何度も現地に赴き、熱意を伝える──『温泉むすめ』が各地で理解を得るまで

▲未曽有の大災害「東日本大震災」で人生が変わった代表の橋本

温泉地を美少女キャラクターとして擬人化し、各温泉地の特徴を織り交ぜながら楽しく伝統文化や観光資源を国内外に啓発する『温泉むすめ』プロジェクト。その発端はある大きな出来事がきっかけでした。

橋本 「2011年3月の東日本大震災のとき、僕はフランスにいました。そのとき、本当にこの先、福島をはじめ東北はどうなるのだろうか……と絶望したのを昨日のように覚えています。その後帰国し、地元の福島県郡山市の現状を目の当たりにして、溢れ出る涙が止まりませんでした。

そのとき、『自分の得意とする“コンテンツ”を通して福島と東北を元気にしていきたい、さらには日本の地方を元気にしていきたい』と強く思うようになり、『温泉むすめ』を立ち上げました」
渡辺 「温泉むすめは『コンテンツを地域に根付かせたい』というのを主眼においたプロジェクトですよね。一方で、全国でメディアを展開することはリスクもあるように思えていました。とくにこういった『萌え』文化は、地元の方から『露出しすぎ』とか『媚び過ぎ』だと言われることも少なくないですよね」
橋本 「はい、美少女キャラクターによる“萌えおこし”には必ずあるリスクと認識しております。そういう事情もあり、当社ではこちらから積極的に営業活動を行わず、地元の方から活用したいと連絡があって初めて取り組みをスタートしています。

しかし、そのようにご連絡をいただいても地元の方にご理解をいただくのは苦心しました。なので、基本的には現地へ行き、その土地の方々の輪の中に入って、一緒に考えて悩むようにしています。

始めは東京から来た会社ということで相手も警戒しています。それでも、一緒に悩んで課題に取り組み、ときにはお酒を飲んだり温泉に入ったりして、旧来かつ伝統的なコミュニケーションをしながら、『温泉むすめ』が一過性ではないことと、『本気で地域を皆さんと一緒に継続的に盛り上げていきたい』という想いを行動で示すことで、徐々にご理解いただけるようになりました」

何度も現地へ足を運んでいくうちに地域との距離が縮まっていきます。時間はかかるかもしれませんが、こうした交流によって地元の方々との関係値が築かれていきました。

コストと労力を惜しまない──コンテンツに対する強いこだわり

「日本を元気に」という想いから始まった温泉むすめプロジェクト。地元の方の理解も得て、順調にプロジェクトが進行──とは、なりませんでした。

橋本 「温泉むすめを始めるに際しても、いろいろと大変さはありました。これまで手掛けてきた事業でつくった資金を元にしても、全国規模での展開となる『温泉むすめ』の全体を賄うことは困難でした。そこで、『温泉むすめ』プロジェクトに賛同してくださる企業や投資家を集めるべく、各所を回りました。おそらく100社ほどになると思います。

話を聞いてくださる方、そうでない方、本当にさまざまでした。最終的には『よし、お前の意気込みはわかった!いくらほしいんだ?』とおっしゃってくださる方がいて、それで『温泉むすめ』プロジェクトの準備資金を集められたんです」
渡辺 「『美人時計』という過去の大きな成功例をお持ちであるとはいえ、新たなコンテンツを立ち上げるとなると、なかなか資金を集めるのは難しいんですね。現在、数多くの企業や投資家から支援を集められているのは橋本さんの熱意と人柄の賜物ですね」

また、『温泉むすめ』プロジェクトを立ち上げるに際して、キャラクターを47都道府県に1体以上作成し、あわせて各キャラクターを手がけるイラストレーターを選定。さらには、キャラクターに命を吹き込む声優の選定も行っています。

渡辺 「ホームページの『STAFF&CAST』の項目を見て、イラストレーターも声優も誰ひとり被っていないことに驚きでした。これだけ『温泉むすめ』のキャラクターが存在していながらも(2020年4月現在、温泉むすめ121体+ナビキャラ2体の合計123体)、ひとりのイラストレーターとひとりの声優がそれぞれ1体のキャラクターを担当している。つまり123人のイラストレーターと声優がそれぞれ存在するわけです」
橋本 「他のアニメやゲーム系のコンテンツでは、キャラクターの数が多い場合、声優がひとり何役も行っていることがあります。ですが、『温泉むすめ』はひとりでも多くの方に携わってもらいたいという想いがありました。だから、こうしたスタンスを取っています。もちろん、コストや労力はそれなりにかかりますが(笑)」

利他の精神で地方に貢献するために──コンテンツに向き合う徹底した姿勢

▲123人の全てのキャラクターを別々のイラストレーターと声優が担当している

『温泉むすめ』という物語世界を揺るぎない形で構築するには、妥協は一切許されません。そのために、総合プロデューサーであってもコミケ会場に出向いてイラストレーターにごあいさつをするなど、『温泉むすめ』というコンテンツへの強いこだわりが表れています。

橋本は『温泉むすめ』を立ち上げるにあたり、株式会社エンバウンドを設立していますが、当初は代表取締役ではありませんでした。そこにも地方をより良くしたいという想いがあったのです。

橋本 「地方観光の現状を知る前と後ではまったく考えが変わりました。当初は主にアイドル活動、いわゆる“歌の力”で地方を盛り上げるというライブ興行主体のビジネスモデルを想定していましたが、地方の皆様の悩みを聞いていくうちに、それだけでは皆様のお役に立てないと思うようになり、大きな方向展開を行いました。

また、日本の観光業界全体がインバウンド(訪日外国人旅行)に偏向していることに危機感を覚えたんです。

今のうちから若い世代にアピールして、各観光地のファンを醸成しないと、仮に天災などの大きなトラブルがあった際にインバウンドが壊滅して、観光業界が縮小もしくは破綻するだろうという予感がありまして(このインタビューは新型コロナウイルスの感染拡大前に実施)。 地方への想いが強い自分が代表となり指揮を取るようになりました」
渡辺 「そういった経験や想いがよりいっそう、橋本さんの“誠実さ”を強固にしたんですね。『文は人なり』という言葉よりも、むしろ『コンテンツは人なり』という言葉が当てはまるように感じます。

コンテンツをつくる上で、声優やイラストレーターの効率重視な活用方法ではなく、『温泉むすめ』に携わる人を増やすこと、地方の人たちへ何ができるのかといった“利他”の精神を持ち、ニーズに合わせてフレキシブルに柔軟に取り組む姿勢は、ビジネス第一主義ではないからこそですね」

「地方を盛り上げる」という大きな使命を持ち、数年先のロードマップを引きながらも、現地の情勢やニーズに合わせてコンテンツそのものを変化させてゆく。従来では考えられない、まったく新しいコンテンツビジネスの形が誕生した瞬間です。ある意味、発明といえるかもしれません。

もっと各地と一緒に作り上げたい──『温泉むすめ』のこれから

コストや労力を惜しまず、利他の精神で地元の方々と一緒に運営されている『温泉むすめ』。これからどのように広がっていくのでしょうか。

橋本 「『温泉むすめ』というコンテンツを通して、まだまだ地方を元気にしたいです。そして若者をはじめ多くの人たちに、日本の各地にこんなにも魅力的な温泉地や観光地、そして伝統文化があることを『温泉むすめ』プロジェクトを橋渡しとして、知ってもらいたいです。

それを実現するため、これからも各温泉地の方々と同じ目線で膝を突き合わせて、共に盛り上げていきたいと思います」
渡辺「『温泉むすめ』やエンバウンドだけでなく、橋本さん個人としての目標はなんでしょうか」
橋本「温泉むすめが、日本で初めて全国を対象としたコンテンツツーリズム(コンテンツきっかけで旅行を行うこと。近年は“聖地巡礼”ともいわれる)のモデルケースになることで、同じようなコンテンツやプロジェクトが立ち上がり、ますます地域が盛り上がることでしょうか。

最終的には福島だけでなく日本全体が盛り上がれば、9年前の震災のときに地元の惨状を見て涙を流し、日本の地方を救おう!と決意した自分との約束を果たせるかもしれません。
その結果、自分を育ててくれた地方にコンテンツを通じて少しでも恩返しができれば、それも親孝行や地元孝行のひとつの形ですよね」

最後に物事を動かすのは、「人対人」とのやりとりです。

渡辺 「橋本さんの『地方』に対する熱量や誠意は本物ですね。言い換えると、信念と謙虚さなのかもしれないです。コンテンツと地方に対する姿勢から新しい創造が生まれて、その熱量が周囲の人々にも波紋のように広がっていっているように感じます」

地域共生や地方創生に特化し、世界的にも稀有なコンテンツとなった『温泉むすめ』は、これからも全国各地で展開を広げていきます。