なぜユニバーサルマナー普及に尽力するのか? 私たちがめざす未来をお伝えします。
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障害者との関わりは無関心か過剰、どちらかになりがちな日本

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障害のある人やお年寄り、ベビーカー利用者などを街で見かけたとき、「手助けしたほうがいいのかな……」と思いつつも、何をしてあげたらいいのかわからず、けっきょく見て見ぬふりしてしまった経験はありませんか?

自身が下半身麻痺のために車いす生活を送っている、ミライロ社員の岸田ひろ実(きしだひろみ)。彼女はつねづね、障害者に対する日本人独特の反応は、“無関心”か“過剰”かの両極端が多いと感じています。

困っている人を無視する、気になってもアクションにつながらない“無関心”。その反対に、手助けをしてくださるのはありがたいものの、たとえばいきなり車いすを動かされて怖い思いをする……。そういった、当事者が困ってしまう“過剰”な働きかけもあります。

声かけやコミュニケーションを行うには、多様な人々の特徴や心理状況を知ってから、ケースバイケースの適切なサポート方法を選ぶことが大切です。それができないのは、相手のことを「知らない」ため。

岸田 「無関心も過剰も、なぜそうなるかというと、障害者について知らないからなんです。知らないから、『不安』『アクションするのが怖い』『どうしたらいいかわからない』という気持ちが生まれます。自分と他者の違いを知ることさえできれば、一歩踏み出す勇気が出るものです。

私たちが当事者としてお伝えしたいのは、無関心と過剰のあいだ、ちょうどいいこころづかいです。『何かお手伝いできることはありますか?』そのひとことが、相手を知るきっかけになるんですよ」

ミライロでは、障害者や高齢者など多様な人々に向き合うためのマインドとアクションを「ユニバーサルマナー」と名づけています。その考え方を体系的に学ぶための検定が「ユニバーサルマナー検定」です。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催という機を得て、ユニバーサルデザインの導入は急激に進んでいます。また2016年には障害者差別解消法が施行され、民間の施設や自治体では、障害者を受け入れるための設備の強化や配慮が推進されています。

さらに、著名タレントが、キャスターを務めるニュース番組の中で、ユニバーサルマナー検定を受講したことで話題にもなりました。

こういったさまざまな機運の後押しもあり、ユニバーサルマナー検定受講者は、初年度(2013年)の約2,000名から、2016年度は、のべ2万6,000人にまで達しています。

ユニバーサルマナー検定の特徴的な点は、講師陣に身体障害、LGBTなど、さまざまな背景を持った人間がいること。今回はそのなかでも、岸田、そして聴覚障害のある薄葉幸恵(うすばゆきえ)のふたりをご紹介します。

「生きていても意味がない」ところまで落ちたからこそ、語れることがある

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岸田ひろ実が自分の足で歩けなくなったのは2008年のこと。大動脈解離が原因で下半身麻痺となったのです。

長女と知的障害のある長男を育てるなか、2005年に夫が心筋梗塞により突然死。シングルマザーとして懸命に働きながら子育てをしていたさなかに見舞われた、大きすぎる試練でした。

数年間、岸田は打ちひしがれていました。歩けなくなり、何もできない自分は生きている意味がない。死んだほうがまし……。そんなふうに考えていた岸田を、ユニバーサルマナー検定へと誘ったのは、娘でありミライロの創業メンバーでもある奈美(なみ)でした。

親娘ふたりで出かけても、車いすでは行けない場所、できないことがあまりに多いことに疑問を感じた奈美。これでは、母親が夢も希望も持てないのも無理はない――そんな思いから、母親が幸せを感じられるような社会に変えていこうと、ユニバーサルマナー普及の活動をはじめました。

そして、「車いすに乗っている目線でしかわからないことをお話することで、皆さんに気づきを伝える仕事をしてみない?」と、岸田にユニバーサルマナー検定の講師の仕事を依頼したのです。

当初は「人前で話すなんて、自分にはとても無理!」と考えていた岸田。しかし「障害当事者であるママが話すからこそ、どんなことを話しても人に届く。だから自信を持ってやって」と奈美に説得され、2011年にミライロに入社し講師の仕事をスタート。

日本ユニバーサルマナー協会の理事でもあるミライロ代表の垣内俊哉(かきうちとしや)をはじめ、メンバーの信頼に応えられるよう、精一杯取り組みました。

今では、ユニバーサルマナー検定の講師を務めるかたわら、全国各地を講演で飛び回り、年間講演回数は180回以上にも。自身のバリア(障害)をバリュー(価値)に変え、企業や自治体にはユニバーサルデザインを、従業員や一般の生活者にはユニバーサルマナーを、当事者ならではの目線で伝えています。

多様な価値観や状況を理解する必要があるユニバーサルマナーを伝える際、岸田が心がけているのは「3つの視点」を常に持つということです。

岸田 「9年前の2008年までは自分で歩いていましたから、健常者の視点がひとつ。今は車いすに乗っている、当事者の視点がふたつめ。そして最後の視点は、障害のある息子がいますから、障害者の家族の視点です。

この多様性に満ちた社会で、発した言葉ひとつとっても、その人がおかれた立場や環境によって受け取り方は変わります。何百回も講演をするなかで、アンケートなどでいただいたご意見を見ても、そのことは痛感しています。

すべての人の気持ちや希望を100%カバーすることは、現実的には不可能です。だからこそ、私は自分が持つことができている3つの視点をいつも意識して、できるだけ中立の立場から発信するように心がけています」

障害は価値!聴覚障害だからこそ、コミュニケーションを深く考える

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聴覚に障害のある薄葉幸恵は2016年7月に入社し、ユニバーサルマナー検定講師を務めています。幼少のころ肺炎にかかり、その後遺症で特発性の感音性難聴に。そこから聴力は徐々に落ち続け、30代半ばで完全に失聴しました。

完全に失聴するまでの10代、20代のころ、薄葉はずっと、聞こえにくい状態であることを家族や友人に打ち明けることができずにいました。聞き間違いや聞き返しが増えると、それが恥ずかしく、隠したい気持ちが強くなってしまったのです。

聴覚障害があることを周囲にオープンにしてからも、どこかで隠したい、ごまかしたいと思う気持ちは残っていました。

しかし一方で、聞こえないことで必要な情報が得られない、またコミュニケーションがうまく立ちゆかないことにジレンマを感じていた薄葉。もっと人と通じ合いたいという思いが、胸のうちに蓄積されていました。

そんななか、当時勤めていたブライダル施設運営会社の会議室で、ユニバーサルマナー検定が行われていたことをきっかけに、ミライロの存在、「バリアバリュー」の考え方を知ることとなります。

薄葉 「バーン、と雷に打たれたような衝撃でした。障害(バリア)を隠すのではなく価値(バリュー)に変えていこうというバリアバリューの考え方を知って、わたしはこれまで何をしていたんだろう、と。はじめはわかってもらえなくても、互いに知ることで通じ合える、その楽しさを私だったら伝えられることに気づいたんです」

薄葉はすぐにミライロにコンタクトをとり、社員採用に応募。ユニバーサルマナー検定講師としての活動をスタートしました。フルタイムの正社員として精力的に講師の活動をこなすほか、聴覚障害者をサポートする遠隔手話通訳のプロジェクトにも参画しています。

薄葉は、聴覚障害の人が生活のなかで困ることとして、必要な「情報」が得られないこと、スムーズなコミュニケーションが難しく、人から誤解されたり、社会との間に「意識」のバリアが生じやすかったりすることを挙げています。

ユニバーサルマナーを学ぶことで、聴覚障害の人がおかれている状況を知り、周囲の人がさりげなく手助けや声かけをすることができれば、これらの問題の大きな部分は解決するでしょう。

その一例として、薄葉は、ともに仕事をしている手話通訳士のとのコミュニケーションを挙げます。ミライロには、経験豊かな手話通訳士が数名在籍していますが、どの手話通訳士も通訳の後に必ず、「さっきの通訳はどうだった?」と確認するようにしています。

ひとつのやり方や考え方に固執することなく、常に相手とコミュニケーションをとって、より良い方法を一緒に模索していく――薄葉は、対等な関係を築いていく小さなこころづかいの積み重ねが、すべての人々が理解しあえる社会を作っていくと考えています。

障害のある人もない人も互いを知り、行動からよりよい社会をつくる

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障害のある当事者ならではの目線と発想で、ユニバーサルマナーを伝えてきた岸田と薄葉。講師を務めるなか、受検者に一方的に伝えるだけでなく、みずからが学び、気づかされることも多くあります。

岸田は講師をはじめたことによって、それまで価値を失ってしまったと思っていた自分が、誰かから必要とされる人間なんだと自信を持てるようになりました。

岸田 「私は車いすになったときからずっと『死にたい』と思っていて、何をしていても楽しいことがなくて、不自由ばかりだと思っていました。でも、私の話を聞いてくださった皆さんが『岸田さんから話を聞けて気づきがあった、自分もがんばれます』とうれしいご意見をくださって。こんな自分でも価値がある、このままでいいんだと思えるようになりました。

それは私に仕事を与えてくれたミライロのメンバーのおかげであり、また話を聞いてくださる皆さまのおかげでもあります。私の障害、私という人間を受け入れてくださった社会に恩返しする意味でも、これからもユニバーサルマナーのことを広く伝えていきたいと思っています」

聴覚に障害のある薄葉がつねづね感じているのは、ユニバーサルマナー検定は、単に講師が教える場ではなく、受講者とともに「ユニバーサルマナーとは何か?」という答えをつくりあげていく場だということ。

検定の中ではグループワークを行いますが、その発表を聞くたびに、講師たちにとっても新しい発見があるのです。

薄葉 「私は講師という立場ではありますが、上から物を教えるというわけではないのです。検定がひとつのコミュニケーションとなって、互いに歩み寄って、気づきがあって、その人なりの答えを出していく。私自身が楽しんでいますし、学ばせていただいてます」

ミライロがめざすのは、ユニバーサルマナーが子どもから大人まで、当たり前のものとして浸透し、検定など必要がなくなる社会です。障害とは無縁で暮らしていたとしても、高齢になれば、思うように動けなくなり不自由が発生します。

誰もが当事者意識をもって、互いを知ろうとし、行動することで、社会をよりよく変えていけるように――そんな未来を、ミライロは作っていきます。

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