「はたらいて、笑おう。」には違和感があった――「PERSOL」で働く社員の“本音”

パーソルチャレンジ株式会社(旧フロンティアチャレンジ)でキャリアアドバイザーを務めている笠井理紗は、これまで激動のキャリアを歩んできました。リーマンショック直後の入社でいきなりの出向、希望していない突然の異動、統合後の社内の不和……数々の壁を乗り越えてきた彼女のストーリーと、その過程で培われた仕事への信念をご紹介します。
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リーマンショックの余波で、働きたい人たちと働けなかった入社1年目

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▲辛い時代をともに乗り切った同期たちと。プライベートでも旅行に行くほど仲良し

笠井の社会人としてのキャリアの始まりは、新卒で入社したインテリジェンスです。「はたらくを楽しもう」――就活時、インテリジェンスが掲げるこの言葉が、彼女のファーストキャリアを決める大きな契機となりました。

笠井 「インテリジェンスの会社説明会に参加したり選考を受ける中で、何度も社員さんに会う機会があったのですが、皆さん本当に楽しそうに仕事のことを話す姿が印象的でした。当時、とりわけやりたい仕事やはたらく上でのビジョンが明確になかった自分にとって、『この人たちと働きたい』と感じられた唯一の企業が、インテリジェンスだったんです」

希望が叶って、2009年にインテリジェンスに入社した笠井。しかし、そこで待ち受けていたのは、前年に発生したリーマンショックの影響が色濃く反映された、厳しい現実でした。

笠井 「内定直後の配属発表で、インテリジェンスに残る人と当時親会社だったUSENに出向する人が、ちょうど半分ぐらいに分けられたんです。私は、出向を命じられました。希望して受かった会社で働けない……その事実は衝撃でしたね。出向の辞令を渡されるときに、その場で泣き崩れる人もいたりして。そのときの会場の様子は、今でもよく覚えています。
会社を辞めた同期も多かったですが、私はそのまま残り、出向先で営業職に就きました。ほかに行きたい会社が思い当たらなかったし、何よりインテリジェンスという会社が好きだったので……。『いつか戻れるよう、出向先でしっかり結果を出そう』と目標を定め、そのために毎日必死で働きました」  

出向先での業務に忍耐強く向き合った努力が実り、笠井は出向してから1年後にインテリジェンスに呼び戻され、アルバイト領域の採用メディアを扱う事業部に配属されます。

ときに、共に苦境を乗り越えた同期たちと励まし合いながら、働きたかった職場での仕事に打ち込む日々は、彼女にとってかけがえのない充実した時間でした。配属先でも営業を務めた笠井は着実に数字を出し、社内で表彰されるまでに成長しました。

その事業部で4年ほど勤めた笠井は、その後自ら希望して、障がい者雇用を促進するフロンティアチャレンジ(現パーソルチャレンジ)に異動します。

笠井 「異動を願い出たきっかけは、アルバイト採用メディア事業部でのマネジメント職を打診されたことでした。ありがたいお話ではあったのですが、当時の自分はまだ経験不足を感じていて『いまは後輩の育成に回るより、もっと自分の知見と引き出しを増やしたい』と思ったんです。それで、これまでとは違う領域でも経験を積むために、発展途上でいろいろなことに挑戦できそうなフロンティアチャレンジへの異動を決意しました」

涙の辞令――仕事の「つらさ」を「面白さ」に変えるきっかけとなった、上司の存在

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▲インテリジェンスで高い成果を出し続けていた笠井は、新たなステージでの挑戦を決めた

障がい者雇用支援サービス「DODAチャレンジ」の営業職に籍を移した笠井は、これまでのメディア営業での経験を活かしつつ、未知の領域で奮闘しました。

徐々に慣れてきて「ここから成果を出していこう」という時期に差し掛かった頃、またもや笠井に想定外の辞令が下ります。それは、営業職からキャリアアドバイザーへの異動辞令でした。

「DODAチャレンジ」のキャリアアドバイザーは、「働きたい」という意思のある障がい者の方々の相談に乗り、彼らが持続可能な仕事につけるよう支援する役割を担います。そんな専門性と経験値が必要とされるような職種への異動を、当時の笠井はすぐに受け入れることができませんでした。

笠井 「本当に突然の辞令で、納得がいかなくて……しばらくは、ことあるごとに泣いていました。自分には向いていない、そんな人の人生に入り込むような仕事は無理だ――当時はそうやって、障がいを持つ方々と向き合うキャリアアドバイザーを“高尚な職務”としてとらえていたんです」

異動後も長らく、キャリアアドバイザーの仕事に馴染めずに、つらい思いを抱えながら働き続けた笠井。それでも、彼女が「会社を辞めよう」と考えたことは、一度もありませんでした。

笠井 「つらい日々を乗り越えられたのは、面倒を見てくれたマネジャーの存在が大きかったですね。こんな仕事、自分には無理だ……とふさぎ込みがちだった私のことを根気強く見守りながら、『できることから、ひとつずつクリアしていけばいいんだよ』と背中を押してくれました。

上司のアドバイスに従って、小さな目標からひとつずつ着実にこなしていくことで、キャリアアドバイザーという仕事の見え方も少しずつ変わってきました。自分の中に経験値が貯まってくると、最適解も見えやすくなってくる――その感覚は、今までやってきた営業と一緒なんです。

勝手に神格化していたキャリアアドバイザーが、ある意味で“普通の仕事”と同様だと気づきはじめてから、少しずつ『つらさ』が『面白さ』に塗り替えられているように感じています」

2017年現在は、キャリアアドバイザーとしての仕事の質を上げるために、国際的なキャリアコンサルタントの資格取得に向け、勉強に取り組んでいる笠井。

「自分が向き合う人たちには、ただ単に仕事を紹介するだけではなく、希望を持って職場復帰してもらいたい」と意気込む彼女には、大きな山を越えてきたたくましさが感じられます。

統合で立ちはだかった企業文化の差、“インテリジェンス籍”と“テンプスタッフ籍”の壁

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▲職場の仲間たちとプライベートでバーベキュー。当初はこんな関係ではなかった

笠井が異動した当初のパーソルチャレンジは、旧テンプスタッフグループと旧インテリジェンスグループの2組織が統合されたばかりでした。彼女は率直に「最初はうまくいかないことばかりだった」と、当時を振り返ります。

笠井 「“インテリジェンス籍”と“テンプスタッフ籍”という言葉が自然と生まれるくらい、両社の間には壁がありました。当時の現場では『統合してよかったこと、何かある?』と懐疑的な意見を持つ人たちが多かったと思います。実際、統合を機に辞めてしまう人も、少なからずいました」

お互いに折り合いをつけてやっていきたい……そう思いつつも、なかなかうまくいかない。その大きな要因となっていたのは、会社が長年の歳月をかけて作り上げてきた、文化の差でした。

笠井 「インテリジェンスはメール文化で、効率性を重視した工数管理の意識を持っています。一方でテンプスタッフは電話や口頭伝達の文化が強く、効率よりも徹底的に相手と向き合う姿勢に重きを置いていて。『どちらかが正しい、どちらかが間違っている』という問題ではないからこそ、些細なことで意見が衝突して、わかり合えないモヤモヤとした感情が募っていました」

培ってきた文化、社風の違う者同士が理解し合い、気持ちよく仕事をするために必要なこと――それは、お互いの考えていることを共有し、新しい文化を作るために根気強く話し合う場づくりでした。

笠井 「それぞれが『自分たちの価値観が正しい』と決め込んでしまっては、いつまでもわかり合えません。だからこそ、『お客様にとっての最善を模索しよう』という原点に立ち返り、同じ方向を見定めた状態で、会社の今後について皆で話し合いました。

そのおかげで両社……というよりは、一人ひとりが何を考えているのか、どんなことを大事にして行動しているのかがわかってきて。上下関係なく、誰でも意見を言ったり相談したりできる、風通しのよい職場になったように感じています。今では、“インテリジェンス籍”、“テンプスタッフ籍”という言葉は、ほとんど聞かなくなりましたね」

自分が「はたらくを楽しむ」ことで、周りが笑えるきっかけになりたい

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▲自分なりに働くとはどういうことかを考え、解を見つけてきた笠井

2017年6月、「フロンティアチャレンジ」はグループブランドの変更に伴い、「パーソルチャレンジ」へと社名を変えました。「ここが自分たちの会社にとって、本当のスタートラインだ」と、笠井は意気込んでいます。

笠井 「正直に言うと、個人的にはまだ『グループ経営を進めている意味』は、実感できていません。

さまざまな壁を乗り越えて、ひとつのグループとして結束しつつある今こそ、統合した意味、そこに生まれるはずのメリットを突き詰めていくべきだと感じていて。上の人たちには『シナジーを生みだす』と言った響きのよいフレーズではなく、もっと具体的に現場に響く、活きる言葉で説明する機会を増やしてほしい。

それに現場で働く私たちも、『1+1』を3や4にしていく方法を考えていかなきゃ……最近はそう思うようになりました」

統合した意味と向き合う上で、笠井にとって避けては通れないものもありました。それは、パーソルがグループのスローガンとして掲げている「はたらいて、笑おう。」という言葉です。

笠井 「こんなことを言うと、水を差してしまうようで気が引けるのですが……最初に聞いたときから『はたらいて、笑おう。』というフレーズには、違和感を覚えていました。なんだか、仕事をしながら笑えなきゃいけないのか、というようなプレッシャーを勝手に感じてしまっていて。働き方のスタンスって、人それぞれだと思うんですよね」

しかし、笠井は自分なりに「はたらいて、笑おう。」の意味を考え続け、今ではこの言葉をポジティブにとらえるようになりました。

笠井 「『はたらいて』の後に、読点があるじゃないですか。つまりは、『働く』と『笑う』の間には、余白が設けられているんですよね。

『働いて、そこで生まれる人間関係を楽しんで、笑おう。』でもいいし、『働いて、得られる経験やお金を自分のやりたいことに活かして、笑おう。』でもいい。『働く』から生まれ得るものを、各々が自由に活用して、結果的に『笑う』に繋げられたらいいんだろうな……そう解釈したら、ストンと腹落ちしました」

そんな笠井にとって “はたらいて、笑う”ために重要なことは、「やりがいを見つけ、生き生きと働くこと」です。

笠井 「私はこれまで、仕事をする中でつらいことも数多く経験してきました。ずっと楽しかった、とは言い切れません。けれども、落ち込んで仕事が嫌になりそうな時に自分を元気づけてくれたのは、周りで楽しそうに働く先輩や同期の社員たち。言葉をかけられるより、生き生きと働く姿を見せてくれたことが、何よりも支えになりました。

だから私も、自分が働く姿を見せることで、周りを元気づけられる存在になりたい。そのために、入社動機にもつながった『はたらくを楽しもう』という考え方も、自分の原点として胸に刻んでおきたいなと思っています」

仕事は楽しいものではなく、楽しむものだ――経験則から培われた笠井の信念には、周りを鼓舞する力強さと、「つらい」という気持ちを肯定する優しさが共存しています。

彼女が進んできた、そしてこれから切り開いていくキャリアの道筋は、きっと後続にとっての希望の道筋となるはずです。

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