かつての女性警察官は、カウンセラーとして悩みに寄り添う

総合探偵社MRには、さまざまな経歴の方が多数在籍しています。とくに「元警察官」という方は少なくありません。しかし、中でも相談部の田中厚子は、極めてまれなキャリアを積んできました。今回はそんな彼女のこれまでの道のりと、今後の展望に迫ります。

数々の業績を残した警察官時代

▲警察官時代の田中厚子

愛知県名古屋市で生まれた田中厚子は、小さなころから活発な性格。学生時代の夢は高校を卒業して体育系の大学に行き、体育の先生になること。

田中 「自分自身で吸収したいろんなことを、人に『教える』のが好きだったんです。体育の先生を目指しながらも、学生時代は興味のあることをとりあえずやってみていました。
そしたら警察官の試験に受かったんです。そこでちょっと考えて、少年課とかで非行少年を教育するのも悪くないなと思い始めました。
そんなとき、良くしてもらっていた先生に『田中は警察官向いてるよ』と言われて、決心したんです」

入庁してから1カ月ほどを経て、田中はオートバイ泥棒の逮捕に貢献し、県警から表彰されることがあった。すると「女性新人警察官」という目新しさもあって、新聞社からの取材が殺到したと言う。

田中 「男性警察官が捕まえたくらいでは新聞に載らないんですけど、当時は女性警察官が珍しかったから載ったんです。
同期生の中では一番早く新聞に載ったかな?記者は言ってないこと書いてたけど (笑)」

その後も刑事課で聞き込み捜査の協力や、婦人警察官特別機動隊への参加、さらには銃器の密売組織撲滅に一役買ったこともあった。こうした活躍を経て、田中は「刑事部長賞」や「交通部長賞」「警務部長賞」 「署長賞」などを受賞し、順調にキャリアを重ねていく。

しかし、子どもが生まれたことをきっかけに田中は一度警察官を辞めて、主婦業に専念する。やがて子育てが落ち着いてからは、元警察官ということを生かして、警察署内勤のオペレーター職に就いた。刑事課や交通課の情報を取り扱うため、元警察官しかできない仕事がたくさんあったと言う。

田中 「そのほかにも同じ時期に、郵便局の短時間職員や PTAの役員、盲導犬を教育するボランティアもやっていました。
やんちゃなラブラドール・レトリバーを 1年間しつけして、盲導犬協会に返すというものでした。そうやって人や社会の役に立てることは、率先してやりましたね」

思わずかなえられた夢

やがて田中は家庭の事情で、上京を決意する。

東京に来てから郵便局員として働き始めた田中だったが、短時間職員ということで勤務は4時間と少なく、「副業してもいいよ」と薦められることに。そこで、警察官としてのキャリアを生かせそうだと考えた、某大手探偵社に入社するのだが……。

田中 「調査員たちは 40代の私を除けば 20~ 30代の人が多かったですね。周囲からはどこのおばちゃんが来たんだと冷ややかな目で見られていて、すぐに辞めるもんだと思われていたみたい (笑)」

しかし、田中がすぐに辞めたのは探偵業ではなく、郵便局員の方だった。

田中 「探偵の調査がすごく忙しくて、探偵業一本でいくことにしました。探偵社では『元女性警察官』ということを買ってくれて、聞き込みなどを主体とする調査が多かったですね。 当時、凄腕の師匠から調査のノウハウを教えてもらえたのも幸運でした」

警察官時代に幾度となく聞き込みを行っていた田中だが、「警察手帳」を持たない聞き込みには 苦労が絶えなかったと言う。

田中 「警察手帳を見せれば大体の人が聞き込みに協力してくれたけど、探偵だとそうはいきません。 事前に頭の中でいろんな準備をして聞き込みする必要がありました。
でも、そのおかげで警察官時代より聞き込みがうまくなりましたね。 ひとつのコツとしては、間接的にどんどん聞いていくということ。いきなり聞きたいことを聞くんじゃなくて、ほかのことを聞きながら引き出すという技ですね。
あとは対象者の子どものころのエピソードなどを聞くと、意外とものになるんですよ。聞き込みを終えたあとは、頭の中で報告書をつくりながら帰りましたね。その探偵社では、調査から報告書の作成まで全部ひとりでやっていましたから」

たった一年で調査のコツをつかんだ田中は、その探偵社が企画した「探偵学校」の講師を務めることになった。

田中 「このような形で、昔の夢であった先生になるとは思ってもみませんでした。教えてみると、 やっぱりというか、これが結構おもしろかったです」

こうして活躍する田中だったが、その活躍のあまり社内の重役争いに巻き込まれてしまい、 大きな責任は負えないと感じて退社を決意した。

創業初期のMRと出会い、成長に貢献

▲MR探偵学校の教鞭を執る田中

大手探偵社を退社した田中は、知人の紹介で事務仕事を行う会社員となった。しかしデスクワークが基本の業務は、これまで外回り系の仕事が多かった田中には物足りなかった。そこで代わりの人が見つかったタイミングで退社し、再び探偵社への就職を考える。

そうして再就職を求めた田中が向かった先は、総合探偵社のMRだった。まだ創立数年のころである。

田中 「面接を受けたとき『探偵社で講師をやっていました』と言ったら、ちょうど MRも『探偵学校』を始めようとしていたんです。その場で真弓社長と 1時間くらい話し込んでしまって。すぐに採用されました」

その後、田中は自らの経験を生かして、まだ発展途上であったMRを調査力の面で大きく成長させてゆく。

田中 「以前の探偵社でなんでもやっていたことがとても役立ちました。たとえば報告書の改善案を提示したり、調査員に調査の聞き込みのコツを教えたり、業務の分業化を促進したり。
まだ MRのメンバーは若くて経験がない方も多かったので、いろいろと指導してね。 クライアントのご相談に乗るためにカウンセリングの勉強を始めましたが、引き続き個人信用調査や婚前調査とか、自分で契約を取って調査をして報告書をつくってと、イチから最後までやることも少なくなかったです。
でもあちこち移動するのは好きなので、苦にはなりませんでした。年を重ねた今になってもそれは変わらないですね。さすがに最近は、任すところは任せますけど(笑)」

もちろん、真弓社長の提案で発足した「MR探偵学校」でも、以前の探偵学校でのノウハウを生かして教鞭を振るった。

田中 「私が教えていたころの生徒が今はベテランになって、調査で活躍していますよ。そう思うと、先生をやってきて良かったと思いました」

信頼関係の大切さ

2019年現在、田中はカウンセラーとして、日々悩めるクライアントに寄り添っている。またカウンセラーだけでなく、「心理分析プロファイラー」の資格も取得した。

田中 「カウンセラーとして同調・共感するだけでなく、その後の分析・コーチングも行って、最終的なアドバイスまでしたいと思ったんです」

そんな田中がもっとも大事にしていることは、クライアントとの「信頼関係」だ。

田中 「まずは真摯になってクライアントさんのことを考えます。こちらが真剣に考えているかどうかなんて、クライアントさんには伝わりますからね。
こちらも真剣にアドバイスしますが、いずれも無理強いはしませんし、いつどこでも連絡を取れるように心がけています。 そうしてコミュニケーションを取っていくと、信頼関係が自然と生まれてくるんですね。
こちらも最初に話を聞いた方には、最後まで携わりたいと思っています。何かあったときに頼りにしてくれることほど、嬉しいことはないです」

調査を行う前・調査中・調査後にわたって常にクライアントと向き合う田中には、数多くのリピーターが存在していると言う。

田中 「クライアントさんと一度結ばれた信頼関係は、調査が終わっても続くものなんですよ。
もし、私を必要としてくれたときは、いつ、いかなる場合にも、最適な方法でクライアントさんの力になれるよう、精進していきたいですね」

MRにはそれぞれのキャリアを生かしたカウンセラーたちが数多く在籍している。その豊富な人生経験は、悩める人々の人生を、きっと豊かにしてくれる。

関連ストーリー

注目ストーリー