「世界の海援隊」への入社

▲コンテナ船「NYK ADONIS」での乗船研修(写真右が木幡)

幼少期から戦争が生む悲惨さをなくしたいという想いがあり、大学、大学院では国際平和協力の研究をしていました。

でも実際に自分がどの様に社会に貢献したいか葛藤した末、実業に取り組み、いろんな人と協力してさまざまな課題に挑戦する道を選びたいと思いました。

そんなときに思い出したのが日本郵船だったんです。

世界経済を支える責任感や組織で成長できる社風に加え、自身の名前の由来となった坂本龍馬の夢「世界の海援隊」を体現する姿に憧れ、入社を決めました。

最初の配属先は物流部門。

ここでは郵船で数少ない「体当たり営業」を経験できました。お客様が持つ課題をこまめに聞きながら、自分たちのできることできないことを両方伝え、サービスを使ってもらう。

飛び込みでの営業から契約に至るまで、すべてのプロセスを担う仕事ができ、「信頼関係を築くこと」の大切さを学ぶことができました。  

次の異動先では製鉄原料のオペレーターとなり、憧れの船の仕事に関わることができました。

当時先輩からは、「木幡君が本船の最後の窓口なんだからね。船ではいろいろなトラブルがあるけど、君が守ってあげなければ信頼は築けないよ」とよくいわれ、乗組員と同じ目線で仕事に向き合うことで「当事者意識」で物事を見ることを学べました。

また、契約の仕事に移った後は、社内のさまざまな部署への根回しや調整など、物流部門とは違った形の郵船流「チームで動く仕事のスタイル」についても学ぶことができたと思います。そんな中、広報への異動をいい渡されたんです。

インフラ企業ゆえの大きな責任。自分なりの貢献を模索して。

▲大学時代は周りがやりたがらない打撃投手も務めたが、多くの学びを得たという

初めは何をやるのかもよくわかりませんでしたが、徐々に会社を広く社会に知ってもらうべくアピールする「攻めの広報」と、危機に陥った会社を守る「守りの広報」のふたつの側面があることがわかってきました。

そしてまず取り組むことになったのは守りの広報でした。

当社が所有・運航するばら積み船が、ある離島と本島を結ぶ送水管を破損させてしまい、この事故の対応業務に取り組むことになったんです。

着任したばかりの私はまさに手探りで対応。連日経営層も含めた主要メンバーとどのように対応するかを議論したり、予想されるメディアの反応や事故対応事例の分析をしたりと、情報の収集と報道対応の戦略立案に奔走しました。

そして、郵船では約20年ぶりとなる謝罪会見を実施し、住民の方々をはじめ多くの方に謝罪することとなりました。

このように会社が関わる事故や事件にどのよう対応すれば良いのか、戦略の立案や対外発表案を策定するのが「守りの広報」と呼ばれる仕事です。

日本郵船は世界中を航行する約750隻の巨大な船隊を抱え、24時間世界インフラを支えています。しかし、一歩間違い事故を起こせば、広範囲に甚大な影響を与えてしまう可能性があることを肌で感じた経験でした。

こうしたつらい事故対応業務に向き合う過程で、原動力となった言葉がありました。

それは、「人が嫌がることにこそ学びがある」という父からの言葉です。

確かに謝罪会見は非常につらい経験です。しかし、たとえ他の人がやりたがらないことだとしても、周りに貢献できるならやるしかないと思うことができました。何より、現場の最前線で対処している方々を「一生懸命サポートしてあげたい」という気持ちの方が強かったんです。

多くの人に日本郵船を伝えたい──「攻めの広報」として

▲全国のこどもたちへ「日本郵船氷川丸」を紹介する動画を作成

事故やトラブルばかりがニュースになりやすい海運業界ですが、社内には価値あるニュースや現場が数多く存在しています。

しかしそれらを掘り起こすためには、発表方法を工夫する必要がありました。

ニュースをリリースする際、これまでは社内各事業部に内容やQ&Aを作成してもらった上で、最後に広報が添削しプレスリリースする形を取っていました。

しかしこれでは事業部にかかる負担が大きく、新しいニュースが入ってきづらくなっていました。

また書面でのリリースからメールや動画での配信へとトレンドの変化も感じる中で、情報発信の初期段階から各事業部の担当者と一緒に伝え方を考え、ニュースをプロデュースする体制に変えていったんです。

事業部との関係性が近くなったことでより情報の質が高まり、対外発表の重要性を深く理解してもらえたことで、継続的な情報発信へとつなげることができました。

一方メディアに対しては、そのニュースを象徴する写真やコメントをよりスムーズに提供できるよう、記者会見や説明会、自社で作成した動画をつけたリリース方法の確立に積極的に取り組みました。

当該案件の担当社員と直接コミュニケーションを取れるようになったことで、以前にも増してメディアに郵船の想いが伝わるようになったと思います。

こうした試行錯誤を重ねる中で、社内からは新しいやり方や進め方に対して厳しいフィードバックもありました。しかしメディアの方たちからの評価も得られ、結果として得られたやりがいは大きかったと思います。

存在が当たり前すぎて世間から忘れられて久しい海運業界や当社ですが、誰もが日本郵船のトレードマークである「二引」を思い浮かべられるような世界を目指し、これからも発信していきたいと思っています。

「武士」集団の挑戦とそれを実現できる環境

▲「海運の現場をもっと多くの人に伝えていきたい」と言う木幡

少々偉そうに聞こえるかもしれないんですが、自分がやるべきことや役割をしっかりと持ち、前後左右の人たちに気を使いつつ「一所懸命」に取り組む郵船社員を、私は「武士」と表すことがあります。

その一方で自分の仕事の成果や実績をアピールすることに抵抗が大きい人が多く、もっと楽に、いい意味で余裕を持って世間や周囲に対して情報発信することも考えてほしいと思っています。

おそらく普段から将来の「展望」や「夢」を非常に強く意識して仕事をしていると思うので、それを少しでも外に発信できるようになってほしいな、と。

そんな会社を少しでも変えようと取り組む中でいつも大事にしてきたのは、座右の銘の「BeじゃなくてDo」という言葉です。

大学野球部の恩師が盛んに言っていた言葉で、人は所属によって評価されるべきではなく、何をしたかによって評価されるべきだ、という意味を込められていました。

冒頭でも触れた坂本龍馬は、陸奥宗光に対して「(刀を)二本差さなくても食っていけるのは、俺と陸奥だけだ」と言っていたそうです。

維新後、多くの士族が商才のなさから没落していったことを考えると、武士という階級に胡坐をかかず、アンテナ高く持ち、さまざまなことを学ばなければ生き残れないといいたかったのではないか、と私は理解しています。

まさに「郵船の社員である(Be)」にとどまらず「何をする(Do)」のかが大事だということです。

ありがたいことに私はこの会社でいろいろな「やりたいこと」をやらせてもらっていますが、それは郵船社員という肩書きがあるからだけではなく、やりたいことが実現できる環境があるからだと思います。

私は、当社を目指す学生の方々にOBOG訪問の際に必ず以下を伝えています。

「目指す組織の世間の評判や給料、早く帰れる勤務体系も重要かもしれないが、やりたいことに挑戦できる会社こそ真に魅力的な会社だと思う」と。

追伸:日本郵船のYouTubeチャンネルでもさまざまな動画を公開しています!ぜひそちらもご覧くださいね!