リクルートからSHOWROOMへ。嵐 亮太とはいったいどんな男なのか?

学生時代、嵐は一度就職活動を断念しています。

周囲と足並みを揃えるように就職活動を行い、コンサルティング会社の内定も出ていたものの、卒業を前に自分が本当にやりたいことは何なのか?と自問自答するようになり、内定を辞退。大学卒業後は自らを見つめ直すための1年を過ごしました。

嵐 「1年後に就職活動を再開したときは、スタートアップを中心に探しました。そのなかで知り合った人から勧められたのが、リクルートでした。スタートアップはチャレンジングな環境で経験が積めますが、事業領域が限られることは否めません。だとしたら、まずは幅広い業界や事業に触れられる環境に飛び込んでみようと思いました」

実は、嵐はもともと起業への意欲を抱いていました。その背景にあったのは、父親の存在です。

嵐 「率直に言うと、父親に勝ちたい。越えたいというモチベーションですね。20歳を過ぎた頃から一緒に飲みに行くようになり、仕事についても語り合うようになりました。
そして、父親が外資系の銀行で働き、社会的地位も年収も桁外れに高いという事実を知ったのです。圧倒的な敗北感を突きつけられると同時に、必ず越えてみせるという想いが起業というキーワードに焦点を結んだんです」

“いつか”じゃない。少しでも早く、その時を求めて──。

生き急ぐかのような勢いで走り続ける嵐のスタンスには、そんな背景もあったのでした。

そもそも、嵐がリクルートから外に出ようと思った一番の理由。

それは、生涯打ち込める会社を立ち上げるために、そんな領域を見つけようと思ったから。

SHOWROOMで働きながら企業経営しているスタッフも多く、「まさしく、自分にとってロールモデルの宝庫だった」と感じたそう。 

加えて、SHOWROOM代表取締役社長の前田 裕二との出会いも嵐の人生に大きな影響を与え、入社を決意させました。

嵐 「入社してすぐ、前田さんから『今はお金を経験に替える時期だから』と言われたんです。その言葉を真に受けてSHOWROOMに来てからはとにかく人と会うためにお金を使い続けています。多くの人とのつながりを育むことが仕事の幅を広げれ てくれるし、自分の価値を高める投資でもあると思って」 

あふれ出る熱のなかに息づく、ある意味でドライな冷静さ。

ビジネスの成功にはそのふたつをあわせ持っていなければなりません。

「優しすぎるとビジネスはうまくいかない。心のどこかで『全部なぎ倒してでも』と思う強さがあってこそ、壁を乗り越える力になる。そして、嵐はその素質を持っていると思う」と話す「公開1on1」での前田の言葉は、嵐に対する信頼と評価をしっかりと感じられるものでした。

なぜ、嵐はここまで前田や周囲の信頼と評価を得ることができているのか?

大きなきっかけとなったのが、2018年SHOWROOMに入社してまもない時に取り組んだ「SHOWROOM AWARD」の企画・運営でした。

「SHOWROOM AWARD」に変革を──自らを極限まで追い込むスタイル

「SHOWROOM AWARD」とはSHOWROOM上で年間を通じて高い評価を得た配信者・クリエーターを表彰する年1度行われる最大のイベントであり、第1回を2014年度に開催し、その後も毎年形式や表彰基準を変化させながら続けてきましたが、嵐はそのAWARDの在り方を見直すべく一石を投じました。

嵐 「何事も変化し続けることは大切ですが、それは拠り所となる提議や価値観が定まっていてこそ成立すると考えます。社内でもそろそろ『SHOWROOM AWARD』としての在り方や提議を見直すべきだという声が出始めていたなか、『だったら自分がやろう』と手を挙げ、プロジェクトへの参画が決まりました」

入社半年後に難解なビッグプロジェクトへの挑戦。

嵐 「私ともう一人の担当者が中心となり、改めて『SHOWROOM AWARD』の“型”をつくろうと考えたんです。『開催を重ねながらその価値や意義を育んでいけるようにしたい』そういった想いで12月の開催に向けて6月頃から動き出したのですが、自分でも想像していなかったほどの骨を折る経験が待っていました」

「SHOWROOM AWARD」の開催は12月。情報を更新していく期日が決まっているなかで、社内の全部署を巻き込みながらプロジェクトを進めていかねばなりませんでした。

「佳境の頃は、会社に寝袋を持ち込む勢いだった」という嵐の言葉が、並々ならぬ挑戦であったという事実を物語っています。

嵐 「目の前のことに精一杯でとにかく忙しかったのですが、振り返ってみると社会人になってから一番楽しかったんです。楽しいからがんばれたし、楽しいからどんどん熱意が溢れだしてくる。それで、またがんばれてしまう。そんな稀有な経験となりました」

極限の状況をストイックに乗り越えた嵐。期待以上の成果を出した事実が、彼をそして彼を見つめる前田や周囲の認識を大きく変化させることになりました。

期待を成果で越えていく26歳 その心意気と苦悩とは

2019年現在、嵐は営業、IPプロデュースなどの業務も兼務しています。

嵐 「配信者の事務所とのつながりを深めて配信数の増加につなげたり、オーディションを実施するクライアントを獲得したりするのが営業担当としての役割です。IPプロデュースはコンテンツづくりですが、他にもVRやARなど新たな技術領域でのコンテンツづくりにも携わっています」

もちろん多忙ながらも、嵐は「物事を絶対に途中で投げ出さない」という信念を第一に大切なものとしています。

嵐 「いつからともなく、そういう想いを持つようになったんです。やっぱり、どんなに大変でも最後までやり抜いてこそ得られるものってあると思っていて。それは、達成感という意味でも、人とのつながりを築けるという意味でも」

その信念も、嵐の存在価値を高めている一端になっていることは、言うまでもありません。

一方で、気概と勢いで乗り越えられる限界という壁に直面している現実が、今の嵐の苦悩でもありました。

嵐 「今までだって忙しい時期は何度も経験してきましたが、2019年は初めてキャパオーバーだ!と感じました。実は、僕は何でも先々のカレンダーに入れてタスク整理する癖があって、それを大量に持ったまま期限を延ばしている状態になっていたのが、かなりしんどかったですね。もちろん、20代は全力で仕事に打ち込む時期だと自覚的ではあるんですが、それでも厳しかった」

だからこそ、前田との1on1で言われた「ボールを持たない」という発想は、今の嵐に深く刺さる言葉でした。

嵐「『仕事はボールの投げ合い。自分のカゴにボールを入れすぎて埋もれると身動きできなくなるから、できる限りボールはすぐに渡してしまうのが大事』なのだと」

悩んでもくじけない。言われたらすぐにやる。

そのまっすぐさが強みでもある分、全てを抱え込んでしまう癖を前田からのアドバイスにより解消されたことで、嵐は社会人として更に大きな一歩を踏み出すことができました。

社会人になって数年が経ち、次なるフェーズに上がるために乗り越える壁。

それも、単なるステージアップではなく、大きな活躍と成長につなげるための一歩を踏み出すために──。

26歳の等身大の苦悩こそ、ジャンプアップのバネになるのかもしれません。

代替不可能な仕事を選べ 自らの価値を高め続けるために──

前田との「公開1on1」で、嵐は「代替不可能なことに集中するように」とアドバイスをもらいました。

嵐 「仕事には“他の人でもできる仕事”と“自分がやらなければ価値が出にくい仕事”の2種類あります。これから注力すべきは、いかに後者の仕事を増やし、自分の価値を高めていくか。それが、ビジネスパーソンとして成果を創出し続けていく推進力になるはずですから」

2020年1月に、嵐は自身の会社を興す予定。SHOWROOMで働きながら、経営者として事業を育てていくことになります。

嵐 「これまでの営業活動でも常に意識していたことですが、僕は絶対に赤字にしたくないんです。別に、ひとつの案件で完結させなくてもいい。やりたいプロジェクトに予算を投じるなら、回収できる案件も必ずつくること。それはクライアントに対しても同じで、ビジネスとして必ず黒字になってほしいという想いがあります」

そんな熱意をあふれさせながら、人とのつながりを大切にする姿勢を行動で示す嵐だからこそ、周囲の信頼を獲得できる。期待以上の成果を叩きだし、さらなるステップアップの道をこじ開けるハングリーさも、嵐を唯一無二の存在に高める原動力になっているようです。

嵐 「SHOWROOMでも担当しているバーチャル関連の仕事は、新たな技術を要する領域。自分ひとりでは完結させられないからこそ、人を巻き込みながらともに進める人を増やしていきたいです。
そのうえで、自分はどんどん外に向いて、人脈を築いたり新しい仕事を取ってきたりする。タッグを組める仲間を増やして、挑戦し続けていく。その先頭に立ち続けるのが、“嵐 亮太以外に代替不可能な仕事”になるよう、力を尽くしていくだけです。
30歳までは自分の希望を軸に動き続けて、そこから先は他の人が活躍できる環境づくりにシフトしていきたいですね。自分が動かせる資金や組織をどこまで最大化できるか。そんなことを考え、実践できるビジネスパーソンでありたいです」

熱く、クレイジーな程に「がむしゃら」な側面もありながら、クレバーな視点も忘れない。

嵐 亮太が見せつけるのは、期待と可能性が満ちあふれる未来にちがいありません。