「人生をかける想いで実績をつくった」FA制度への挑戦

私は学生時代、「今後、世の中への影響力が広がる業界はどこか」を考えて就職活動をしていました。通信業界は、技術の進歩によって創出される新しいビジネスとの親和性が高い業界だと考え、将来的に事業企画や経営に携わることを期待してソフトバンクに入社しました。

研修期間を終えると代理店営業として福岡支社に配属され、ソフトバンクショップを運営する代理店のサポートを行いました。さまざまな代理店オーナー様と向き合う中で、社会人としての基礎を学ぶことができたと思っています。

そんな中でも「経営により近くで携わりたい」という想いがずっと胸の中にあって、「FA(フリーエージェント)制度」を利用しました。

FA制度とは、自ら手を挙げて部署異動ができる制度。機会は年に1度で、挑戦は自由。ですが、誰もが希望通り異動できるわけではありません。私は、経営の中枢で事業戦略を統括する部門への異動を志望しました。

狭き門なのは知っていましたから、しっかりと面接の準備をし、本番でも募る想いを全力でぶつけました。しかし、過去2回の挑戦は不採用でした。

意気込みを雄弁に語ったところで、所詮は未経験者の空想でしかない。畑違いの経営の中枢へ異動するには、注目に値する「特別な何か」が自分には足りないと気がつきました。

異動の決意から3年間、人生をかける想いで「目に見える実績」をつくりました。

仕事では、定量的な成果や学びの報告までを含めたアウトプットにこだわることを意識しました。結果、社内の信頼を得ることができ、大手の代理店を担当させていただくチャンスに恵まれました。

その甲斐もありSoftBank Awardという社内表彰制度では、3期連続、合計5案件で本部内表彰を受けることができました。

業務外では大学院に入学しMBAを取得。財務、会計、マーケティング、組織人事など、経営に関わる各領域について体系的に学びました。

仕事をしながら3年間の通学、しかも毎週10時間以上の予習・復習が必要でしたので、平日は夜まで仕事をし、その後の数時間を勉強にあてる。休日もほとんどを費やして勉強するというスケジュールでした。寝不足になることは多々ありましたが、自分の将来のために確実に前進している手応えがあったため、不思議と苦痛ではなかったですね。

本当に“やり切って”挑んだ3回目の挑戦。やっと希望部署への異動がかないました。

経営層の思考に追いつけない。 異動後の苦悩と打開への糸口

ようやくの想いで部署異動をかなえ、事業企画や経営に携わるキャリアがスタートしました。

異動先の事業戦略統括部のミッションは、ソフトバンク全体の事業戦略の検討・推進によって、「成長戦略」と「構造改革」を支えること。コンシューマ事業の中でもヤフーとのシナジー創出や、PayPayなどの新規事業を担当する部署に配属となりました。

覚悟はしていたことですが、代理店営業とは業務がまったく異なるため、大変な苦戦を強いられました。

重要な経営課題に関する意思決定においては、ビジネスへの影響、法務、財務などあらゆる観点からの評価が必要です。経営陣が意思決定する上で必要な情報を、可能な限りシンプルかつ正確に、わかりやすく整理することが求められます。

そのためには何よりも、自分自身がこの巨大な企業グループのビジネス構造と事業環境を正確に理解しなければなりません。

私はMBAで経営の基礎的な理論は学んできたつもりでいました。しかし、実際に前線でビジネスを動かしている人たちを前にすると、話についていけないんです。異動直後は、論点がどこにあるのかさえわからず、課題を自分ごと化できずに苦しみました。

自分では理解しているつもりの事柄を説明しても、指摘に対して相手が腹落ちするような明快な回答ができず、自分の理解の浅さを思い知らされる。議論のスピードが早く、思考を整理している最中に話が先に進んでしまう。発言しなければ会議に出る意味がないと頭で理解していても、自信を持って発信できる言葉が出てこない──。

自分がこれまで努力してきたつもりになっていたものは一体何だったのかと日々悩み、つらい時期でした。それを打破することができたのは、上司の言葉のおかげだったと思います。

「聞くは一時の恥。ばかだと思われてもいいから喋れ」「一番まずいのは、わかっているふりをしてやり過ごしてしまい、本質的な理解と議論が進まないことだ」本部を担当されている常務によく言い聞かされていた言葉です。その言葉で、自分が学んできたことに対する“自負”が理解の邪魔をしてしまっていることに気づきました。

成長のためにはなりふり構っている場合ではないぞ、と自分の中で意識が変わったのを感じました。

地道な努力が、大きなチャンスにつながる

当部門ではコンシューマ事業を構成するすべての事業について、ビジネス状況と先の見立て、結果としての利益見通しを月次でレポートします。

誰がつくる資料も複雑な事象を分解してわかりやすく表現しており、異動当初は衝撃を受けたことを覚えています。とにかく形からでもまねるため、良いと思った資料の構成や表現は密かにストックしていました。

経営陣の貴重な時間を使い、限られた時間で物事を腹落ちさせ合意形成を促す上では、論理的な説明をサポートする資料の表現は非常に重要であるということを、日々痛感しています。

当初は手も足も出なかった議論の場での発信も、徐々にできるようになりました。

そしてそんな折に、「ヤフーの子会社化」というコンフィデンシャルなプロジェクトにアサインしてもらったのです。4000億円を超える金額で株式を取得しヤフーを連結子会社化する戦略的な意義を整理し、社内、社外のステークホルダーに理解してもらう。

子会社化後に両社が足並みをそろえて実際に動いていけるか、あるいは市場がポジティブに受け取るかどうかは、戦略をどれだけ腹落ちさせられるかにかかっていました。

そのため、プレゼンのストーリーにはいつにも増してこだわり、何度も修正しました。

とはいえ、正直に言うと当時は役員の思考に食らいつくのが精一杯で、指示をもらわなければ動くことができず、主体的な貢献ができたとはまったく言えないのですが……。それでも、企業が大きな意思決定をする上でのステップを体感できたのは、私にとっては非常に大きな学びでした。

子会社化が実現した2020年現在、私はヤフーとの合同経営会議やシナジー検討の事務局を担当しています。プロジェクトで議論した戦略の中で言えば今はまだ入口の部分ですが、計画が着実に実行に移されていることを感じています。

挑戦し続けられる環境が、「次の自分」をつくっていく

これまでソフトバンクで働いてきて感じる、他社にないソフトバンクの良い点は、「何かに挑戦して多少目立っても許されること」だと思っています。筋が通った意見であれば聞いてくれる環境があって、出る杭が打たれるような雰囲気はまったくありません。

海外企業との協業に備えた語学留学プログラムに参加させてもらったり、直近では課長職を拝命したりと、恵まれた環境に感謝しています。

実は私が入社したころは今ほど全力疾走するつもりはなくて、もっと「まったり」と働くつもりでした。でもFA制度の活用を経て「挑戦しなければこの会社にいる意味がない、会社を徹底的に利用してチャンスをつかんでみよう」と考えが変化しました。

自分の将来に真剣に向き合った結果、足りないピースは主体的に埋めていかなければならないと思い、自分への投資が癖になったんです。不確実な世の中になっているからこそ、挑戦して知識や経験を積むことが最大のリスクヘッジになりますからね。

最近では、財務会計の知識を強化するため、USCPAの勉強を始めました。

さまざまな困難がありましたが、振り返ってみると、MBAを取っていたから畑違いの異動でも順応することができたし、営業で打たれ強さが身についたから、プレッシャーがかかる今の業務をなんとか乗り越えることができている。その場その場で自分なりに努力した経験が“次”に生きているんです。

管理職として業務により大きな責任がともなうようになったため、正直大変ではありますが、逆にこの年齢で苦労なくこなせる仕事なんて存在するはずがない、と思って踏ん張っています。

これからも、通信技術の進歩、AIの進歩、ロボット技術の進歩などに後押しされ、ソフトバンクの事業領域は拡大していきます。

日本でも有数の規模のビジネスと、技術の進歩による時代の大きな変化に、これほど近くで関わることができる。本や教科書、あるいは経済ニュースでしか知らなかったことが目の前で起こり、意思決定されていく。

入社前に思い描いていたイメージが、何度かの困難を経てようやく今、実現され始めた気がしています。ソフトバンクの進化に置いていかれないように、私自身も前進し続けていきたいですね。