Fin-tech の礎を築いた男【ネットムーブ創業前夜】

この数年、IT技術を使った金融サービス「Fin-tech」という言葉がブームになっています。しかしこの分野で、10数年以上前にその原型を築いた会社があるのです。それがネットムーブ株式会社。そこには創業者であり代表取締役である澤田富仁の、時代の2歩も3歩も先をいく先見の明……そして、知的好奇心が起因していたのです。
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ネットセキュリティの黎明期、日本中の金融機関を守る会社ができるまで

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インターネットが世界で普及しはじめたのは、1995年のこと。マイクロソフトがウィンドウズ95を発売し、大ヒットを飛ばします。時を同じくして日本では、初のインターネットサービスプロバイダ向けのクレジットカード決済代行事業が立ち上がっていました。

ネットムーブ株式会社の前身は、日商岩井(現 双日株式会社)のハウスエージェンシーでこの決済代行事業に携わっていたメディア事業部。その後、2000年2月に独立創業し、オンライン決済のしくみや運用の基礎など事業の足固めをし、2017年に至るまで発展的成長を続けてきました。

ネットムーブは、決済以外にも、ウェブサイトやモバイルアプリなどのコミュニケーションサービス、2004年には、インターネット上の不正行為からデータや情報を守るためのセキュリティソリューションを開発。日本でいち早くセキュリティサービス(後に『SaAT』ブランドとして展開)にも取り組みました。以来、決済、セキュリティ、コミュニケーションを事業の3本柱としています。

特に決済・セキュリティにおいては、それまでまったく取引のなかった金融機関をいちから開拓し、いまでは100社以上(2017年7月現在)の企業で採用されるなど、着実な信頼を築きます。

このように、インターネットがいまほど日常的に使われるようになる前から、新しい社会の動きを敏感に読みとり、事業を拡大してきた創業者の澤田。実は、大学ではまったくコンピュータやインターネットとは畑違いと思える、法律を専攻していました。では、なぜこの分野に踏み出したのか、澤田の原体験をひもときます。

大の数学好き理系青年が、法律を学び、そして選んだ“ものを売る”という仕事

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「大学へいくのはもちろんいいけれど、歩いて帰れるところにしなさい」――。

そういったのは、澤田の祖母でした。関東大震災を自ら体験したからこそ生まれた言葉。その言葉をすんなり受け入れた澤田は、いざとなれば歩いて帰れる明治学院大学の法学部法律学科へ進みます。しかし、もともと澤田は根っからの理科系で、大の数学好き。高校2年生の頃に、3年生の教科書を読み終えてしまうほど。

澤田「もともと地頭は理科系。でも、高校時代の数学や物理は公式を覚えるばっかりで算数的な面白さがなくって、つまらないなと思っていたんです。覚えるだけなら辞書ひきゃいいんだから。その点、法律には、考え方が算数に似たところがあったんです。そちらが面白くなったのと、将来、生きていくのに法律は必要だなと思ったんです」

社会に出たときに、民法や刑法など民事訴訟法など、法律を知っていないと不利だと感じた澤田。「仕事において、もっといえば、生きていくうえで法律が使いたかった」――。それが法学部に決めた理由でした。

大学卒業後、マーケティングに対する好奇心から、選んだのは商社に勤めるという道。澤田が学生として過ごした時代は、音楽を含め文化もモノもすべてヨーロッパやアメリカから入ってきていました。特に若い世代は、日本文化を軽視する傾向にあり、澤田も例にもれず欧米の文化に心酔。

澤田「そういう時代のなかで、モノの価値ってどうやってつくられているんだろうと思っていて、その裏側にあるヒストリーに興味がいったんです。日本人って洋服の内側に金糸を使うとか内側に凝るとか、そういうのが好きでしょう? だから、ヨーロッパのモノを日本にもってきて売るのも面白そうだなと思ったんですね」

1983年ヨーロッパの品物を扱う商社に入り、澤田はヨーロッパのブランドのサングラスや時計、革製品を担当しました。当時はもちろんEメールなどありません。海外との連絡手段としては、テレックス(後のファックス)が中心でした。

澤田「テレックスルームという部屋で、おじさんがカタカタ、カタカタと毎日文字を打っているような時代だったね」

まだコンピュータの“コ”の字も、見えていない頃です

インターネット夜明け前夜。ワープロ、エクセル、Macの魅力にはまりこむ

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日常的なやりとりをファックスやテレックスで行うなかで、もっとも澤田の心をとらえたのは、いわゆる“ワープロ”の登場。通信コミュニケーション技術の進化の兆しが見えはじめます。

澤田が入社した頃、ファックスはタイプライターを使っていました。ただし、澤田が「古典芸能のような」とたとえる当時のタイプライターは、打った文字を間違えると白いテープを貼って修正したうえに、さらにまた打つ、というかなりアナログな機器。それが普通だったところに、英文のワープロの“ワードパーフェクト”というソフトウェアが発売されたのです。

澤田「類語辞典も入っているし、スペルチェックもしてくれる。そのうえ、一回打った文章をまた使えるんだよね。新たに打つ必要も書く必要もない。夢のようだったよね(笑)」

これがコンピュータらしきものに関心を持ちはじめた最初の出会いーー。もうひとつ、澤田の知的好奇心をくすぐったものがありました。それが、在庫管理を行うコンピュータ。当時は、たいていの会社にホストコンピュータを動かす専任者がいて、在庫管理、注文、出荷の指示などすべて、そのたった1台のコンピュータにまかされていました。

澤田「ホストは1台だけど、10人に1台の割合で業務用端末が使えました。その頃は、データベースなんて理屈はわかっていなかったから、それを見ながら、在庫のロジックってこうやって動いているんだとかいうような知識を得ました。たとえば、海外に発注した数量があり、通関が終わり倉庫に入ると在庫に変わり、注文が入ると出荷指示と売上計上が行われる。へー、こんなふうになっているのか、なんて感心して。この構図は面白いなと」

商品を売るという仕事のかたわら、コンピュータの魅力にもどんどんはまっていきました。その後、澤田はPOVという会社に転職します。新しい会社で担当したのは、ニフティサーブのパソコン通信上での、オンラインショッピングのマネージャー。

オンラインショッピングの場合、在庫管理はメーカー側、自分たちは在庫もリアルな店舗ももつ必要がなく、そのうえ決済はクレジットカードなので支払いが滞ることもありません。商社の仕事は面白いながらも、商品が売れないまま半年も経つとその責務がずっしりと肩にのしかかる……。その重さをいつも感じていた澤田にとって、言葉は悪いですが「なんとラクなんだろう」と目から鱗が落ちるような思いだったのです。

その業務のなかで、澤田はエクセルに出会い、そして、とりこになります。

澤田「すごく便利だった。計算間違わないし(笑)、電卓打たなくていいし、ワープロに続いて第2の革命だったよね。そのころ、エクセルはMacでしか使えなかったから、エクセルを使いたいがために、どんどんMac使いになっていったね」

知的好奇心を追い続けることが、新たなビジネスモデルを生み出すパワーに

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1990年代半ば、インターネットが一気に普及します。

それまでは、会員制の電子メールや電子掲示板を利用できるパソコン通信が中心でしたが、個人ユーザー向けのインターネットサービスプロバイダ(以下、ISP)が続々と出はじめ、爆発的に利用がひろがったのです。

インターネットを利用するにはISPと契約する必要があります。そこに、オンラインサインアップというものが生まれます。クレジットカードを登録するだけで、支払いは毎月クレジットカードで行えるというもの。そのクレジットカード決済のインフラをPOVで澤田は始めました。

澤田「オンラインショッピングに携わるようになって、商品も商品代金も直接扱うことがなくなったわけだけど、さらにプロバイダ料金もカードで決済してしまえば、なんと商品のやりとりもなくなってしまう。IDとパスワードがあれば、送料さえも不要なサービスが生まれる。この役務の提供という分野に踏み込んで、これは興味深いビジネスだなと思ったんだよね」

こうした決済代行事業を他社に先駆けて取り組んでいたPOV。数年で年間50億円ほどの取り扱い高に成長していきました。

 澤田「在庫ももたず、直接的なお金のやりとりもなく、徹底的にラクしたいという気持ちがたぶん根幹にあって(笑)、それが結果として、役務提供というサービス、そういうビジネスモデルにたどり着いたのかもしれませんね」 

徹底的に形のあるものを排除したビジネスを追求していた澤田。はからずも、それは結果的には時代そのものが求めるビジネスの形でもあったともいえるでしょう。そうして、澤田がどんどん新しいビジネスモデルを確立していた頃、POVは解散することになります。1999年のことです。 

メディア事業本部の本部長をまかされていた澤田は、それならとマネージメントバイアウトを決意。何社かに話を持ちかけ、日商エレクトロニクス株式会社約90%と、当時の自分たち社員が約10%の資本を持つ形で、部署ごと独立したのです。 

 これが、現在のネットムーブ株式会社のはじまり。2000年2月のことでした。 

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