開発者目線でクライアントに伴走し、技術の権利を守るーー特許庁OB・赤川誠一のまなざし

正林国際特許商標事務所には、特許庁で長年積んだ審査官の経験を生かすべく、弁理士に転身した所員も多く所属しています。そのなかで赤川誠一は、審査業務のみならずシステムエンジニアとしても開発に従事してきました。開発者の視点を持つ彼の目に、弁理士の仕事はどのように映っているのでしょうか。
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特許庁の審査官でありながら、システムエンジニアとして活躍

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「特許庁での私のちょっと変わった経歴を、正林は気に入ったのでしょうね」——そう話すのは、正林国際特許商標事務所(以下、正林事務所)の弁理士・赤川誠一。システムエンジニアとしてのキャリアを歩む伏線は、今思えばすでに学生時代から引かれていました。

大学時代は数学を専攻していた赤川。研究では、当時まだ珍しかったコンピュータを使い、プログラミング言語(FORTRAN)を用いて大規模な計算処理を行なうことで仮説を検証する、といったことも行ないました。。

赤川 「根っからの“数学屋”気質なんですよ。新しいことを理解するのがとにかく大好きなんです。ただ、就職は別の道にしました。特許庁に興味を持ったのは、特許審査がある一定の論理に基づいて判断する世界だと知り、なんだか数学に似ているなと思ったからです」 

そんな漠然とした思いで面接を受けた特許庁に、赤川はなんと合格します。しかし入庁後、彼を待ち受けていたのは審査業務ではありませんでした。システム開発というまったく予想外の仕事を任されることになったのです。

特許庁で扱うシステムは、大きく分けて2種類あります。出願・登録手続きを行なうための管理システムと、審査文献をリサーチする検索システムです。開発はペーパーレスへの対応や文献の電子化など多岐に渡りました。

赤川 「コンピュータに馴染みがないわけではないけど、 “やりたい”という強い気持ちも特になく、はじめは役所に言われるままにという感じでした。だけどこれがやってみると、とても面白かった。新しい技術を勉強してはそれをすぐに試せる環境が楽しかったんです」

1978年、こうして特許庁でのキャリアをスタートさせた赤川は、社会人1年目にしてすでに他の職員とは別の道を歩みはじめ、その後、システムエンジニアとしての知識と技量を高めていくこととなります。

”審査する側”と”審査される側”から、それぞれに見えた世界

一般的に、審査官はそれぞれ専門の技術分野を持って審査に当たっています。しかし赤川は、開発を進める過程で、出願の実績や発明内容など特許・実用新案・商標・意匠の知的財産権にまつわるあらゆる情報に触れたため、より多くの知識を吸収する機会に恵まれました。

赤川 「知識はもちろんですが、システム開発に携わったいちばんの財産はシステムの利用者である弁理士の目線に立って物事を見られたことです。審査業務をしていると、逆の立場である彼らの仕事を想像するのは簡単ではないんです。弁理士になってからこの経験にはずいぶん助けられました」

システム開発は、主に民間のコンピュータメーカーと連携して行なわれました。メーカーサイドのSEやプログラマとともに設計を行なうなかで、新しい技術や発明が生まれる現場の空気感に触れたことも今、クライアントの立場を理解する上で大きな糧となっています。

赤川 「それこそデータベースからはじまって、ネットワークやサーバーなどのハードウエアについては、いつも最先端のものを積極的に導入していました」

審査官として出願審査をする立場と、開発現場で技術を形にする立場——。そのいずれも経験してきた赤川は、いわば”審査する側”と"審査される側"の境界を越えて仕事をしていたのです。

赤川 「昔のSEやプログラマーは発明を特許にしようという意識があまりなくてね。 現場で見ていると『こういう風に出願すれば特許になるのになぁ』と感じるケースがたくさん眠っていることに気づくんですよ。実にもったいなくて。もう少し興味を持って弁理士さんに相談すれば、いい結果になるのにと」

技術者として開発プロセスに関わりながら、同時に審査官の視点からも見つめることができる。複眼的なまなざしで技術を眺めることができるのは、クライアントの代理人として、もっとも利益になる方法を勘案し出願手続きを行なう弁理士にふさわしい能力です。

そんな赤川がいずれは弁理士にと考えるようになったのは、ごく自然の流れでした。

クライアントのビジネスに本当に役立つ特許を追求していく

2012年、赤川は34年間勤めた特許庁を退職。その年に彼は正林事務所の弁理士としての道を歩みはじめます。

所長の正林は、システム開発の経験を持った審査官という赤川のキャリアに興味を持ち、正林事務所の弁理士として採用しました。そして入所後はじめて赤川が担当したのは、弁理士業務ではなくまたもやシステムの仕事。

赤川 「正林から事務所で使っている管理システムの効率化をしたいという相談を受けましてね。ちょうど移行作業をしていた時期に私が入ったので、半分くらい手伝いました。特許庁に入ったときと同じですよ。不思議なことにね」

赤川の目に映る正林の姿は、弁理士業界の新しい可能性を追求する“革命児”。特許の申請が中心だった弁理士の仕事を知的財産の活用へと広げ、果敢にチャレンジを続ける男でした。

赤川 「勢いがある人だなと感じています。ビジョンがあって裏表がない。ふつうの人とは違うなと。影響力が大きいぶん、業界の中でも反発もあるかもしれません。でもそれは実力を認められているってことですよね。大したものです」

赤川が弁理士の仕事をはじめるようになって、ひとつ気がついたことがあります。それは、弁理士から見た特許庁の審査官は、絶対的な存在として見られているようだということ。

赤川 「正林もよく言うんですけど、『審査をやったことがない大半の弁理士は、審査官の言葉を神様が言っているものだと思っている』って。同じ人間なんですけどね。だけど見ていると、審査官が拒絶査定をしたときにそこで終わってしまうことがよくあるんです。土俵を変えてしっかりと反論すれば、特許として実現するケースも少なくないんですよ」

かつて同じ仕事をしていたからこそ、下手な審査の結果が出たらどう切り返すべきかが赤川のような特許庁OBにはわかるのです。弁理士になりたての頃は、逆にそれが裏目に出てお客様に「これは特許をとるのは厳しいですね」と思わず言ってしまう失敗もありました。

赤川 「お客さまは優しく受け止めてくださったのですが、後で言いすぎたとひとり落ち込みました。そんなときは、『お前はもう審査官じゃない』と自分に言いたくなりますね(笑)」

技術の進歩を知る喜びを感じながら、クライアントを間近で見守る

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2017年現在、赤川は正林事務所の電気グループのマネージャーとして、主にICTや人工知能といった最新の情報処理分野を専門に、特許出願や不服審判などを手がけています。赤川はクライアントにもっとも近い存在として、グループを代表して窓口業務を担当。

情報処理分野は今、テクノロジーの飛躍的な進歩によって大きな発展が期待されています。その事実は、これから新たな技術の誕生が見込まれ、特許が次々と生まれていく未来を予感させます。

赤川 「かつてブームだった人工知能が、最近になって再び注目を集め出願も増えてきています。おかげさまで毎日忙しいです。情報処理分野の知識は、変化のスピードが早いので常に勉強を続ける必要があります。とても刺激的です」

関連するニュースも多く見られるようになってきました。ブロックチェーンやGoogleによる自動運転車、世界チャンピオンに勝利した囲碁のプログラム「アルファ碁」ーー赤川が目を向ける最先端技術のトピックの裏側には、技術を開発した人たちがいます。

赤川 「どんな情報技術を扱うクライアントであっても、期待にお応えできる弁理士として、日々研鑽を重ねていきたいと思っています」

かつては特許庁の審査官の立場で、今は弁理士として、新しい技術を開発する人たちに共感の念を抱いてきた赤川。彼はそうしたクライアントの利益を守るために、これからも顧客に寄り添ったサポートをしていきます。積み重ねてきた知見を通し、クライアントの未来を見つめながらーー。

赤川のまなざしは、弁理士としての毎日を通して、未来へと向かっていきます。

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