世界に挑戦していく企業を、知的財産戦略で支えたいーー弁理士・齋藤拓也が抱く使命

現在、正林国際特許商標事務所の副所長を務める弁理士・齋藤拓也。元大手企業のSEであった彼が弁理士に転身したきっかけは、当事務所を立ち上げて間もない頃の所長・正林真之との出会いでした。今回は、入所以来13年にわたって自らの知見を活かし、弁理士の枠を超えた活躍を見せ続ける齋藤のストーリーをお届けします。

「何をするかよりも、誰と働くか」大手企業のSEから弁理士事務所への転身

社会の中で、人が自ら身を置く環境を選ぶとき、そこにはさまざまな判断基準があるものです。自分がステップアップできるかどうか、やりたい事業に取り組めるかどうか、安定性があるかどうか――。

現在、正林国際特許商標事務所(以下、正林事務所)の副所長を務める齋藤拓也が大切にしてきたのは、「そこに一緒に働きたい人がいるかどうか」という直感でした。

彼は2003年の入所以来、当事務所の経営に携わると同時に、多くの中小・ベンチャー企業に対し、知的財産を通じた経営コンサルティングを行なっています。対応ジャンルは非常に幅広く、実績も豊富で、その手腕には定評があります。

その齋藤、もともとは大手システム開発会社の第一線で活躍していた優秀なシステムエンジニア。しかしその会社に就職を決めたのは、特別「SEになりたい」と考えていたわけではなく、経営者の人柄にひかれて「この人と働きたい」と感じたからでした。

齋藤 「その会社にいた13年間、仕事はおもしろかったですね。何よりその社長の思想が好きで。この人にならついていってもいい、と思っていました」
在職中、齋藤は社内留学制度を利用し、アメリカの大学でMBAを取得。帰国した後は大手コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)に出向し、とある産学連携プロジェクトに研究員として参画していました。

そこで出会ったのが、同じくそのプロジェクトに協力研究員として参加していた、正林真之(正林事務所 所長)だったのです。

この出会いをきっかけに、齋藤の運命は大きく動くことになります。あるとき彼はCVC側の人間として、知的財産の専門家である正林に事業提携の話を持ちかけました。すると、逆に正林から「だったら君が僕の事務所に入ればいい」と口説かれたのです。

それは2003年、正林が事務所を立ち上げ、まだ間もない頃のできごとでした。

知的財産の専門家として、数々のベンチャー企業のサポートに従事

SEとしても充実したキャリアを築いていた齋藤に、「弁理士になれ」とまったく違う方向からボールを投げた正林。しかしその正林を「おもしろそうな人」だと感じていた齋藤は、その誘いに応じることにしました。

齋藤 「ちょうどその頃、前職で慕っていた社長が亡くなり、トップが変わっていたんです。会社が今までとは異なる次の段階に入っていくのがわかったので、私もここでひと区切りつけようと思って」
このとき、齋藤が「何をするか」で次の仕事を選んでいたなら、まったく畑違いの弁理士業界には足を踏み入れていなかったかもしれません。でも彼はここでも、個人のキャリアや仕事内容、将来的な目標以上に「誰と働くか」を優先しました。

「結局、あの(正林の)笑顔に騙されたんですよ」と当時を振り返って笑う齋藤が、正林事務所に正式に入所したのは2003年9月のこと。彼はSEとしての豊富なスキルと経験を活かし、Webサービスやソフトウェア、IT関連の特許権利化にまつわるサポートに従事するようになります。

そしてさらに、CVC出向時代に得た投資家側の知見と、知的財産の世界も交錯しはじめました。正林事務所が政府系ファンドから知財デューデリジェンス(資産価値評価)を受託するなど、ベンチャー企業や新規事業に携わることが増えていったのです。

齋藤 「もともと、起業やベンチャー企業には強い関心がありました。前職では社内ベンチャーに応募したこともあったくらいです。経営というより、 “0(ゼロ)から1”を作っていくプロセスに深い興味が湧いたんですよね」
真っ白なキャンパスに線を引いていくのが一番おもしろいーー。はじめは共に働きたい「人」に導かれて弁理士業界へ飛び込んだ齋藤でしたが、その舞台で自らの関心ごとやスキル、経験をもとにして、大いに活躍の場を広げていきました。

“武器”として特許を取得するだけではなく、戦術を立てるのが弁理士の仕事

齋藤が現在、正林事務所で取り組んでいる仕事は、いわゆる一般的な「弁理士業務」――企業からの委託を受けて特許申請の手続きをする、というものではありません。

なかでも彼が注力しているのが、特許の“発掘”、マイニングと呼ばれる業務です。


齋藤 「IT・ソフトウェア関連の特許は、製造業などと違い、実際の『モノ』がなくても取得することが可能なんです。しかし、多くの企業やプログラマーの人たちはそれを知らない。そこで私たちが参画させてもらい、特許取得の可能性を探ると同時に、その知的財産をどう事業に活かすかを考えています」
その事業の何が、他社との差別化につながっているのか。その特許は、企業にとって本当にメリットになるのか。そうした視点から適切なポイントを発掘し、特許を取得することができれば、ベンチャー企業が契約交渉や資金調達などを行なう際にも、事業の独自性を主張することができるのです。

正林事務所はそこからさらに、資金調達のサポートや提携先との交渉、M&Aの紹介などまでサービスを広げています。

齋藤は知的財産のプロとして、こうした業務を多数手がけるなか、これからの弁理士は「いわゆる“武器屋”で終わってはいけない」と感じるようになりました。

齋藤 「どんなに性能のいい“武器”を作れても、これまでの弁理士は『じゃあ、撃つのは自分でお願いします』で終わっていました。それは単なる“武器屋”のビジネスですよね。でも“武器”自体はあくまでも道具に過ぎません。それをどういった戦術で、いかに効果的に使っていくかが大事。それは今まで誰もケアしてこなかった部分なんです」
実際に、そうした武器を山のように持っているにも関わらず、事業が傾いているような企業もたくさんあるもの。それでは、せっかく取得した特許の意味がありません。

より高度な武器となる特許発明を発掘し、綿密な戦略を立てて、その使い方までをアドバイスする。そのうえでクライアントの事業を成功に導くことこそ、弁理士が果たすべき役割ではないか――。こうした齋藤の考えこそ、正林事務所の根幹にあるものに他なりません。

「あと5年で日本が沈む」知的財産の活用によって、この危機を脱するために

正林事務所でさまざまな企業の経営に携わってきた齋藤は今、弁理士業界のみならず、日本経済全体に対する強い危機感を持っています。「このままいけば、日本は沈んでしまう」と――。

齋藤 「かつてのアメリカがそうだったように、今の日本は新興国に追いつき、追い越されようとしています。具体的な例をあげるまでもなく、実際に大手の電機メーカーが他の国に買収されてしまう事態も起こっていますよね。80年代、ほとんどの電機メーカーがアメリカからいなくなったのと同じようなことが、今日本で起きています。だから今こそ企業は知的財産を活かした戦略を立て、それを実行していかないと」
そのためには、やはり自分たちも世界の舞台に出て行かなければならない。齋藤と同様、所長の正林も同じ危機感を抱いていました。そこで正林事務所は今後、本格的な海外への進出を計画しています。知的財産の専門家として、多くの企業を支えていくために。

齋藤 「たとえばシリコンバレーなどに行き、世界で勝負している企業と、日本のベンチャー企業とをマッチングすることなどを考えています。IT・ソフトウェア関連のビジネスで知財をうまく活用できれば、新たなビジネスの可能性が広がると思っているんです」
副所長である齋藤自ら新しいことに果敢にチャレンジしている一方、今後、正林事務所が世界の舞台で活動していくためには、まだまだ人材が足りていないのも現状です。

齋藤 「僕も正林も50歳を越えました。そろそろ新しい世代に活躍してもらわなければならないと思っています。そのためには僕たち自身が精力的に活動し、ビジネスの成功事例をどんどん提示していくしかないですよね」
かつて「何をするか」を考えるより先に、正林真之というひとりの人間とともに働くことを選択した齋藤。新たな舞台で大きな使命感を抱いた彼は、今も変わらず正林の右腕として、正林事務所の礎を支えています。

しかし齋藤の視点は、もはや「弁理士」や「特許業界」という枠組み・役割をはるかに越え、彼が支援する数々のベンチャー企業の成功や、若手の人材育成、日本経済の未来までを広く見据えているのです。

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