もう一歩先へ──もどかしさと探究心からリザーブリンクへ

前職は会計事務所に勤めていて、企業の顧問という立場でバックオフィスに関わる業務を何十社も担当していました。でも、仕事に慣れていくうちに、「なぜこの手続きをするのか」というような会社ごとの事情がわからないままに作業をすること、それを知りたいけど深く入り込むことができないことへのもどかしさを感じるようになったんです。

もう一歩この先に何かあるはず、もっと相手のために働きたい──

そんな想いから、事業会社側に行ってみたいと考えました。

私がリザーブリンクに入社したのは2013年。当時はまだ、よくあるスタートアップの会社という感じで、管理体制が整っておらず自転車操業状態でした。仕事を楽しんでいましたが、労務的にはあまり褒められたものではありませんでした。

みんなで頑張っているという過渡期のおもしろさはある反面、退社していく社員も多い不安定な時期で、それに対面しなくてはいけない役割はつらかったですね。

とはいえ、バックオフィスの実務部分は私が入社するまで社長がひとりでやっていた土台がありました。その社長がつくってきた“生のコンクリート”を私が固めるかのようにして、あいまいながらもすでにあったものを確実なものにしていくという仕事が続きました。

労務総務がそんな状態なので、私が入社した頃はまだ誰も産休・育休を取っている社員がいなかったんです。

「ライフイベントで何があっても、やりたい仕事が続けられる環境をつくりたい」

この先の人生を考えた時、このままじゃいけないな、という課題感があって。33歳の私は、社長に「おそらく私の予定では、数年内に結婚をして、出産をして、戻ってくるので、それができる環境と制度をつくりたいんですけど、やってもいいですか」と思い切って問いました。

当時もちろん結婚もしていないし、彼もいなくて、根拠なんて何もなかったんですけどね(笑)。でも年齢的に、この会社にいる間にそれが起きるはずだと勝手に考えていました。そうしたら、社長が「やりたいようにやっていいよ」と背中を押してくれました。

そしてその“予定”は現実のものになりました。入社して1年経ったころ、私は社内結婚をしました。

産休・育休を想定して描いた、「私のロードマップ」

結婚した後、次は出産を想定して仕事をしていました。いざそれが現実味を帯びてくると、やはり葛藤がありました。育休に入るとなると自分が会社からいなくなるわけで。自分がいなくても会社が回るようにしなければならない。

業務が多岐に渡っていたので、「私が抜けても大丈夫だろうか」「ちゃんと引継ぎでくるだろうか」という心配がありました。でもそんななかでも「育児休暇を取得するならば、それがみんなから歓迎されて認められるような状況をつくる努力をしたい」と前向きに考えるようになりました。

計画的に働いてきたことが功を奏し、妊娠がわかってから産休に入るまではスムーズにいくはずが……非常に苦戦しました(笑)。まずは、徐々に仕事を引き継ぐことのできる状態へ準備をしながらも、後任の採用に注力しました。

順調に採用が進み後任を迎えたものの、引継ぐ業務が広範囲に及んでいた点で、一番苦労しましたね。ただ、この引継ぎができれば、私が存在しなくても会社は回るという状態になるわけだから、帰ってきたら新しいことができる!というワクワク感を糧に頑張れました。

なんだかんだで、体調も良かったため出産ギリギリまで働いていました。広範囲に及ぶ業務の相関関係が伝わりづらく、後任メンバーにも苦労させている状態で、。他のメンバーも巻き込んでジタバタしていました。

産休直前の最後の数日になれば引き継ぎのゴールは見えてきていたものの、後任のメンバーの不安をすこしでもフォローしたくて会社にいた……というのは言い訳で、実際は自分が不安で中々引けなかったところがあったと思います。

あまりにもわたしがなかなか産休に入らないので「送別会をやりたいからいいかげん最終日を決めてください」と言われて最終日を5月末にしました(笑)。

そんな私をみんなが受け入れてくれたおかげでスッキリした気持ちとやりきった感のなか、産休に入ることができました。

社長との休業前の面談で、「仕事のことを一切考えない1年を過ごさせてもらいますね」なんて言ったんですが、「それはそれでいいじゃん」と前向きに送り出してくれました。入社時にも思いましたが、筋が通っていれば、提案がおおらかに受け止められ、応援してくれる環境はありがたいな、とあらためて思いましたね。

産休・育休を通して体得した「コーチング」的思考

産休に入ってから出産までたった15日間でしたが、やることがなくて寂しかったですね。私にとって仕事とプライベートは融合しているものでしたから。掃除や家事がたいして好きなわけでもないし(笑)。

ただ、出産後はもうてんやわんやでそれどころではなかったですね。どうしても入社間もないメンバーに引き継げない給与関係の仕事のみ、月に1回だけ自宅でリモート作業をするのみで、ほとんど仕事のことを思い出すことなく過ごしました。

育児に関しても、かなり苦戦しましたね。でも、産休前にビジネススクールに1年くらい参加してコーチングを使ったマネジメントを学んでいたことが思いがけず役に立ちました。そこで学んだのは、「コーチングは相手の自立を促すもの」だということ。「相手の意思を尊重し、受け止め、いかに成長しやすい土壌を築いてあげるか」が重要なのです。

それは子育ても同じでした。子育てでは、なんでもかんでもやらず、どうしたいのか相手の反応を待った上で手助けをすることが大切。そうか、ここでコーチングの視点が生きてくるのか──そう気付いてから、子育てに対する意識が変わったように思います。

また、子どもを通して周りの大人達を見てみると、小児科の看護師さんや保育園の先生など、コーチングの世界観を持った人がたくさんいて。何もできない子どもとして接するのではなく、ちゃんとひとりの人間として接していたりするんですよね。

みんなそれぞれ個性があって、それぞれを尊重して対応している。それを見て、大人の世界でも本質は変わらないなと感じました。丁寧に話を聞いて、相手が何をしたいのかに耳を傾ける。大人の世界でもそういうことができていれば、いがみあったり、問題が起きたりした時にもみんなで素直に話し合えるんじゃないか──。

「この世界観のまま、社会で何ができるだろう」と考えるようになったんです。

そんな思いを抱きながら育休から復帰。新しい仕事をつくり、復帰後の働きをみんなに理解してもらおうという意気込みでした。そして、その「新しい仕事」として、私は人事を選びました。

自分の全リソースを使って人事をやりたい。型にはまったものではなくて、今のみんなに合った形で、今やらなきゃならないことをやれる人事を──前のめりな姿勢で私は前線復帰したのです。

仕事も家庭も大切に。コーチングをビジネスの場にも生かしていく

今必要なことを、と意気込んではいましたが、1年のブランクがあるから、そもそも今起こっていることがわからない。みんなは何に悩んでいるんだろう、何が起きているんだろうということを、自分の目で確かめなければなりませんでした。

ここでも苦戦しましたね。それを理解するために、意識して行ったのは職場で「やりたいこと、なりたい姿」をちゃんと話せる場所や機会をつくること。そうしてみんなの声に耳を傾けるように努めました。

きっと多くの人は「管理しないと働かない」のではなく、信頼していることが伝われば動こうとするし、任せることでパフォーマンスはうんと上がるはずです。本当はチャレンジしたいけど、できないかもしれないという不安で消極的になってしまうのはもったいない。

働く欲を満たしてあげるために必要なのは、柔軟な対応なのだと感じています。それを突き詰めて、みんながやりたいことのために楽しく全力投球できる環境を整備し、サポートするのが人事の役目であり、やりがいになると思っています。

今後のキャリアとしては、仕事もしたいし、家族も大事にしたい。どちらも諦めない、私らしい人生を創って行きたい。とにかく、今は「人」に纏わることへのおもしろさを感じています。

その発端はビジネススクールで学んだコーチングでしょうね。それが育児を通して考え方として定着し、より興味が沸きました。コーチングで得たことを今度はビジネスの場へ昇華する──それがいまの私の“やりたいこと”です。

これまで私は苦労や葛藤など、さまざまなことを味わってきました。でもそれを通して、確かに歩みを進めている。

今は漠然とした葛藤やいろんなプライド、つまらない理想みたいなものがなく、ただただこれからどうなっていくのか楽しみなんです。私の価値観で、私が思うように行きたいところに行けばいい、そう思えるようになりました。

子どもは成長速度がとにかく早くて、ぼーっとしていると置いていかれる。わたしも前にすすまなきゃと気付かせてくれます。自分も、子どもと同じようにまっさらな状態で、どんどん新しいことにチャレンジしていきたいですね。