ボクシングで学んだ“戦いをマネジメントする”という思考

▲高校時代の臼井。ボクシング経験が、現在の彼の強いメンタリティをつくり上げました

エヌアセットBerryという社名には「お客様の果実(資産)を実らせるために全力を尽くす」という想いが込められています。その実現に向け、切磋琢磨するコンサルタントたち。中でも臼井は司法書士事務所、大手地方銀行での経験を持ち、多領域にわたる知識と対応力で多くのお客様の信頼を獲得してきました。

「顧客の期待に応えるための努力をする覚悟と自信がある」

事あるごとに、そう口にする臼井。実は、これまでの人生での“負け”が、現在の彼をつくり上げたといいます。

臼井 「人生最初の敗北を味わったのは、高校受験です。第一志望校に入学できず、 3年間、悔しい想いをして過ごしました。なぜ、そうなってしまったのか。原因は、ボクシングを始めてからわかりました。自分自身にしっかりと向き合わず、他人のせいにしてばかりいたんです」

中学時代の臼井は体力にも自信があり、個人の力でどこまでやれるのかを試すため、高校入学とほぼ同時に自宅近所のボクシングジムの門をたたきました。しかしそのデビュー戦で早々に、勝負の厳しさを知ることになります。

臼井 「 “お坊ちゃま風 ”の見た目の選手にあっさり負けてしまったんです。喧嘩の延長線上のような『ただ殴るだけの力技』で挑んだので、当然といえば当然なのですが、もう悔しくて、情けなくて。それから、毎日ジムに通い、地道に練習を重ねていきました。そこで身についたもののひとつは『戦いをマネジメントする』という思考でした」

まず、自分自身と対峙し、徹底的に追い込み、万全にする。対戦時は、相手の呼吸やタイミングを見計らいながら、距離の取り方・ペース配分を練る。

“勝ち”を得るため必要なプロセスや、心構えが身体に染みついたころ、ようやくリング上で白星をつけた臼井。何よりも、試行錯誤しながら努力し続ける姿勢が勝利に近づけるのだと確信しました。

ときを同じくして、臼井にターニングポイントが訪れます。何気なく観ていたTVドラマの主人公に共感したことがきっかけとなり、法律家を目指すことを決意。大学進学に向け、猛勉強を始めることになったのです。

臼井 「高校 3年の夏休みから受験勉強を始め、結局一浪するという黒星をつけてしまいましたが、浪人中は 364日勉強し、翌年法学部に無事合格しました。大学時代は司法書士の試験勉強と並行して、宅地建物取引士の資格を取得。

周囲がサークルやバイトに明け暮れる中資格勉強に没頭できたのは、今思うと父の影響が大きいのかもしれません。彼は社会人となり、家庭を築いてから、一級・二級建築士の資格を取得した努力家なんです。こういうエピソードを話すのもまだ照れくさいんですけどね」

銀行への出向、社長直下のポジション。自信とともに芽生えた独立心

▲株式会社エヌアセットBerry 取締役 臼井 啓祐

新卒時の就職活動で臼井は、不動産会社など複数社の内定を獲得。「法律家になる」という初志を貫くべく、大手司法書士事務所へ就職する道を選びます。

司法書士というプロフェッショナル集団の中で、社会人としてのデビューを飾った臼井。しかし入社から8カ月後、また新たなターニングポイントが訪れます。

臼井 「取引のあった大手地方銀行への出向を命ぜられたんです。当時、新卒社員の代表者 1名が必ず出向く習わしになっていて、同期メンバーの中でたまたま白羽の矢が立ったのが私でした」

司法書士事務所と、組織力で巨額の資金を運用する金融機関。企業文化や組織内で求められる役割の違いを目の当たりにしながら、出向先の銀行では、主にアパートや住宅など個人向けローンの融資審査業務のサポートを担当。金融知識だけでなく、大型組織の中での、社会人としての振る舞いを身につけていきました。

出向から1年半後、再び司法書士事務所に戻った臼井に与えられたのは社長直下のポジションでした。

臼井 「これまで社内になかった『営業部署』を設立しました。社内で整理された新制度や法律への対応施策を正しく理解し、新規開拓や既取引顧客のリピート案件を依頼いただくために、トップと共に試行錯誤しながらチームをつくり上げていきました。

まだ入社 3年目の私が社長から期待をかけられ、直接指示に従い、即行動に移せる立場が当時はとても誇らしく、また嬉しくもあったんです」

しかし、時が経つにつれ、臼井の中に新たな気持ちが芽生えてきます。それは自身が仕事をする上で大切にしてきた信条や美徳、哲学と会社の向かう方向性との「ずれ」。そのずれが無視できなくなってきたころ、臼井を独立を意識するようになったといいます。会社の看板に頼るのではなく、自分自身の力で仕事をつかみたいと考えるようになったのです。

そんなときに、声をかけてきたのが2010年にエヌアセットBerryを立ち上げていた越匠平。彼は、かつて同じグループ企業内の不動産部門におり、メンバーの中でもひときわモチベーション高く、成果を上げていた人物でした。

臼井 「エヌアセット Berryはスタートアップ企業で、社名で勝負できるフェーズではない。その環境にあえて飛び込んで、“臼井啓祐 ”としての勝負を世間に挑みたい。そう考えたんです」

社長へ恩義を感じ、後ろ髪をひかれながらも、転職の道を選んだ臼井。まさに裸一貫の再スタートとなりました。

決して相手の感情を見逃さない。それがより強固な関係をつくる

▲エヌアセットBerryの仲間たちと。定期的にバーベキューを行い、家族ぐるみで親睦を深めています

2011年8月よりエヌアセット Berryにジョインした臼井。仕事を自らの手でつくり出すため、これまでお世話になったひと、一人ひとりと顔を合わせながら、地道な営業を始めることになりました。

臼井 「頼れるのは、前職までに築いた自分の人脈のみ。現実は想像以上に過酷なものでした。とにかく、 3カ月経っても 4カ月経っても、目立った成果を出せなかったんです。一度、越から成約できない理由について問われたことがありましたが、そのときは返す言葉もなかった。
でも近いうちに絶対、白星をつける自信はありました。なぜなら、これまで積み上げてきた経験の中で、勝ち方を知っているから。勝つために必要な試行錯誤や努力の積み重ね方が染みついている。自分ならやれると信じていました」

──自分と対峙し、自分を信じ、自身を追い詰め努力を重ねる。その先には勝利しかない。

臼井は粘り強く営業を続けました。それが実を結び始めたのは入社から半年後。評判は顧客から顧客へと口コミで広まります。そして2年後に『この業界でやっていける』という確信へとつながる案件と巡り合ったのです。

臼井 「出向していた銀行から紹介されたある投資案件が成約し、融資はその銀行に、登記は司法書士事務所時代の先輩に依頼することができたんです。
これまでお世話になったひとに仕事で恩返しできたのがまず嬉しかったし、自分自身も納得のいくアレンジを施せた。関わるすべてのひとが納得できる、 “美しい仕事 ”を実現することができました」

臼井がコンサルタントとして最も大切にしていること。それは、お客様の投資イメージをクリアにするべく、置かれている立場・状況や感情に寄り添う姿勢です。

臼井 「プロとしてのアドバイスは適宜しつつも、『このやり方が正しい』とは絶対にいいませんね。あくまでもパートナーとして、投資分析をしたり、物件を一緒に選びます。お客様自身の中にある『理想の投資』を共に描き、輪郭をはっきりとさせる。そんなレンズ役のような存在でありたいと考えています。
そのためにも『相手の感情を一瞬たりとも見逃さない』ことは常に意識しています。それはお客様のみならず、取引先や同僚に対しても同様です。『どんなトーンで話をすれば伝わるか』『安心感を与えられるか』。この小さな積み重ねが、強固な関係を築いていくと捉えているんです」

すべてのひとを大切にする「パーソナルアセットマネージャー」を目指して

▲ストイックなまでに成果にこだわり、努力を重ねる臼井は、社内でも一目置かれる存在

弊社のコンサルタントとなって、8年半。現在の臼井の“励み”になっているのは、何人かの顧客から「息子の代になっても資産運用も任せたい」と直々に依頼されていることだといいます。

臼井 「私が目指しているのは一生涯伴走し、資産運用のお手伝いをする『パーソナルアセットマネージャー』。不動産のみならず、株・投資信託などの金融商品、保険などを組み合わせながら、お客様の果実を生涯実らせていきたい。
当然、高額な商品を扱っている人間として “倫理観と専門性 ”を常に意識し、高めていきながら。
ですから、『次世代を見据えたお付き合い』をさせてもらえているのは、この仕事をしている冥利に尽きるというか。間違いなく、自分のパワーの源になっています」

数々の負けを経て、自身の姿を築いたという臼井。成長のための“バネ”になったのは敗北によって、周囲から慰められたとき「言葉にできないほどの情けなさ」だと語ります。

臼井 「受験やボクシングで結果を出せなかった際に『でも練習がんばったじゃん』『精一杯勉強したんだから仕方ない』などと、プロセスを褒めてくれるひとがいました。ですが『そんなことを褒めてもらいたかったんじゃない』と、自分を情けなく、恨めしく想いましたね。
アマチュアボクシングは、どんなに減量して練習を重ねても、試合時間は 1ラウンドたったの 3分。私はアマチュアだったので 2分しかありませんでした。そこでどう力を出し切るか。勝利を飾るか。あのころの想いがいまだに心に染みついています」

また、ストイックなまでに成果を出していく姿勢は、ボクシングのみならず父親の影響も大いにあるという。

臼井 「大工の仕事をしながら建築士の資格を取得した苦労人の父とは、実はつい数年前まではぶつかり合う仲でした。というのも、私たちきっと似たもの同士なんですよね。
ゴルフを一緒にプレーするほど良好な関係になったのは、自分が結婚し、子どもが生まれてから。自分もひとの親となって、あのころ厳しかった父の想いが少しずつ理解できるようになってきたのかもしれません。
家族を大切にできない人間が、お客様を大切にできるわけがない。家庭はすべてにつながる土台。ある程度年齢を重ねた今、そのことを肌で感じています」

お客様も、協力会社も、家族も。すべてのひとを大切にし、一人ひとりの感情を見逃さない。「パーソナルアセットマネージャー」としての臼井のステージは、これからが本番です。