大切なのは「人を知ること」──経験から導く最適解で一人ひとりが輝くチームへ

2018年、1000億円を超える売上高を達成した綜合キャリアグループで、事務マーケットにおける人材派遣事業をけん引している大村成文。人に惹かれ、人を知り、人へ伝える──。彼はどんな時も“人”という存在を見つめ、向き合ってきました。今も歩みを進める大村が大切にしている想いや目指す未来をご紹介します。
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「この人と働きたい」と思った

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大村 「もう、圧倒的でした。話した時の表情、言葉の強さ。直感でこの人だ!と感じました」

綜合キャリアグループの面接を受けた時のことを、大村はこう語る。

大村 「一般的に面接と言うと、これまでの経験とか志望動機とかこちらへの質問が多いと思うのですが、綜合キャリアグループは違いました。森山いづみ( 2019年 6月現在ゼネラルマネージャー)が『うちの会社はこうなっていく、日本一になるんだ』という話を今日初めて会った自分に 1時間くらいしてくださって。『あなたも覚悟持って来られる?』って聞かれたんです。すごいですよね(笑)」

当時、売上げ規模やオフィスはお世辞にも大きいとは言えない環境で、一体何を根拠にここまで話ができるんだろうと不思議に感じた大村。しかし、森山の言葉にはその考えを払しょくするだけの説得力があった。

大村 「人材系の会社を何社か受けた中で、正直他社の方が売上は高いしオフィスも大きくてキレイでした。また、事業領域においてもアドバンテージがあるとは思えませんでした。でも人に関しては全然違ったんです。この会社なら、というよりは、『この人と働きたい!』と思いました」

人材という無形商材を扱うビジネスだからこそ、自分たちの振る舞い、言葉、表情ひとつで会社の未来は大きく変わる。それを体現したかのような森山の、大きな未来を見据える目。これに惹かれ大村は綜合キャリアグループへの入社を決意した。

会社のためではなく、仲間のため

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大村が入社した2005年ごろの綜合キャリアグループは人材派遣が事業の柱であった。大村は営業として複数企業を担当し、自社のシェアを上げるべく奔走した。

ラグビーで鍛え抜いた身体と精神力で、徹底的な量をこなすことで仕事を覚えた。

大村 「当時の自分は事業理解やビジネススキルにコンプレックスがあって。今の時代には逆行していると思いますが、人一倍がむしゃらに働いていました。体力には自信があったから、夜遅くまでターゲット企業の情報を集めたりして」

絶対的な量をこなすことで見えてくる改善点は、大村の成果へとつながる武器となった。

大村 「量をやってみて初めて、1~ 5の手順のうち 3は抜いてもいいだとか、逆に 2.5を入れた方が成果出るということがわかるんです。初めは自分ひとりで試してみて、成功したら隣に、さらにあっちにも、と横展開していました。
綜合キャリアグループの社員はみんな一生懸命なんですよ。だから、自分が成功した方法を共有して、仲間も成果が出るとほっこりしていました。会社のためというよりは、目の前の仲間のためにやっていました」

大村は自分の成功体験を惜しげもなく仲間へ伝えた。個人単位のノルマではなくチームで目標をクリアする綜合キャリアグループの社風が、ラグビーでチームを率いてきた大村にとって、大きな強みとなったのだ。

こうして「仲間のため」を積み重ねた大村は、次第に大きなチームを任されるようになっていった。

誰よりも大きい仕事を獲ってくるプレイングマネージャーへ

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大村が事務マーケットにおける人材派遣事業の責任者となったのは、2008年。リーマンショックにより人材業界を取り巻く環境が大きく変わったころだ。

大村 「それまでの綜合キャリアグループは人材派遣一本でやっていたんですけど、リーマンショックをきっかけに、新たな事業を増やす動きが活発になって。それまで事務マーケットの責任者をしていた方も新たなチャレンジをされることになり、私に『責任者をやってみないか?』と声がかかりました」

当初は首都圏エリアのみで展開していた事務派遣だが、名古屋や大阪といった都市部へとその手を広げていく。社内的には前向きな後押しが多かったと言うが、すべてが順調だったわけではない。

大村 「チームが大きくなるにつれて、組織づくりの方に意識が向いてしまった時期がありました。ある日、社長から『君が誰よりも大きい仕事を獲ってくるために、君に先頭を走ってもらっているんだよ』と言われてハッとしましたね。当時はメンバーに成果をあげさせることばかりを考えていたので。それが転換点になりました」

これをきっかけに大村は、現場の第一線で利益を獲得しつつ、後輩の育成を行うプレイングマネージャーとなっていく。自分自身も、首都圏、名古屋、大阪へと毎週足を運び、先頭を切ってビッグターゲットの受注を獲得。その背中であるべき姿を見せる。

大村が大切にしていたのは「人を知ること」だ。営業同行や食事など顔を合わせる場面では、自分から相手の懐に入り話をした。

大村 「どういうメンバーで構成されているのか、個々の性格や強みを知ることはチームで成果を出す上では不可欠です。あの人は細かなフォローが得意だからあの企業を担当してもらおうとか、あの人はめげずに何度も交渉できるからあそこかなとか、常に戦力を考えて配置しています」

ラグビーで培った戦力配置とリーダーシップが生きた、大村らしいチームづくり。こうしてチームは事務マーケットにおいて後発というハンデを乗り越え、今や企業にとってもスタッフにとってもエリアトップクラスの条件を提示できる人材会社となった。

その後も志ひとつに目標に向かって突き進み、2015年には札幌、2018年には福岡進出を果たした。

事業の責任を全うさせる。2020年までに売上300億達成

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入社から14年。新卒採用での面接やメンターを通して、「大村さんと働きたいです!」と学生から言われる機会も増えた。

大村 「かつて自分の採用面接の時に感じた『この人だ!』っていう衝撃は、今でも鮮明に覚えています。今は逆の立場になったので、同じように思ってもらえたら嬉しいですね」

次なる目標としては、次世代リーダーに事業を任せ、自分を事業外に出すことだと話す。

大村 「事業部の中にたくさんのユニットがあって、なるべく多くのメンバーにリーダーを担当してもらうようにしています。次世代の責任者も育ってきていて、私がいなくても回る状態になりつつありますね。
事業外に自分を出すというのは、責任を全うすることでもあると思います。われわれの事業としては、都市部の本社が顧客であることがほとんどですので、われわれの取引拡大が、全国全支店、全事業のサービス導入への足がかりになります。グループ全体の成長をけん引するカギを握る事業であるからこそ、その責任として 2020年までに事業単体としての売上 300億円必ず達成させます」

売上規模が大きくなれば、責任ある役割も増え、多くの次世代リーダーたちが輩出されていくことになる。メンバーの成長や成功のためにも、大村は、事務マーケットの責任者として、本当の意味の“リーダー”として、ゴールラインに向けチームを率いて全力で走り抜ける。

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