「“ソウル”ドアウト」社名に込めた想いが、成長を支えてくれたーー地方拡大の舞台裏(後編)

創業から1年で利益を出したソウルドアウト、2011年2月3月と続けて地方4拠点の営業所開設に乗り出します。はからずも同時期に東日本大震災にみまわれ、地方進出の第一歩は想定外の苦境からのスタート。しかし「地方で雇用を生み出す」という新たな使命を確信した創業者の荻原猛は、けっしてその歩みを止めませんでした。
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時には冷静な判断と、時にはひとへの想いが、地方展開の軸になる

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▲福井営業所は、故郷に戻った社員がひとりで立ち上げ

地方4拠点に続き、ソウルドアウトは2011年7月大阪、2012年1月福井に営業所を開設します。

ソウルドアウトには、拠点拡大のエリアを決める際には、いくつかのデータを掛け合わせてはじき出す独自のアルゴリズムがあります。GPPや県内広告費はもちろん、楽天市場の出店数やリクルートのサービスへの掲載数などの視点が入ります。それらのデータを基にして次に展開する拠点を導き出します。

しかし、福井県はそのアルゴリズムで導いたリストにあがっていませんでした。それでも、そこに出店したのはなぜか。自他共に認める荻原の“ひと好き”の一面が起因していました。

オプト時代、いっしょに働いていた女性社員が、故郷福井に帰るため、オプトを退職したという話を荻原は耳にします。彼女の働きぶりも可能性も知っていた荻原は、さっそくそれをソウルドアウトの幹部陣に話します。

荻原 「そうすると『それは、いい機会じゃないか』という話になったんです。さっそく彼女に電話をして、『仕事にまだ就いていないなら、いっしょにやらないか』と声をかけました。これが、福井営業所開設のきっかけです」

すでに開設している地方4拠点と同様に、福井も“ひとり営業所スタイル”。福井での展開を彼女にすべて任せます。しかし開設してみて荻原は驚きます。自分のアルゴリズムでは測れなかった、大きな可能性を知ることになったからです。

荻原 「福井は非常に伸びていきました。素晴らしい商品を持っている会社も多く、チャレンジ精神旺盛な社長もたくさんいました。県内の内需に頼るだけではなく、ネット通販に挑戦して県外のお金を取り込もうとするビジネススタイルが活発でした」

これまでの経験則にはない地方の可能性の指標を、荻原は手に入れます。続いて、神戸、札幌、京都へと進出。一見、順調にみえますが、けっしてその歩みは順風満帆というわけではありませんでした。地方への進出が進むなかで、一緒に大きくなってきた地方の中小企業が他エージェンシーへ移ってしまうケースが出てしまったのです。

荻原 「あれ、ここまで一緒に歩んで、両社で成長してきたのに、どうしてなんだ……と思い、強いショックを受けました。でも、理由は分かっていました。社長が期待する成果を上げられなかった。つまり当時の僕らの力では、期待値まで伸ばしきれなかったんですね。その事実はきつかった。なにより期待にこたえられない辛さがあって、泣きたくなった……」

しかし、これまでも危機をチャンスに変えてきた荻原。ここでも、自分たちの弱みを冷静に分析し、次へのステージに必要なものを見極めていきます。

お客さまの成果をあげるために、自分たちの組織を拡大していく

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▲沖縄にも営業所をもつ、株式会社サーチライフの山中仁史社長と。(山中氏の身長は189cm)

ちょうど曲がり角に来ていたーー。荻原は、そう表現します。

荻原 「営業主体で発足して、営業中心のコミュニケーション技術でずっと乗り切ってきたのがソウルドアウトでした。お客さまに成果をあげましょうといいながら、その技術は向上していなかったかもしれません」

運用力を強化する時期がきていたのです。2012年3月、ソウルドアウトは、オプトから株式会社サーチライフの全株式を取得し、子会社化します。

サーチライフは、荻原がソウルドアウトを立ち上げる少し前、現在の代表取締役社長・山中仁史氏が、オプトから分社化する形で立ち上げました。当時のソウルドアウトが営業主体の会社なら、サーチライフは広告運用が主体です。

荻原 「サーチライフの強みは広告運用。しかし、営業を強化したがっていた。営業が強みで、運用に課題のあった僕らにとって、これは偉大なる補完関係だと思ったんですね。だから、何度も山中さんに会いに行った。『僕らはこういうことがやりたいんだ。いっしょにやりましょう!』と何度も話をし、語り合いました。結果的にサーチライフ社がグループ入りしてくれた。とにかく山中さんに信用してもらいたくて。そういう気持ちが強かったですね」

運用の基盤が整ったころ、かねてから荻原がアプローチを続けていた人物の入社が決まります。ソウルドアウトの現上席執行役員CMOの長谷川智史です。

荻原 「オプト時代の長谷川は、トップのコンサルタントでした。長谷川に運用してもらえれば、必ず成果が出る。ほぼ勝率100%じゃないかな。お客さまのことだけではなく、ユーザーの心理を考えるスタイル。そして長谷川はインターネット広告のギークだから、仕組みは誰よりも理解している。クライアントから営業を飛びこえて長谷川に相談がくるほどの信頼関係を築いていました。ところが長谷川は、『オプトで学ぶものはすべて学んだ』とかいって(笑)、転職してしまったんです」

当時、荻原は長谷川の退職を必死に止めますが、かなわず……。ただ、その後も3カ月に一度は会いながら「戻ってこい」と口説き続けました。そして、そうして会うときには、荻原はノートパソコンを開いて、お客さまの相談をもちかけることがよくありました。

実は、そこで得た長谷川のアドバイスは、確実にソウルドアウトの成果につながっていました。こうして「やはり長谷川は必要な人材だ」という荻原の思いは、ますます強くなります。「何度も何度も伝えた」という荻原の、長谷川への口説き文句はこうでした。

——「おまえのもっている、顧客の成果を上げる技術は、大企業だけでなく、これからもっと成長したいと思っている中小企業、そこで困っているひとたちにこそ使うべきだ!」

そして長谷川は、ソウルドアウトへの転職を決断。2012年6月のことでした。社内は劇的な変化を遂げます。営業とはまったく真逆の視点の長谷川が参加することで、Web制作も運用もどんどん改善されていきました。社内のベクトルが“成果を出す”ということに向き合い、研究しはじめたのです。そして長谷川をヘッドに、顧客の成果にコミットする成果改善室を設立しました。

長谷川が得意としていたのは、個社別のカスタマイズ提案でした。ユーザー視点から、何がいちばん問題なのかを発見し、Webサイトや広告のアカウントを改善していくスタイル。いわゆる受託型です。本部署は2013年にある数字を残すことにしました。その数値とは、成果が改善できた勝率です。結果はソウルドアウトに移管後、95%以上の企業が成果は改善する、という驚異のスコアを出すにまで至りました。

こうしてサーチライフとの協業、長谷川の参画と成果改善室の設立などにより、ソウルドアウトは新たなステージに足を踏み入れます。しかし、もうひとつ課題がありました。

それはソウルドアウトが支援したいとターゲットに定めているのは、大企業ではなく地方をはじめとした中小企業のお客さま。じっくりコンサルティングしながら運用するための予算のある企業だけではありません。

できるだけ多くの中小企業を支援するには、もっと予算的にも低価格で取り組みやすく、結果がでるサービスを提供することが必須。そのためには、パッケージ化された誰もが使いやすいプロダクトの開発が必要だったのです。

そこで荻原は、オプト時代の同僚である林康頼氏に白羽の矢を立てることになります。長谷川が入社して1年が経つ、2013年のことでした。

“魔のセグメント”といわれようとも、そこにニーズがあるなら戦いを挑む

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▲株式会社テクロコ、林康頼社長と荻原。もともとはオプトで同時期に本部長をしていた

荻原が開発したいと考えていた市場は、業界では“魔のセグメント”と呼ばれていました。魔のセグメントとは、低価格帯商品×手厚いサポートの分類を指します。通常の企業は低価格商品であればサポートは基本なしでオンライン対応のみ、もしくは高額商品×手厚いサポート、のセグメントを選択する。

荻原 「どの企業も、このセグメントではやはり利益がでにくいと思うのでしょう、なかなか参入者はいませんでした。でも、そこにこそお客さまのニーズはある。僕はここにいちばん大きなマーケットがあると信じていました。だから、難しいのは承知で参入しました。サポート付き低価格商品の市場に」

荻原が白羽の矢を立てた林康頼氏は、オプトのグループ会社の社長や役員も務めた経歴がありました。

荻原 「プロダクトの開発も、エンジニアのマネジメントにも長けているから、ソウルドアウトとの相性がぴったりだなと。だから今度は、林を口説きにいきました」

中小企業支援への熱い思い、ソウルドアウトの構想を、荻原は熱心に林氏に語りました。中小企業支援をするテック集団を作るべく、別会社を設立して……などと具体的な計画も。

共感した林氏は、自ら優秀なエンジニアに声をかけ、2013年4月、株式会社テクロコを設立。林氏が代表取締役社長に就任します。しかしそこは“魔のセグメント”と言われるだけあり、そうやすやすと利益はでませんでした。

荻原 「正直なところ『魔のセグメントに参入するなんて馬鹿げている!』とか、『利益が出るイメージがわかない!』とか、もう散々いわれました。でも、顧客ニーズがあることは確信できていたから、売上はきっと伸びる。売上が伸びれば、サポートコストも吸収できる。市場にないものなのだから、自分たちで生み出すしかない。必ずここで成功できると信じていたから、大変でも撤退しなかった。いっしょに戦ってくれる仲間もいたし」

しばらくして、テクロコが開発したあるプロダクト群が徐々にヒットして、ようやく利益がではじめたのです。何故なら、自分たちで作って売る、というサイクルではなく、作って、自分たちで使ってから、売りました。営業は自らが使用しているため、特徴や利点も細かく説明できる。また開発側も、自社のユーザーからうるさい注文を聞きつつ、真摯に改善していったため、優れたプロダクトにブラッシュアップされていきました。「この調子で開発していければ大丈夫だ」、荻原はホッとします。やはり道はあったとーー。

さらに2013年、もうひとつの大きなできごとがありました。株式会社電通デジタル・ホールディングスとのジョンイントベンチャーとして、地方企業への販促サービスの提供を目的に「株式会社電通デジタル・ネットワークス」へ資本参加したことです。

荻原 「電通さんは、デジタル領域の提案においても業界でトップレベルです。しかし、地方においては自社だけで完結するのではなく、地方拠点を作って事業展開している僕らと一緒に、一部のエリアで協業をしていく形になりました」

地方に根付き、地方の信頼を得て、地道に耕してきた道——。ソウルドアウトの地方展開の成果は、業界でも大きく注目されるようになっていました。

“ソウル”ドアウトーー。靴底をすり減らすほどに足を運んでひとと会う大切

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▲右は株式会社グロウスギア、細井康平社長。同時にソウルドアウトの立ち上げメンバーの1人

営業力、運用力の両輪の強化が整い、軌道に乗ったソウルドアウト。2015年、創業から5年が経ち、まったく新しい事業に荻原は着手します。それは、人材採用の支援でした。

地方の営業拠点には、荻原は何度も足を運び、地方のお客様にも何度も訪問しました。回を重ねるごとに、地元中小企業の経営者の方々と親しくなり、さまざまな相談をもちかけられるようになります。そのなかで、もっとも多かったのが、組織づくり、人にまつわるものでした。

———「どんな人を採用したらいい?」「誰をマネージャーにしたらいい?」

荻原 「どんどん伸びていく中小企業の経営者のみなさんは、マーケターとして非常に優秀なのです。ただ一方で、マネジメントが苦手な方も多かったんです。経営者が優れたマーケターだから、顧客からの信頼を勝ち取り、企業として一気に伸びる。そこで我々と接点ができるんですが、その次の成長で足踏みするケースが多い。みなさん、組織づくりで悩んでいました。だから、僕が相談されるのは、Webマーケティングのことだけでなく、人事や組織づくりの話も多かったです」

ソウルドアウトが支援することで、地方の雇用を創出できる。これは拠点拡大初期に感じた確信でした。しかし、そこで実際に雇用が発生したとき、そのマッチングにおいて、さらなる課題が生まれていたのです。

もともとは2009年ごろ、荻原がオプトの役員で、ソウルドアウト創業に対するプレゼンを社内で行ったときから、その事業展開のひとつとして“ひとの支援”も、すでに事業計画のなかに入っていました。そして2015年3月、荻原は人材支援を専門に行う、株式会社グロウスギアを設立することになるのです。

***

これまでのソウルドアウトの成長のプロセスにおいて、いろいろな“ひと”の存在がきっかけとなっていることにお気づきでしょうか。

故郷に戻った同僚がきっかけとなって福井営業所を開設、運用面での素晴らしさを認めていたサーチライフの山中氏との協業、他社に転職した長谷川の可能性を信じてソウルドアウトに口説き落とす、エンジニアの才能を買っていた林氏を招いて、新たな会社を立ち上げる……。

ここに、あらためて荻原の天性の“ひと好き”な一面が、ソウルドアウトの成長と要所要所で発揮されているといえます。どの時代も、いつもまわりの仲間をみて、その個性や長所を見つけてしまうーー。荻原はいいます。自分は根っからの性善説だと。

荻原 「まず、僕はひとがすごく好き。極端な性善説だから、まわりから怒られることもありますよ。でも僕は、人間というのは、魔が差したら悪いこともするけれど、そもそも誰しもいいひとだというのが基本の考え方。性悪説は、なんてつまらないんだと思ってしまう。だから、いろんなひとと話すのが好きだし、けっきょく毎日、夜は誰かと会食していますね(笑)」

そうした付き合いのなかから、志をともにする仲間がぞくぞくと増えていく。社名の“SOLD OUT”は、 直訳すると“完売”という意になります。しかし、ここには、ソウル(ソール)=靴底を、アウト=すり減らすほど足を運んで、ビジネスをやるんだという“志”があります。

ひとと会うために、足を運ぶ。靴底を減らすほどにーー。ソウルドアウトそのものも、ひとに支えられて大きくなってきた会社でした。

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