「今、ここで、何ができるか」が重要だ――創業メンバーが思うキャリアの考え方

株式会社MJEの創業メンバーであり、人事部をはじめとした管理系部門を率い、MJEの成長を支えてきた役員の根岸。創業に参画した背景や、当時の想いから、キャリアに対する考え方に迫ります。
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「ゆるっとした」大学生の就職活動

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▲今年は新卒採用の最終面接に参加するという根岸

大学在学時にアルバイトしていた大手通信会社に就職した根岸。自身の就職活動を振り返ると、かなり“ゆるっとした”学生だったと言います。

根岸 「僕はいわゆる団塊ジュニアで、同世代が 200万人くらいいるような時代だったので、就職活動は氷河期でした。
当時の僕は、テニサーに所属しながら、『就職?広告とかマスコミに行けたらなんかカッコいいかな?』くらいしか考えていないような、今でいうところの “意識高い系 ”とは真逆の学生だったと思います(笑)。
Webでエントリーや選考ができる今とは違って、電話帳くらい分厚い就職冊子から問い合わせて資料を取り寄せないといけなくて、まあとりあえず社名を知っている大手から受けにいくか、みたいなノリでした。
今でこそ人事部長として毎年 MJEの面接に参加していますが、最近の学生の方は、自身のキャリアに対してとても真剣で、本当にすばらしいなと思いますね」

そんな大学生活と就職活動のかたわら、アルバイトを探していた根岸が偶然みつけたのが、その後、就職することになる大手通信会社の営業アルバイトでした。

それまで経験していたファミレス店員でも家庭教師でもない、オフィスで働くバイト、ということで勇んで入社しました。しかし、そこで待ち受けていた仕事は、電話代削減の通信サービスの飛びこみ法人営業でした。

根岸 「てっきりオフィスで仕事をすると思っていたので、ちょっとびっくりはしましたが、『まあ、やってみるか!』と、あんまり気にしてなかったですね(笑)。
最初のころはオフィスビルをローラー作戦的に回っていたんですが、だんだん『これじゃ効率が悪いなぁ』と思えてきて、途中から飛びこみ先で紹介をもらう営業手法に勝手にチェンジ。それがかなりアタリで。
成績がけっこう良かったので、朝礼に参加していたり、いつのまにか週 5、6で働いていたりと、チームの主力になっていたと思います」

大学在学時のアルバイト先に正社員として就職する道を選んだ根岸ですが、当時の様子について振り返ると、かなり珍しい存在だったと言います。

根岸 「今だと、インターン先にそのまま就職ということはけっこう増えてきましたし、それが主流だよという会社も多いと思うんですが、僕の就職当時は、アルバイトから社員になるという人がかなり珍しかったんです。
配属は、なんとアルバイト時代から働いていた部署。なので、『よーし、いよいよ社会人だ!』という気持ちは全然湧きませんでした(笑)」

未来のMJE代表・大知昌幸とのめぐりあい

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▲創業間もない時、社員が数名だったころの根岸(写真右)

根岸は、入社後も変わらず活躍を続け、東京から静岡、名古屋、大阪、神戸、京都と様々な支店でのリーダーを務め、着実にキャリアを積み上げていました。そんなある日、ともに起業の道を歩むことになるMJE代表の大知昌幸と出会います。出会った当時の大知の印象を、根岸はこう振り返ります。

根岸 「当時、大知社長は新卒入社 2年目くらいだったと思います。最初、隣のチームにいたときは、実は特別変わった印象を持っていなかったんです。
それが、組織変更で同じチームに入ってきて、一緒に働いてみて、大きく印象が変わりました。なにより、仕事に対しての熱量や、やりきる気持ちの強さがすごかったですね。
そういう人だったので、もちろんすぐに活躍して、あっという間に別チームの責任者を任されて異動していった。だから、一緒に働いていたのは実質 1年足らずでしたね。まさかそのときは、その後、一緒に起業することになるとは、もちろん考えていませんでした」

その後も、根岸はオフィス機器やインターネット回線だけではなく、保険販売や、Web制作など様々な領域で責任者を経験しながら着々とキャリアを積み重ねていましたが、大知と仕事場が近くなることはあっても、一緒に働くということはありませんでした。

そうして、会社に勤めてそろそろ10年弱がたとうとしていたある日、「久しぶりに飲みにいきませんか?」と大知から池袋のバーに呼ばれた根岸。

当時、ヤフーの子会社へ出向していた大知から持ちかけられたのは、「一緒に独立して会社をやらないか」という誘いでした。根岸は、ほとんど迷うことなくこの誘いに乗ったと言います。

根岸 「そのとき僕は 35歳間近だったのですが、実は、学生のころから、『 35歳までに取締役になる』という目標をひそかに持っていました。お金や名誉が目的というよりも、『管理されたくない!自由にやりたい!』みたいなことが動機です。
でも、自分で起業することはないだろうなと思っていました。なぜなら、昔から、トップというよりも “副 ”部長とか “副 ”会長を務めるタイプだったから。
ちょうどそのとき、会社の規模もかなり大きくなっていたこともあって『もっと刺激的な環境で働ければなあ』と感じていたので、よいタイミングだったと思います。
誘ってくれた大知社長自身がトップセールスでやってきた実績もよく知っていましたし、自分自身の力もある。創業メンバーは 5人だったのですが、それぞれが頑張れば食いぶちに困ることはないだろうという自信はありました。
あとは、この選択に後悔しないように『必ず成功させるぞ!』という強い気持ちですね。人生は、選択の連続です。必ずしも正解が選べるわけではない。それなら、自分で決断した選択肢を正解にすればいい。その為に全力で努力する。それでいいと思います」

そうして根岸は10年弱務めた会社を辞め、大知ほか3人のメンバーと、株式会社MJE(創業時の社名は「株式会社グッドライフOS」)を立ち上げました。

10年で40倍の規模に! 拡大する組織を支えた管理本部のリーダー

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▲取締役の松井淑樹と。2011年ごろ

晴れて念願の取締役となった根岸でしたが、創業当時のMJEはどんな様子だったのでしょうか。

根岸 「取締役なので、月に 1回の経営会議はやっていましたが、スタートアップということもあって、創業メンバーそれぞれが、とにかく仕事に打ち込む日々が続きます。
スタート時の事業のメインは、『新規事業の立ち上げ支援』だったので、ここでもまた新たにいろいろな経験を積むことになりました。他社に出向して、 SEの上流工程の仕事を勉強させてもらったこともあります」

創業して数年、事業拡大に伴ってスタートアップ時から社員数も増え、いよいよ会社としてバックオフィスの強化に迫られた2011年ごろ、根岸は管理本部のリーダーを拝命します。

根岸 「ほとんど営業として生きてきた人生だったので、『管理部門』とはあまり縁がないように感じていたんですが、 SEとして出向した経験が情報システム部の仕事につながっていたり、あちこちの支店でリーダーを務めていた前職の経験が、労務管理や人材採用などの方面につながっていたりと、これまで経験してきた様々な仕事が結びついたような感覚がありました。
そういう意味では、他のメンバーのなかでは僕が一番適していたのかもしれません」

当時を振り返り、管理部門の仕事のなかでも特に大変だったのは、2013年から本格的に始めた新卒採用だったと言います。MJEの五大経営戦略にも入っている「採用」ですが、それまでのMJEの採用チャネルはリファラルリクルーティングがメインなうえ、中途採用がほとんどという状況でした。

根岸 「部下 ふたりと一緒に、試行錯誤しながら合同説明会に参加してみたり、パンフレットをつくってみたり。なにせ自分自身が一生懸命に就職活動をした身ではなかったので、とにかく新卒採用に関する仕事は、毎日毎日新しいことに取り組んでいる、そんな感覚がありました」

「何をしたいか」と同じくらい「今、ここで、何ができるか」が重要

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▲「もうすぐ春。新入社員が待ち遠しいですね」と語る
根岸 「 2019年現在は新卒採用のチームが組織され、僕が毎日現場に出ていかなくてもメンバーたちがどんどん採用を進めてくれるような状況になりましたが、採用がうまくいきだすと、次は『教育』や『組織開発』という新たな課題が見えてくるようになりました。
最近、特に強く感じるのは、働く側の意識の多様化ですね。僕らの世代が当たり前だと思ってきた価値観、たとえば『石の上にも三年、まずは三年頑張ってみよう』みたいな考え方は、誰にでも通用する訳じゃなくなってきているんです。
この、価値観の多様性は、面接をしているだけでも、ものすごいスピード変化しているのを感じます。そういった時代の変化、価値観の多様化にフィットするような、柔軟な組織をつくっていかなければならないなと感じる今日この頃です」

現在は最終面接官として、様々な求職者と向き合い、キャリアについて話す機会の多い根岸。そんな場面で、代表の大知がよく話をしている「計画的偶発性理論」という考え方が頭に浮かぶことが増えたと言います。

「計画的偶発性理論」とは、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提唱する考え方で、「キャリアの8割は予期せぬ偶発的な出来事によってつくられていて、その“偶然”の出会いを計画的に設計していくことで自身のキャリアを開発していこう」という考え方です。

根岸 「僕自身のキャリアを振り返ると、 “計画的 ”であったかどうかはさておき、偶然との出会いが今のキャリアをつくっているというのは、本当にそうだなと感じます。
オフィスで働くと思ってバイトで入社したら全然違う仕事だったり、経験のない保険業や SEの仕事を任されたり、上司相手に麻雀で国士無双を決めたことがきっかけで異動になったり(これは勝手に僕が思っていることなので、本当かどうかわからないですが(笑))、本当に様々な偶然に出会ってきたと思います。
そんな偶然のなかで積んだ経験が、結果的には『 35歳までに取締役になるぞ!』という自分の目標達成につながっていて、そして今がある、そう思うんですよね」

目まぐるしく変化してきた自身のキャリアについて、心から楽しそうに、朗らかに語ってくれた根岸。採用の最終選考に参加する立場として、これから就職する人たちへ向けて、キャリアに対する自身の意見を語ってくれました。

根岸 「キャリアの考え方において『何がしたいか』ということは、もちろんとても重要だと思います。でも、たとえば、配属や異動などで『ここは違う。やりたかった仕事じゃない!』と思うような場面に直面することもある。
そんなときに、『出会った偶然のなかで、どれだけパフォーマンスを最大限発揮することができるか』という前向きな考え方も、『何がしたいか』と同じくらい重要なのではないかと思います。それが、自分が歩みたかったキャリアにつながっている可能性もゼロではないのですから」

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