俯瞰した視点で物事を見つめ、知的財産の未来を描く――弁理士・渡辺仁のバランス感覚

特許庁出身者が活躍する正林国際特許商標事務所(以下、正林事務所)には、審査官として庁内で専門的なキャリアを積んできた人がいる一方で、弁理士・渡辺仁のように特許庁の代表として外交や行政の業務に携わってきた人材もいます。彼は国内外のさまざまな機関で得た経験を、どのように現場で活かしているのでしょうか。
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特許庁の外で積み重ねたキャリアで得た広い視野で物事を眺める力

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渡辺の長い特許庁人生は、審査業務以外の部署や外部機関・組織で仕事をすることが多いものでした。それゆえに、審査官や弁理士といった特許権そのものを扱うプレイヤーとしての現場目線ではなく、「日本の知的財産権をどう発展させていくか?」との俯瞰した視点を必要とされてきました。

そもそも大学院で分析化学を学んでいた渡辺が、修士課程卒業後特許庁への入所を決めたのは、「これから特許は面白くなるよ」という大学の先生からの推薦です。

渡辺 「きっかけは先生のひと言でしたが、個人的にも修士課程で培った理科的な思考力を仕事で活かしたいと考えていたんです。特許庁は行政職でありながら、技術分野を扱うので理科的な考え方も使うことができる。法律的な側面とのバランスが面白いんじゃないかと思いました」

1982年に入所後、渡辺は4年ほど食品加工分野の審査官を務め、その後は審査部に籍を置きながら科学技術庁の宇宙企画課で働くことに。ここで国の宇宙開発計画の方針を立てる業務に従事します。どんなロケットを作るのか、どんな衛星をどのタイミングで打ち上げるかなど、日本が宇宙開発を進めていく上での指針作りに携わりました。

渡辺 「この仕事が特許庁の役割と何かつながっているかというと、実は全然ないんです(笑)。科学技術庁(当時)は特許庁と似て技術畑の人材が多かったので、人材交流の一環として派遣されました。大学の勉強とも特許とも関係がなく、この経験が他の仕事に直接活きることはありませんでしたが、ゼロから何かを学ぶときの姿勢を学んだ2年間でしたね」

そののち、アメリカのジョージ・ワシントン大学に1年留学した渡辺。この期間にアメリカの特許事情を広く学ぶことになります。

先に発明した人が権利を持つ「先発明主義」を特許制度の原則としているアメリカ。それに対して、日本を含むすべての国では、先に出願した人が権利を取得できる「先願主義」を採用しています。彼は、ふたつのシステムの根本的な違いとその影響について学び、いかにアメリカが特許や知的財産の権利に対し徹底した態度で考えているかを知りました。

渡辺 「あらためて日本の特許制度を見つめ直す貴重な機会でした。特にアメリカの特許に対する意識の高さには驚かされました」

アメリカ留学から帰国して1年ほど特許庁に戻ったあと、次に渡辺を待ち受けていたのは、スイスにある外務省在ジュネーブ日本政府代表部への3年間の出向でした。

世界と日本、審査官と外交官の狭間で得たバランス感覚

スイス・ジュネーブは、多くの国際機関が拠点を構えていることもあり、国際会議の開催地として機能しています。渡辺はこの都市に、WIPO(世界知的所有権機関)やWTO(世界貿易機関)などの会議に日本代表として出席する立場で赴任しました。

審査官として特許の知識は持っていたものの、ジュネーブでの業務では意匠・商標、著作権や権利手続きの方式など、日本における知的財産権全般について広くカバーする必要がありました。そして議論に参加するためには、当然世界の特許事情にも通じていなければなりません。

渡辺 「会議前の事前勉強は常に必須。なかなか知識が追いつかないし大変でした。でも知らないことを学ぶのを面白い。各分野の専門家が親切に教えてくれたので、困ることはありませんでしたしね」

国際会議には、世界中から文化や習慣の異なる人達が集います。会議をスムーズに進行するためには、多文化マネージメント——つまり、適切な役割分担が必要です。渡辺は特にWIPOの会議の場に参加したことにより、大事な意思決定を行なう際に必要な意見の調整能力を学び、その後の仕事に大いに役に立ったと振り返ります。

渡辺 「WIPOでは、重要な取り決めを行なう会議の議長に必ずイギリス人を選んでいるんです。イギリス人って子どもの頃から教育されているのか、調整したり、まとめて結論を導くのがすごくうまいんですよね。たとえば南米の人だと時間通りやらないし、ひどいと途中で帰っちゃう(笑)。その点、イギリス人の議長の振る舞い方を見ていると、なるほどこんな風に調整するんだと学ぶことが多かったです」

また、渡辺自身もいち参加者として、各会議で決定されていく事項が日本の不利益にならないよう発言する必要があり、さまざまな意見の相違があるなかでどう振る舞っていくべきか、身をもって体験しました。彼はそんな日本と世界の端境に立ってのやりとりを3年3ヶ月務めました。

このときの経験は日本に戻ったあと、1999年の弁理士法の改正という大きなプロジェクトで本格的に活かされることになります。

法改正は、弁理士の仕事と数をともに増やし、当時日本に4000名ほどしかいなかった弁理士を増やすという目的のもとに行なわれました。そこで職務上行使できる弁理士権限の拡大と、採用試験制度の緩和が検討され、改正法案に盛り込まれることになったのです。

渡辺は法律の専門家と部下で編成されたチームとともに、弁理士法を1条から書き直すという役割を担い、現状をリサーチするため大手の弁理士事務所や中小・地方の弁理士にヒアリングを行ないました。

渡辺 「弁理士や特許庁、専門家など全体の意見を聞いていくなかで、ジュネーブ時代に鍛えられた、それぞれの事情を鑑みながらバランスよく調整を図る経験が活かされました。また、親交のあった各国の仲間に、その国で弁理士法に該当する法律がどう機能しているのかを聞いて参考にすることもありましたね」

2、3年おきに特許庁と外部機関・組織を行き来するという変遷を辿ってきた渡辺のキャリアですが、特許庁時代の後半は審査官として活躍します。そして退職と同時に、今度は弁理士の道に踏み出しました。

弁理士となってはじめて見えるようになったクライアントの顔

特許庁OBで弁理士になった方のなかには、入庁当初から弁理士を目指していたという方がいます。しかし渡辺は特許庁で働くなかで、徐々に弁理士を経験したいという思いが芽生えていったタイプです。

渡辺 「少ないながらも審査官の仕事も手がけてきたので、逆の立場でやってみたいというのはありました。やっぱりこの業界ではメインのプレイヤーは審査官と弁理士ですから」

そんな思いを持って2013年に正林事務所に入所した渡辺。2017年現在は弁理士の仕事と並行しながら、国際部門のヘッドも務めています。

渡辺 「正林事務所を選んだ理由は、所長である正林が非常に魅力のある人だったということが大きいです。これまでのやり方ではなく新しいものを作っていこう、今あるやり方に固執せずに手を広げていこうという熱意が伝わってきて。自分もここでやってみたいなと」

とはいえ環境の変化には少し戸惑いもありました。これまでの経歴ではチームで行なう仕事が多かったのに対し、弁理士はひとりで一連の流れをこなすため仕事の進め方にギャップがあったのです。ただ、多様な環境で働いてきた経験もあり、順応するにはそれほど時間はかかりませんでした。

同時にその環境の変化は、彼にまた新たな経験も運んでくれました。

渡辺 「一番大きかったのは、当事者であるクライアントの顔が見えることでしたよね。審査業務は、審査官と弁理士の1対1の関係だけで進行します。クライアントが登場しないんです。これが弁理士になると3人の関係になる。すごく大きな違いですよ」

クライアントの顔が見えるようになって実感したのは、特許庁OB弁理士への要求・期待値の高さです。実は審査官の仕事は限定的で、特許権取得後にどのように権利が活用されているかを知る機会はほとんどありません。しかしクライアントは、弁理士であればもちろん、特許庁OBなら尚のこと、「特許に関しては何でも知っているはず」との期待を持って事務所を訪れます。

渡辺はそんなクライアントの期待に応えるべく、プロの弁理士として常に弛まぬ研鑚を積み重ねているのです。

あらゆるものの間に立って、知的財産を活かす“優しい”手助けを

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弁理士と並行して渡辺がリーダーを務める国際部門では、海外のクライアントに対する知的財産戦略のサポートをチームで行なっています。

渡辺 「と言っても、インターネット上のバーチャルなチームですけどね(笑)。このチームには、元審査官、公認会計士、MBA、気象予報士など、多様なバックグラウンドを持つ人が参加しているので、さまざまな視点から多くのアイデアが集まるのが強みです」

ここでも、ジュネーブでの外交官時代や弁理士法の改正を手がけていた時に培われた、さまざまな人の間に立ち、バランスをとって意見を調整してきた経験が活きています。

国際部門のリーダーとして、今後はもっと海外からの出願を増やしていきたい、との理想を描く渡辺。どうすれば海外のクライアントに信頼してもらえるか?を、入所以来4年間ずっと考え続けてきました。

答えがないなりに実践してきたことといえば、どんなクライアントにも丁寧に対応する、ということ。彼はアポイントが入れば、時間を取ってじっくり相手の話を聞き、満足して帰ってもらえるような接遇を心がけてきました。この「丁寧さ」のルーツは、公務員として公共のために働いてきたことにあります。

渡辺 「公務員であるためのいちばんの素養って、実は“優しさ”なんですよ。役所は経済的な利益を追求する組織ではないからこそ、分け隔てなく人に優しくできる資質が大事。企業とのやりとりを通じて、こういった優しさがもう少し民間にも必要ではないかなと感じています。

その点、正林事務所は民間のわりに優しい所員が多い。もしかすると所内に公務員出身者が多いのも、職場の雰囲気に影響しているかもしれません」

日本と海外、審査官と弁理士、そして公務員と民間。常にそのあいだに立ち両者のよさを吸収しながらバランスを取り続けてきた渡辺。さまざまな経験から培われた持ち前のバランス感覚で、これからもクライアントの知的財産を活かすお手伝いをしていきます。

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