”守る立場”から工業デザインの発展に寄与していきたい--特許庁OB・瓜本忠夫の好奇心

正林国際特許商標事務所には、さまざまな専門分野を持つ弁理士が所属しています。そのなかで瓜本忠夫は、事務所で唯一の”意匠”を専門に扱う弁理士です。特許庁で意匠の審査官としてキャリアを築き上げ、いまや全国で100人に満たないという意匠権専門の弁理士となった彼の原点には、工業デザインへの深い好奇心がありました。
  • eight

ものづくりを”する側”に立つか、”守る側”に立つか

D0abc5f6e9feaa0112a4343386e3ef2d53ae969a

士業の中でも、弁理士という職業は一般的にはあまり知られていないのではないでしょうか。そのため、小さい頃から将来弁理士になりたいと志す若者はそう多くないかもしれません。

正林国際特許商標事務所(以下、正林事務所)の弁理士・瓜本忠夫もそのひとり。現在まで一貫してデザイナーが生み出したものを知的財産として守る仕事を続けてきた彼ですが、10代の頃に思い描いていたのは、実は自分自身がデザイナーとしてものづくりをする未来でした。

車や家電などのデザインに強い好奇心を持っていた瓜本は、大学選びにも迷いはありませんでした。彼が望む仕事をするための唯一の方法は、大学で工業デザインを学び、メーカーに就職することだったからです。

かくして全国でも稀少な”工業意匠学”を専攻できる大学に入学した瓜本。しかし、彼が選んだ就職先は意外なものでした。周りの学生のほぼ全員がメーカーのデザイン部への就職を決めていくなか、特許庁の意匠審査官を志望したのです。

瓜本 「世の中を見回してみると別の選択肢があることに気づいたんですよね。いろんな官公庁の仕事があると知って、そのなかでも特許庁には意匠審査官という採用枠があったんです。それで受けてみることにしました」

意匠審査官とは、特許庁へ出願されるさまざまなデザイン(意匠)の審査を通じて、企業や個人がデザインしたものを意匠権として付与する国家公務員です。瓜本は、いわば工業デザインを”作る側”ではなく”守る側”から寄与しようと大きく転換することを決めたのです。

瓜本 「デザイナーとして自分でデザインをしていくのもありだけど、デザインをする人たちをサポートして守っていくのもありだなと思いました。どっちが自分に合っているかを考えて、特許庁を選ぶことに決めました」

「口紅から機関車まで」--インダストリアルデザインの生みの親といわれるレイモンド・ローウィーの言葉に表されるように、意匠権がかかわる領域は、あらゆる物のデザイン。そのなかでも、自動車や家電製品など、デザインと機能が一体となって価値を生み出す製品については、意匠を知的財産として守ることが特に重要になります。

こうしたデザインは、瓜本がかつては自分自身で作り出そうとしていたもの。デザインへの深い好奇心を抱えてきた彼は、その後の意匠審査官として経験を重ねるなかで、より深く”ものづくりをする人”への共感を深めていくことになります。

特許庁ではできなかった、出願人を”最後まで”フォローすること

1977年に特許庁でのキャリアをスタートさせた瓜本は、30年以上の長きにわたり意匠審査官として仕事を続けていくことになります。

特許審査官は、出願された意匠を審査するにあたって先行する意匠がないか、「意匠検索システム」を用いて調査します。このシステムには、世界中の刊行物などから約1,000万件もの意匠情報が蓄積されています。

瓜本「特許と違って、意匠って先行しているデザインがないか審査するわけですから、テキストだけでは判断できないんですよね。だから、デザインが掲載された雑誌、カタログやインターネットのサイトからイメージデータとして抽出した情報を手作業で分類してデータベースにして、あとは目視でしっかり見ていくことになります。意匠を出願するなら、それだけの審査をされるということを理解しておかないといけないんです」

意匠審査の仕事を続けながら、瓜本は通産省(現:経済産業省)に一時的に出向することになります。通産省では、仕事の一環として伝統工芸品の産地を巡ることに。学生時代から漆芸や陶芸にも精通していた彼にとっては、職人の技術に触れる、またとない機会となりました。

瓜本 「日本全国の産地を飛び回っていたおかげで、どの産地にどんな産業があるかは大体頭に入っていますよ。たとえば新潟県燕市は昔、金属洋食器の製造が盛んでしたが、今は家電製品と業態を変えているように、今ある産業も元をたどれば伝統産業があることも理解できましたし。だから今もお客さんと話していてもトンチンカンなことは言いません(笑)」

こうした経験を経て、瓜本はよりいっそう、ものづくりをする人への共感を深めていきました。そのため、出願人から、「どうすれば審査を通せるか」といった相談を受けるときにも、審査官の立場から願書を作るポイントなどを親身にアドバイスしていました。しかし、特許庁の職員としての立場での限界を感じていたのです。

瓜本 「『こんなデザインを意匠登録したいと考えているのだけど、なんとかならないか』なんて相談を受けることもあって……。私なりにアドバイスをしていたんですけど、最終的に願書を作るのは出願人の方ですからね、後から結果を聞くんですが、やっぱりうまくいかなかったということもあったりして。そんなときは、『もっと他にやりかたがあったのになぁ』と思いましたね」

「出願人を最後までサポートしたい」という思いを抱えてきた瓜本は、特許庁を退職した後、正林事務所でその思いを叶えていくことになります。

唯一の”意匠専門”弁理士として、仕事をゼロから作り上げていく楽しさ

「うちを意匠も扱える事務所にしてほしい」。正林事務所の所長である正林に声をかけられ、瓜本は2012年に正林事務所に入所します。今や特許や商標など、あらゆる知的財産を取り扱う正林事務所において、最後まで手付かずで残っていた分野が意匠だったのです。

「新しいことをはじめられる」--そんな前向きな気持ちで入所した瓜本ですが、意匠の仕事をする体制作りを、試行錯誤しながらしていく日々がはじまったのです。

瓜本 「それはもう、非常にカルチャーショックでしたよ。特許庁の頃は組織の体制がきっちりかたまっていて、それぞれにやるべき仕事の範囲が決まっていましたから。ところが正林事務所では、まず何をやるかを自分で考えないといけない。組織の上に乗っかって仕事をしてきた者がいちから始めないといけないわけで、これは大変だと思いました」

最初こそ戸惑いのあった瓜本ですが、徐々にそうした状況を受け入れていきます。事務所のメンバーへの理解を深め、徐々に連携を図ることができるようになっていきました。もともと、何事にも好奇心をもつ彼は、新しい仕事づくりに充実感を感じます。

瓜本 「他の事務所のことは知らないですけど、ここはね、とにかく自分なりのやり方を考えればいいんですよ。そのことを理解してからは仕事の効率もあがってきて。今は自由に働けることが、すごく楽しいんですよね」

こうした瓜本の取り組みの結果、正林事務所は意匠をも扱う知的財産に関する総合的なサービスを提供できるようになり、瓜本のもとには、意匠に関する相談が次々と持ち込まれています。

長年にわたる意匠審査官の経験から、同じデザインでも出願のやりかたによって権利取得の結果が変わってしまうことを知る瓜本は、「他で相談したらダメだと言われた」という難しい案件にも、”どうすれば審査をクリアさせてあげられるか”を諦めずに考えます。

瓜本 「ものづくりをする人は、自分がつくった物の価値を確信しているんですよ。でも、出願のやりかたによっては、その価値が特許庁の審査官に伝わらないことがある。私はその価値を見抜いて、審査が通るようにアピールしていくことを心がけています」

意匠は”ニッチ”だからこそ、大きな可能性を秘めている

83f9df773b0cd4734c9fff4acf7c355278521610

意匠の出願は、画期的なテクノロジーの発明とともに増えていきます。スマートフォンの黎明期には、インターフェイス関連の申請が増え、現在のデザインが定着するまで続きました。今後は、ウェアラブル端末やVR(ヴァーチャルリアリティ)に関する出願が増えていくことが予測されます。

このように、意匠が活用されるべき場面はますます増えていきますが、瓜本のように意匠についての専門知識を持つ弁理士の数は十分ではありません。彼は、日本全国で100人に満たないとされる意匠専門の弁理士を、もっと増やしていく必要があると感じています。

瓜本 「こちらの事務所に入って、そろそろ5年(※2017年現在)です。ようやく仕事にも慣れてきたので、これからは人材育成をしたいなと。まずはこういう仕事をやりたいという人を見つけて、育てていく。伝統工芸の世界でいうと、師匠から弟子に技術を伝承していくようにね」

意匠専門の弁理士として必要な能力は、”物が大好きなこと”だと、瓜本は考えています。かつてデザイナーを志望していた彼は、身の回りの物を目にすると、自然と好奇心が湧き上がってきます。「どんな材質でできているのか?」、「どうしてこの形状なのか?」--そうした疑問が次々と出てくるのです。

瓜本 「意匠を扱うためには、物への理解が不可欠です。だからパソコンの仕組みとか、机の材質なんかに目がいく人は向いてると思いますよ。今は意匠を扱う弁理士はまだまだ少ないですし、活躍できる場はいくらでもありますから、そんな人を増やしていきたいですね」

人材育成のため、すでに仲間の弁理士に意匠に関する知識やノウハウを伝えている瓜本ですが、これからは事務所の外に向かっても情報発信をしていきたいと考えています。その背景には、意匠が知的財産として十分に活用されていないという思いがあります。

瓜本 「意匠権って、利用しなくても生きていけるけど、使わないとすごく損をするかもしれないんです。特許は”取らなきゃ”という意識が浸透してきましたけど、残念ながら意匠はまだまだニッチなので、出願するというイメージがないんですよね」

作り手が生み出したデザインは、本来は社会生活を豊かにするとともに、作り手に利益をもたらすもの。しかし、意匠として登録しないと、模倣品により作り手の利益が奪われるリスクがあるのです。だからこそ、瓜本は意匠の制度をもっと活用してもらいたいと考えています。

工業デザインへの飽くなき好奇心を持つ瓜本は、これからも作り手を守るためにできることを追求していきます。まだ見ぬデザインが次々と生み出される未来を思い描きながら--。

関連ストーリー

注目ストーリー