「今だから言えるRettyリリース時の話」当時を創業メンバー3人が振り返る

Retty CEO・武田和也、最初のパートナー・取締役の長束鉄也、そして3人目のメンバー・執行役員の内野友明。Retty創業メンバーの3人が、赤坂の懐かしの居酒屋『分店 なかむら食堂』でリリース当時を振り返りました。
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20代はどんな苦労をしても笑い話——通勤時間を“開発時間”へ

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▲グロース部門長兼執行役員・内野(左)、創業者兼CEO・武田(中)、共同創業者兼取締役・長束(右)

創業した赤坂オフィス近くにあり、武田のお気に入りだった『分店 なかむら食堂』。ちょうどRettyをリリースしたころにできたお店です。当時の3人からすると、ちょっと値段が高くて頻繁には来られない場所。Rettyをスタートさせたばかりのころの夕食は、武田が取る出前でした。 

内野「僕と長束さんが開発していたから、作業を止めまいと武田さんが注文してくれていましたね。夜になったら『今日は何がいい?』って聞いてくれて」
長束「夕方になったら裏の公園を走ったりね。オフィスの下の階に住んでいたからとにかく動かなくて、このままじゃまずいって運動して、シャワー浴びてまた仕事してた」 
武田「たしか仕事は毎朝9時くらいからやっていたよね。内野くんは他の会社で働いていたから、21時くらいに合流だった」

開発経験の多い内野を巻き込むために、武田はある行動にでます。

長束「内野くんはオフィスが入っているマンションに勝手に部屋を借りられちゃったんだよね」 
武田「たしか会った翌日に勝手に部屋借りたんだ。借りちゃえば押し切れそうだったのもあるけど(笑)、内野くんはいろいろなサービスを作った経験があるし、絶対に採用したかったんだよ。とはいえその当時新しいアプリを別の会社で作っている途中だった。じゃあどう巻き込んでいくのがいいかなって考えた時に、『終わった後の2時間くらいならいけるんじゃないか?』って」
内野「実家が埼玉で、職場が渋谷だったから『往復2時間半かかるなら、近くに家借りるからその2時間半で仕事してよ』って言われて、確かに!って。26歳で若かったから、20代はどんな苦労しても笑い話かなって。それにそこまでやられたらしょうがないなと。そういうノリは嫌いじゃなかったですし」 
長束「前職のネットエイジ(現・ユナイテッド)で一緒に働いていたときから、人を連れてくるのがめちゃくちゃすごい」
内野「でも楽しかったです。巻き込まれても嫌な感じがなくて、楽しい感じだったんですよ」

武田の“巻き込み力”によってジョインした内野。懐かしの居酒屋という場所もあってか、話は更にさかのぼります。

武田と長束。タイプは違えど「世の中のため」という考えは共通だった

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▲創業当時、ホワイトボードに書かれた想い

共同創業者である武田と長束。元々起業をしたいという気持ちはお互いにあったものの、「一緒にやる」ということまでは考えていませんでした。

内野「武田さんに最初のパートナーとして誘われたとき、長束さんはどう思ったんですか?」 
長束「びっくりはしたよね。僕も起業はしたいと思っていて、お互い起業するって話はしていたんですよ。でも彼は攻め派、僕は守り派、みたいな感じで、タイプが全然違う。ただ、『事業をやるなら世の中のためにやりたい』っていうのは共通していた」
武田「そうそう。『世の中のために』っていうのはずっと言っていたよね」
長束「『ベンチャーで成功してすごい生活がしたい』っていうモチベーションは全くなくて、そこは2人の共通点だし、今の事業にもつながっている。でも自分で起業しようと思っていたから、一緒にやるっていうので悩みましたね。考えさせてくれって言ったんですけど、こういうタイプだからすぐ決めろって言うんですよ(笑)」 
武田「あはは(笑)。それで未経験でプログラミング始めてね」 
長束「僕はタイプ的にはどちらかというと向いている方だったから、苦ではなかったですけどね。でもいろいろな人に助けてもらわなければ絶対に無理だった。フリーランスのエンジニアの広瀬さんなんて、片道2時間かけて赤坂に通って、ほぼ無償で僕にプログラミングを教えてくれたんですから。それにiPhoneアプリ開発をお願いしていた仙台在住のフリーランスの人なんて、東日本大震災が起きた時に『大丈夫ですか?』って連絡をしたら、『すいません、納期が遅れそうです』って(笑)」
武田「すごい技術者魂だよね」
長束「僕らも必死だったんですよね。やりたいことはあるけど、できない。変なプライドもないから、力を貸してくださいってお願いして。そうしたら『じゃあ手伝ってあげよう』っていろいろな人が一緒にRettyを作ってくれた。たしかに会社を作ったのは僕らだけど、そういう方に支えられて今のRettyがあるんですよ」

創業メンバーがそろい、更に多くの人達の力を借りて着々と準備を進めていったRetty。そしてついにリリースにこぎつけます。

今だから言える、Rettyリリース直後の話

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▲長束は2017年現在、Rettyの「餃子担当」として、300軒以上の餃子を食べ歩いている。この日はセロリ餃子を注文。

記念すべき、Rettyのリリース。しかし大きな喜びはなかったと3人は口をそろえて言います。

内野「Rettyの名前の候補ってどんなものがありましたっけ?」
長束「『O3(オースリー)』っていうのがありましたね。『おいしい、お店、教えて』の頭文字の3つのOをとって、O3っていう」 
武田「センスゼロだよね、今思えば(笑)」 
長束「当時は自分なりに『キター!』って感じだったんですけどね(笑)。ただ最初からグローバル展開を考えていたから、日本語表記の名前はないと思っていました。O3以外にもいっぱい考えたなぁ」
武田「なっつん(長束)はリリースの瞬間のこと覚えてる?」
長束:「『リリースできた!』っていう達成感や感慨深さはなかったです。本当にそんな余裕はなくて、追い込まれていたし、とにかくテンパってた」
武田「たしかに『3、2、1、オープンしました!』みたいな、そういう余裕はなかったよね。それにリリースしてからが勝負で、使われなくなった瞬間に終わる。あまりリリースしたからどうこうっていうのはなかったな」 
内野「僕はiPhoneアプリのリリースが本番だと思っていたんですよ。だからPC版はプレリリースみたいな感覚で、えいって。『あれ、なんかリリースしちゃったな』っていう」
長束「今だから言えるけど、サーバーダウンはしょっちゅうありましたね。あと覚えているのは、FacebookアカウントでRettyに登録できるように連携したとき、みんな同じ人になるっていう不具合があって。自分の投稿も他の人の投稿もみんな同じ人物になるっていう。これは完全に人為的なミスだったんですよ。ユーザーさんには『本当にすみません!』って謝って、超必死になんとか直したんですけど。当時はそんな感じでとにかくテンパってたイメージしかないです」

武田と内野の激論「『行ったよ』ボタンは必要か?」

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リリース後も多くのプロダクト改善を行ない続けているRetty。

そのなかでも、武田と内野が激論を交わした「行ったよ」ボタンに関する議論は、今も3人の印象に残っています。

武田「ケンカはしなかったけど、アプリの機能については武田・内野で相当言い合いをしたよね。あれは良かった。お互いこだわりが強いから譲らないんだよ。ちょっとした文言ひとつで2時間ぐらい議論した気がする」 
内野「確かに。そういうところで妥協はしなかったですね。『いいね』、『行きたい』っていうボタンは今もあるんですけど、最初は『行ったよ』っていうリアクションボタンもあったんですよ。現在(2017年)の『行った』ボタンはコメントを伴う投稿ボタンの役割だけど、そのときはただのリアクションボタンだった。でもそれはリリース前になくしたんですよね」
長束「なんでだっけ?」 
内野「シンプルじゃないから。シンプルが一番いい!」
武田「口コミの投稿と、『行ったよ』っていう記録だけをするリアクションボタン。ふたつあるのがややこしい」
内野「あとは『いいね』とか『行きたい』って言われたら投稿者はうれしいと思えばいいんですけど、『行ったよ』って言われた時にどういう気持ちになったらいいか分かんないんですよ。『だから?』っていう。微妙な共感を求めるような機能をつけても、しょうがない」
長束「あーそうだったね」
内野「社内で激論になったんですけど、リリースして1年経ったくらいから他のサービスでも『いいね』『行きたい』ボタンみたいな機能が増えてきて。あのときの議論は間違ってなかったなぁと思った気がします。今どきのサービスは自分の気持ちを表せるのと同時に、それが自分の記録になることが大事で、『いいね』ボタンは気持ちを表しているだけだけど、『行きたい』ボタンは気持ちの表れとともにログになる。当時はそれが画期的だったんです」

そして話は今まで話題に上がったことのない「Rettyは正直、成功すると思っていたか?」という話題へ……。武田はもちろん成功すると信じていましたが、長束と内野は どう思っていたのでしょうか。

武田「ぶっちゃけRettyはうまくいくと思ってた?もちろん僕は絶対にうまくいくつもりだったけど」 
長束「……。先のことは分かんないですよ? でもポジティブなんで、ある意味盲目的に信じていましたね。成功しないことを前提にやっても意味がないんで。起業して5年続く会社なんて数%の世界だから、盲目的に信じている一方で、保守的に見れば失敗する可能性もある。不確定要素はいっぱいあるけど、失敗したら失敗したで次を考えようっていう」
内野「武田さんは絶対に成功すると思っているし、長束さんはそうかもしれないって思っているし、僕は『ほんとか!?』って思っている。そういう3人がそろったからいい感じになっているんじゃないですかね」 
長束「『ほんとか!?』って思ってたの?(笑)」
内野「僕は15%くらいは成功すると思っていました」
武田「あっはっは!」 
内野「やるからにはどう成功させるのか。それを考えることが大事なんじゃないですかね。誰も成功するって信じてないのは良くないし、悲観的過ぎても楽しくない。そのバランスがちょうどよかったんじゃないですか」
武田「そのころから7年だね。Rettyも7周年だよ(2017年現在)」 
内野「僕らは食で日本と世界を変えようとしているんだから、7年なんて全然大したことないですよね。Webサービスは出ては消えてを繰り返しているから長い気がするけど、食はなくならないし、世界の外食産業も伸びていく。何十年と続くサービスだから、まだまだスタートです」
長束「日本の食の文化は世界に誇れるもので、実際和食は世界遺産になった。インターネットだけだとアメリカに負けるかもしれないけど、食っていう日本の秀でたところと掛け合わせて世界で勝負したいですよね」
武田「本当に、まだまだこれからだよね」

世界で勝負をする。3人の想いはスタートのときのまま。食を通じて世界中の人々をHappyにする旅は、まだまだ始まったばかりです。


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