描け、グローバルIT企業への道程。APACで活躍する「基盤好き」社員の挑戦

今後の経済成長が見込まれるマレーシア。駐在員として、芳賀光瑠が現地へ赴任したのは入社5年目のときでした。英語が堪能な芳賀にとって、駐在のハードルは低いかと思われましたが、そこにはいくつもの「想定外」が……。しかし、芳賀は前向きにそれらを乗り越えてきました。変化を好む、芳賀の仕事観に迫ります。
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シリコンバレーでITに惹かれた少年は、大学でシステム基盤の魅力に開眼

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▲NTTデータ ビジネスソリューション事業本部 芳賀光瑠

芳賀光瑠が就職先にNTTデータを選んだのは、「システムの基盤構築に携わりたい」という想いからでした。この明快な志望動機のルーツは、少年時代にあります。

父親の転勤にともない、芳賀が2歳のときに一家はアメリカへ。中学校入学のタイミングで日本に帰国するまで、州をまたぐ引越しを何度も経験したと言います。そんなアメリカ時代の最後に暮らした地が、シリコンバレーでした。先端IT企業がつくり出すうねりを肌で感じ、「将来はIT企業で働きたい」――少年だった芳賀はそんな想いを抱くようになりました。

ときは2000年。日本国内は「iモード」誕生、ADSL通信によるインターネットサービス提供開始、カメラ付き携帯電話の発売、アマゾンの日本語サイト開設などのトピックスに象徴される、“ IT革命 ”に沸いていた時代。

日本の中学校に進学した芳賀は、ソースコードを書いたり、PCを自作したりするようになります。

そんな芳賀には、ITのほかに実はもうひとつ、幼い頃から熱中していたものがあります。

芳賀 「アメリカにいたときから、熱帯魚が大好き。実家には水槽が 5~ 6本あって、高校の頃には、自分でブリーディングした熱帯魚をペットショップに卸したりもしていました」

熱帯魚も「かなり究めた」と語る芳賀ですが、大学進学に際しては、迷わず工学部の情報系学部を選択しました。

芳賀 「情報系に進んだのは、プログラミングをやりたかったからです。でも、3年になって所属した研究室で、たまたま研究室内のシステムを更改することなり、はじめてネットワークや基盤からシステムの検討を行いました。そこで、基盤構築のおもしろさに目覚めました。新品のサーバーを開封するときは、今でもウキウキします(笑)」

“手触り”のないアプリケーションではなく、自らの手で機器に触れて構築していく基盤へと、芳賀の関心がシフトした瞬間でした。

2014年春、大学院を卒業した芳賀は、NTTデータへ入社します。大手SIerであれば、「基盤」の領域からシステム開発に携わることができるはず。念願がかない、基盤構築を専門に担う部署に配属されました。

「チームワーク」を学んだ初のリーダー経験。変化を求めて海外赴任を決意

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▲幼い頃から今も変わらず趣味の熱帯魚

芳賀が最初に携わったのは、決済系システムのメールサーバーの構築でした。初めての業務で受けた印象は、今でも強く残っていると言います。

芳賀 「お客様との間で要件定義を行い、ドキュメントをしっかりつくり、試験を行う。ウォーターフォールのプロジェクトを初めて経験して、『自分の好きなように構築して、動けばOK』だった学生時代までの基盤構築とは違うんだ、ということを強く感じました。実際、開発期間の大半は、“ つくる ”より“ 品質を担保する ”ためのプロセスに充てられますからね」

また、入社間もない頃は、比較的単調な業務を担当することも多く、正直なところモチベーションを保つのが難しかったと言います。

それでも、いくつかのプロジェクトを経て、入社2年目には初めてリーダーを任されることになりました。大手食品系の、Webサイト基盤構築のプロジェクトでした。そのOS設計を担当するチームのリーダーとして、4人のメンバーのマネジメントを経験しました。

芳賀 「これまでのソロワークとは違い、チームワークを意識したマネジメントが求められるポジションです。知見の豊富な協力会社のメンバーや上長に、自分の足りないところを補ってもらうことで、なんとか納品まで漕ぎつけることができました」

このときの経験から、今も仕事をする上では何より“チームワーク”を大切に考え、チームの風通しを重視しているという芳賀。理想とするのは、何か問題が起きたときにはメンバー間で気兼ねなく相談ができて、困っているメンバーがいれば手を差し伸べることができるチームだと言います。

その後携わった、交通系のお客様のVDI(Virtual Desktop Infrastructure:仮想デスクトップ基盤)構築も印象深いと言います。新たな技術要素が多かったこのプロジェクトでは、サービスのリリース直後に予期せぬトラブルが発生。当初、ベンダーとはうまく連携できず、原因の究明は難航しました。しかし、チームで仮説を立てては検証するプロセスを繰り返し、最終的には製品の不具合であることが判明。パッチがリリースされ、問題を解決することができたと言います。

芳賀 「チームのアクション会議では、毎回ベンダーへの質問の仕方もさまざまな角度から検討したうえで、やりとりを重ねていきました。ベンダーとの関係構築についても学ぶところが多くありました」

そして、入社5年目の秋。芳賀に新たなチャンスが舞い込んできます。事業部長からマレーシア行きを打診されたのです。もともと、海外勤務を志向していたわけではありませんでした。しかし、新たなハードルへの挑戦に意欲を掻き立てられるタイプです。またとないチャンスに赴任を即決しました。

こうして、2018年9月、芳賀はNTT DATA Malaysia(以下、NDMY)での駐在を開始しました。

自社ブランドのアドバンテージがない“異文化”のなかで奮闘

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▲躍進するマレーシアの象徴である「ペトロナスツインタワー」前で

2007年設立のNDMYは、従業員35名ほどの規模で、日本人駐在員は8名(2019年4月現在)。このうち、基盤の担当は、現地メンバー5人と、芳賀、および同じく日本から赴任中の課長。合計7人のチームです。

マレーシアに赴任した芳賀がまず戸惑ったのは、ベンダーの納期遅れが頻繁に発生すること。

芳賀 「事前に確認した納期から数ヵ月遅れる事態に直面したとき、リスク管理の甘さを反省しました」

また、もうひとつ、現地で日本国内との違いを思い知らされたことがあります。それは、国内ではたしかに感じることができていた“NTTデータブランド”が通用しない世界であったということです。そのため、現地のベンダーへの問い合わせや価格交渉において、素っ気ない反応を示されることが少なくありませんでした。

お客様のニーズにもギャップがあります。日本ではQCDのバランスを意識し、とりわけ品質の担保が至上命題となるケースが多いのに対し、マレーシアでは多くの場合コストが第一。品質に対するベンダーの意識の差は、試験の工数、そしてサービス価格の差異となって現れることになります。現地の競合と伍していくためには、この差を埋めていかなければなりません。

一方で、マレーシアには挑戦しやすい文化があったと言います。

芳賀 「マレーシアでは日本と比較して最新の技術に対して積極的なお客様が多く、新たなチャレンジをしやすい風土があります。
しかし、チームメンバーのマネジメントに関しては、異文化ならではの苦労がありました。
マレーシアのメンバーは、マレー系、中華系、インド系など出自がさまざまで、みんな、第一言語は英語ではありません。そうしたなかで、意思疎通を図りながらプロジェクトを遂行していくことが難しかったです」

加えて、日本とマレーシアでは、マネジメントにおいて意識するべきポイントも異なると言います。

芳賀 「日本では、メンバーに方向性と大枠を示せば、ある程度“ 良しなに ”やってもらうことができますが、マレーシアでそれは通用しません。タスクを細分化して、それぞれに期限を設定して、個別の進捗確認も密に行う。そんなマイクロマネジメントを心がけています」

ローカルに溶け込んだIT企業へ。目指すは少数の駐在員で機能する組織

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▲NTT DATA Malaysiaメンバーと。よりローカルに溶け込んだIT企業を目指す。

芳賀がマレーシアでの駐在を開始して半年あまり。直近では、NTT DATA Indonesiaとの協働で、クラウドサービスの構築を行うプロジェクトに参画し、サービス公開に漕ぎつけました。

今後はこうした案件レベルでの連携に留まらず、APAC内のグループ各社間で、各社の独自製品や技術について共有する機会を持ちたい、と展望を口にします。

また、協働プロジェクトを経て、APACに共通の課題も認識したと言います。それは、日本と比較して現地メンバーの専門スキルが十分ではないこと。そのため、プロジェクトの一貫として、インドネシアでは定期的に現地メンバーが構築したネットワークのレビューや、ディスカッションの機会を設けるようにしました。

芳賀 「私たち駐在員のミッションは、スキルやノウハウを継承して、現地メンバーだけで実務がしっかり回っていく状況をつくることだと考えています。そうなることで、よりローカルベンダーとの結びつきを強めて、本当の意味でローカルに溶け込んだIT企業になれるのかな、と」

そんな芳賀の現在の夢は、「技術にも精通したプロジェクトマネージャー」として、さまざまな国籍や文化的バックグラウンドを持つメンバーをまとめあげること。

芳賀 「いま、APACは本当に著しい成長を遂げているので、この地域に当社の拠点がある意味は大きいと思っています。マレーシアの市場がある程度成熟したら、一国一国、他の国にも駐在を置いて、最終的に APACすべての国に NTTデータが根をおろす。そうなれたら、世界中どこでも、誰でも知っているような IT企業として認知してもらえるようになるでしょうね。
個人的には今後、マレーシア以外の国で、新しいデータセンターの立ち上げとゼロからのビジネス展開にも携わってみたいと思っています」

「基盤が好き」な一技術者として、NTTデータでのキャリアをスタートさせた芳賀。しかし現在はNDMY、ひいてはAPACにおけるNTTデータの未来を描き出すまでに、その視野は広がっています。芳賀はその理由を、NDMYに出向し、自身の裁量が大きくなっただけでなく、経営陣との距離が近くなり、経営方針や戦略に関する話題を日々身近で見聞きするようになった影響が大きいと分析します。

芳賀 「今年度の事業部のキックオフで、NDMYに関する 5分間のプレゼンを任せてもらいました。日本にいたら、入社 6年目で業績や計画について事業部全体の前で発表する機会はなかったと思うので、ありがたいチャンスをいただいているなと思います」

その一方で、マレーシアでの日々の業務を振り返り、こんな言葉も口にします。

芳賀 「まずはマレーシアで、ローカルのお客様にとって本当の意味でビジネスパートナーとなれるように、信頼を積み重ねていく必要があります。今は、困りごとにはきめ細かく、素早く対応することで信頼を得る。それを一番に考えています」

日本にいるときよりも裁量の大きい業務を任され、より上位の視点を持ちながら過ごす日々は、芳賀にとって、またとない成長機会になっています。

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