エンジニアが料理をつくる「もちお食堂」とは!?

オフィスが一軒家のパルスボッツ株式会社は、目黒区駒場の閑静な住宅街の中にあります。キッチンを使って料理をすることもでき、「もちお食堂」といった形で社員に500円でランチを提供することも。「もちお食堂」を手掛けるのは、当社のエンジニアである望月信揚。今回は、「もちお食堂」が開かれるまでに迫りました。
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普段はプログラマ。“CLO”の肩書の意味、なーんだ?

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▲「もちお食堂」は大皿に入った料理をみんなでつついて食べる

「もちお食堂」は、“もちお”こと望月信揚が週に2回、社員に手料理を振る舞う、ちょっと変わった社員食堂です。

望月の仕事はロボットに会話や動作を組み込んだり、プログラミングをしたりと、コードを毎日がりがり書くことです。そんな彼の趣味は料理。

料理をはじめたのは中学生のときで、仲のよかった友人が料理好きだったこともあり、一緒に友人の家でいろいろな料理をつくっていました。

望月の母親や祖母も料理好きで、春・夏・秋は山から採ってきた山菜を使って料理をつくってくれました。山菜を含めいろいろな食材などを使って料理をつくってくれた母親でしたが、つくってくれる料理の中でも特に好きな料理は、出汁から取ってつくる茶碗蒸しだと語ります。

母親は管理栄養士の資格も取っており何をつくってもおいしく、望月は食にこだわるように。そんな環境で育った望月は、料理や食べ物に興味を持つようになりました。

代表の釼持広樹が望月に付けた役職は「Chief Lunch Officer」略して“CLO”です。もちろん実際にある役職ではなく、冗談です(笑)。

おすすめの料理はカレー、かぼちゃのスープ、生姜焼きです。望月の料理は自宅で仕込んだものを持ってきて会社で仕上げるので、味がしっかりしみこんだおいしさがあり、とても人気です。誰もが望月の料理を「おいしい」と食べています。

なぜ、望月はオフィスでランチをつくるようになったのでしょうか?

きっかけは雑談。みんなの「おいしい」に応えるために

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▲休日に釣りで取ってきたイナダとカンパチを提供。新鮮でおいしく、あっという間になくなった

パルスボッツは一軒家のオフィスの2階部分を使っていますが、1階は別の会社が使用しています。
会社同士の関係性もよく、みんなが行き来し交流もあります。

そんな別の会社の代表と望月が「最近食べたものの中でこれがおいしくてさ〜」という雑談をしているときに、「もちお食堂」の案が浮かんだと言います。

望月 「料理つくるの好きだし、もしよかったらオフィスの広いキッチンを使って料理をつくってみようか。料理を提供するから、赤字覚悟でとりあえず材料費 300円ってどうかな」

そんな話から「もちお食堂」がはじまりました。「もちお食堂」で最初につくったランチはカレー。ランチを食べた人から「おおすごい、ちゃんとしたカレーだ(笑)」と言われ、内心ニヤニヤが止まらず、望月はみんなに食べてもらって喜んでもらうという嬉しさから、ランチ提供を続けることにします。

「もちお食堂」がはじまる前は、ランチ時にはみんな外で食べたり、買ってきたものをオフィスで食べたりしていました。「もちお食堂」ができたことにより、1階にあるオフィスの人たちと雑談も増え、距離も縮まったのです。

また、パルスボッツは駒場東大前という住宅街の中にあるので、近くにランチをする場所が限られており、困っていた部分もありました。

でも「もちお食堂」がある日は遠くまで食べに行くことや買いに行く手間がかからないので、とても便利だしおいしいものを食べられるのでみんな満足しています。300円だと赤字だったので、現在は500円に値上げしてしまいましたが……(笑)。

プログラマ歴14年。プログラムをはじめた理由

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▲料理をつくる望月。毎回5〜10人が「もちお食堂」を利用している

存分に“CLO”ぶりを発揮している望月ですが、なぜ料理とは対極にあるとも言えるプログラマになったのでしょうか。

望月がプログラマをはじめたきっかけは、自身が所属していたバンドのホームページ制作でした。自分たちのバンドの知名度を上げるためにホームページをつくろうと、望月が独自に制作をはじめたのです。

望月 「初めてのことだったので難しすぎて、とりあえず動けばいいやという感じでつくりました(笑)」

初めてでしたが、望月は無事にバンドのホームページを制作することができました。そんな功績を見ていた別のバンドに所属していた友人からプログラマのアルバイトを紹介され、今まで経験したことのないことへの期待感と好奇心ではじめることになります。

友人の誘いがきっかけではじめたプログラマですが、2018年6月現在で歴は14年になりました。

望月 「仕事が楽しいし、プログラマを続けてよかったことしかないです。自分がつくったもので人が喜んでくれたら嬉しいですしね。
今は便利で簡単なアプリなどがたくさん出ていますが、以前はそういうアプリの選択肢があまりなかったんですよ。料理のほかに釣りも趣味なんですが、魚を釣るために、月の満ち欠けや潮位などを把握する用のプログラムを書いたりもしましたね。
ただ、悪かったことがひとつありました。肩が凝るようになったことです(笑)」

プログラマの仕事にもやりがいを感じている望月。「もちお食堂」をはじめてから本職であるプログラマの仕事にも、料理をつくることでいい影響があったと言います。

望月 「確かに、限られた時間で料理をつくらなければいけないし、プログラマとの仕事の両立は大変なんですよ(笑)
ただ、料理をつくることでリフレッシュできることもあって、いい息抜きになっています。プログラマをやっていて納得いかなかったり煮詰まったりすることも多いので、いい意味で料理とプログラマの仕事は相乗効果がありますね」

「もちお食堂」で思い出の味を。再現したいカレーの味

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▲「思い出のカレーづくりプロジェクト」でつくったカレー

料理人と職業プログラマを両立している望月。しかし、そんな彼が料理人として最も苦戦することがあります。

それは、釼持が忘れられない思い出のカレーを再現することです。そのカレーは、都内某所にあるカレー屋で食べることができていましたが、事情により現在ではもう二度と食べることができなくなってしまいました。

釼持 「どろどろで濃厚の甘さと酸味がほどよく混ざり、よく煮込んだ豚肉が入っているポークカレーでした。一杯一杯つくるので注文してから出るまで 40分かかるんですが、どうしても食べたくなってしまうんです。
とても匂いの強いカレーなので服に匂いが染み込み、カレーを食べた日にはすぐに周りにもばれてました(笑)」

そのカレーをもう一度食べたいと、望月につくってほしいと頼んだことから「思い出のカレーづくりプロジェクト」ははじまりました。

2018年6月現在までに3度試作を重ねていますが、思い出の味にどんどん近づいていると釼持は食べる毎に感想を言います。

釼持 「もちおさんのつくるカレーは毎回おいしいのですでに満足はしていますが、やっぱり思い出のカレーの味をもう一度食べたくて。 SNSでも数多くのファンがいるので、ある程度味が再現できたら拡散しようと企んでます(笑)」

望月のカレーが大好きで何度も食べている社員も多いです。
思い出の味に近づけるために、毎回少しずつ味を変えているのも、望月のカレーがあきることなくみんなに好かれている理由かもしれません。

週に2回、月曜と金曜のみに開かれている「もちお食堂」。これからも望月はおいしい料理を提供してくれるでしょう。

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