「目的はRettyの成長じゃない」元Google・樽石将人がRettyに参画した理由

2014年、Rettyに入社したCTOの樽石将人。これまでRedHat、Google、楽天などに在籍し、Google Mapsのナビ機能やYouTubeのバックエンドなど、誰もが知るサービス開発に携わってきたエンジニアです。Rettyに参画した理由を尋ねると、樽石の根底にある信念が見えてきました。
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プログラミングと節約と音楽を愛する男に訪れた、2011年の転機

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▲2010年末、Googleの社内イベントで歌う樽石(右から2番目)

樽石が初めてコンピューターに触ったのは、7歳のとき。自宅で雑誌に書いてあるゲームプログラムのソースコードを書き写していました。 

樽石「0と1が並んでいるソースコードを書いて、記憶媒体はカセットテープで、2〜3時間頑張ると動き出す。ゲームをつくること自体がゲームだったんですよね。周りに似たことをやっている子どもはいなかったけど、Googleには同じような幼少期を過ごしている人がいっぱいいました」 

こうした「何かをクリアする達成感」を好む樽石の志向は「節約好き」にも現れています。限界を超える感じが面白いと、学生時代は卒論締切前の一週間を140円、一日20円で乗り切り、「一日20円guy」というあだ名が付いたこともあったほど。Retty入社後もAIの基盤製作時にあらゆる手段でコストを抑え、業界標準の1/30〜40の運営費(電気代及びクラウド利用料金に基づく比較)で完成させるなど、節約の達成感を楽しむ姿勢は今も健在です。

 一方で、20代のときにはバンドでキーボードを、30代からは「シンガーソングライターのようことをやっていた」と樽石。なかなかうまくできない演奏や歌が時々成功して伝わる。そんなアナログ感に面白さを感じていました。

樽石 「音楽って、なかなかうまくできないんですよ。プログラムにすれば正確にできるけど、リズム通りなだけではいい曲にならないし、人間味もない。そういうギャップが好きだったんですよね。経験を重ねたら歌詞の意味が分かったり、これまで聞き流していた曲なのに涙が止まらなくなったり。食も歌もその時々の節目に感動させてくれる、いいものだなと思います」

 そんな樽石に2011年、転機が訪れます。3月11日に発生した、東日本大震災です。 

樽石 「それまでは仕事を通じて世の中が良くなっていく感覚があったけど、それは錯覚だったんです。世の中が電子化したことで大量の電気を使うようになって、それが原発事故につながった。ものすごく罪悪感を覚えました。まだ余震が多かったころに家のリビングで震災の対応をしているとき、隣では福島から避難してきた祖母がニュースを見て悲しんでいる。子どものときからずっとプログラミングをやってきて、それなりに力も付けてきたつもりだったけど、いざという時に『Googleパーソンファインダー』っていう人探し掲示板サイトをつくることくらいしかできなかった」

これまで自分がやってきたことは何だったんだろう−−。大きなショックを受けた樽石は、その後Google を辞め、楽天へ。転職の一番の理由は「日本のためになることをやりたい」でした。

樽石 「縮小傾向にある日本のマーケットにおいて、日本の豊かさを維持するために、グローバルに出て行くことは大事なこと。それにGoogle本社があるアメリカ西海岸で『世界をより良くできる、価値のあるものをつくろう』という会社をたくさん見てきました。みんな地球全体で考えていて、GoogleもCSRの動きはいろいろしていました。だから世の中を良くするためのことをしなければと感じていたし、世界の課題を解決できる日本の会社を育てることに貢献したかった。ずっと外資系でグローバルの経験もあったし、知見を生かして世界進出したい日本の会社を応援したかったんです」

「楽天・三木谷社長に後押しされた気がした」Retty転職の2つの動機

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▲2013年、武田が初めて送ったメッセージに対する樽石からの返信

樽石とRettyの最初の接点は、楽天で働きはじめて半年ほど経ったころ。CEOの武田が送ったFacebookメッセージでした。「その他のスパムフォルダみたいなところに入っていた」というメッセージを見てみると、たまたま自宅と当時築地にあったRettyのオフィスが、徒歩5分程度の近所であることが分かりました。

樽石 「周辺にIT企業がないことの珍しさもあいまって、興味を持ちました。あとは武田さんが事業をやる前にアメリカにいたこともきっかけのひとつでしたね。シリコンバレー周辺は200年以上前の歴史的建造物はほぼ皆無といっていいぐらい、新しい街なんです。これから開拓していく場所であり、シリコンバレーのGoogleには『世の中はまだ荒野で、自分たちが開拓していく』という大志を抱いている人が何人もいました。そういう文化に触れていたこともあって、勝手に武田さんも大きな夢を持っている人なんじゃないか、と。そう思ったこともあって、接点は全然なかったけど、『夢でも語り合いませんか』と返信したんです」

そうしてオフィスに遊びに行き、約半年後に正式に入社。楽天に転職して間もないなかで、Rettyへの転職を決めた理由はふたつあります。

樽石 「2週間に1回くらい遊びに行って、サービスの不具合の改善や開発手法の提案などのアドバイスをしていました。当時のRettyはユーザーがどんどん増えてサーバの負荷が大きくなっていて、あるとき、ついに限界を超えてサーバの大障害が発生したんです。サービスが提供不能な状態に陥った時に、ガッツリ入って対策をしました。サービスの世界観も気に入っていたから、このままなくしてしまうのはもったいない。それにみんながすごく頑張っていて、なかには10代のインターン生までいて感動したんですよね。僕が若いころ、インターネットは一部のマニアックな人が家でコソコソやっているものだった。でも僕たちみたいなエンジニアがずっとインターネットの現場で何かを信じてやってきた結果、普通に使われるようになったんだなぁって。ここまで手助けしてしまったし、彼らが思い描いている何かを手伝ってあげてもいいのかなって思ったのが一つ目の理由です」

そしてもうひとつの理由が、奇しくも楽天の創業者である、三木谷浩史さんでした。

樽石 「とはいえ最後まで迷ったんですよ。でも楽天の創業秘話を読んでいたら、三木谷さんが銀行を辞めて楽天を立ち上げた理由が書いてあって。その理由が阪神・淡路大震災で、境遇がなんだか自分と似ていたんですよね。だから勝手に三木谷さんに後押しされたと感じました。収入面では正直に言うとすごく下がりましたが、それでも転職をしたのは社会的に貢献していきたい思いがあったから。まずは“やるべきこと”をベースに動いた感じです」

すき焼きに詳しくない樽石が「すき焼き担当」を選んだ理由

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▲節約好きの樽石が業界標準の1/30〜40の運営費で完成させたAI基盤が置かれるRettyのサーバルーム

武田が最初のメッセージを送ったころ、樽石はRettyのことをまったく知りませんでした。2009年にGoogleに入社して以来、ずっと3食社食の生活。「エンゲル係数はほぼゼロ」だったため、グルメサービスの動向自体をまったく把握してなかったと振り返ります。

樽石 「元々『出されたものは全部食べなさい』ってしつけられてきたので、おいしいものを食べ歩くって感覚があまりないんですよ。この会社にいてそれでいいのかっていう感じですが(笑)。僕は『すき焼き担当』と名乗っていますが、正直何が大好きとか、詳しくなりたいとか、そういうのはあまりないんです」

そんな樽石がグルメ担当にすき焼きを選んだのは、“すき焼きが持つイメージ”に理由があります。

樽石 「ちょうどRettyに入るころに結婚したんですけど、向こうの親御さんとの会食や、うちの親の誕生日祝いで、すき焼きを食べに行ったんですよ。そのときに、すき焼きってこういうときのためにあるものだよなぁと感じて。僕にとっては食そのものより、お世話になっている人と一緒に食事をすることが大事なんです。そういう感謝の意を伝える場をもっと増やしていきたいというイメージで、すき焼き担当にしました。家族に結婚の報告をしたときも、スーパーで買ったお寿司を祖母がすごくおいしそうに食べていて。食べるシーンっていうのはすごく大事ですよね」

目的は事業の成長ではなく、より良い世界をつくること

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▲2018年2月現在、麻布十番オフィスを拠点にグローバル展開を加速する

「『食の場で感謝を伝える』という自分の考えと『食を通じて世界中の人々をHappyに』というRettyのビジョンが重なった」と樽石。Rettyは創業当初から世界を目指していますが、一方ではグローバルに価値を提供している日本のテクノロジーカンパニーはほとんどないのが現実です。

 樽石 「単純にテクノロジーだけだと、日本の会社である必然性がないんですよね。でも食の領域で見ると、日本の食の課題レベルはかなり進んでいる。その課題に対応するサービスを試しながら改善していける地の利を生かせば、そこで得た経験を元にグローバルで価値を提供することができるんじゃないかと思います」 

「食を通じて世界中の人々をHappyに」。スケールの大きなビジョンを実現するために、樽石は共に働くメンバーには「世界のあるべき姿を考えてほしい」と話します。

樽石 「自分たちのビジネスをどうするかではなく、どうすれば世の中がもっと良くなるのか、それに対してどう事業を活用していくのか。『世界のあるべき姿』っていう発想を持って働いてもらえたらいいなと思います。今自分が働いているなかで感じていることでいえば、お世話になっている人と一緒に食べる、『供食』っていうんですかね。そういうところで人のつながりを感じられることが多いと思うんですけど、そういうものが最大化できるような社会が世界のあるべき姿なんじゃないか、と。難しいですけど、そんな世界になったらいいのかなと思います」

世界のあるべき姿を念頭に置いて、それを実現するために事業を活用する。そのためには普段の仕事でどのような心がけをすべきなのでしょうか。最後に樽石に尋ねると、こんな答えが返ってきました。

樽石 「世界をより良い場所にするためには、有事のときにちゃんと世の中を支えられることが重要です。震災の時に痛感しましたが、有事のときは普段やっていることの延長しかできないんですよ。今までやったことのないことで社会貢献しようと思っても無理。いざという時に何ができるのか、もしくは何かできる自分になるためにはどういう業務をやって、どんな力を付けるべきなのか。特に食は人々の本質的なところなので、そういう発想で事業を考えて、人生経験を積んでほしいなと思います」

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