鹿児島から東京へ出て覚えたのは、都会の遊びでした

▲地元・鹿児島から上京するも専門学校は1年で退学……親不孝な息子でした

高卒後、東京の一部上場プラント建設会社に就職しました。でもバイク通勤で事故に遭うなどして、結局2年で退社。このままではいけない、生きていくために専門スキルを身につけなければ。そう思って東京の情報工学の専門学校へ行く決意をしたんです。

東京では四畳半、風呂なし、共同トイレのアパート暮らしでした。2年間で稼いだ蓄えもすぐに底を突く、夜は居酒屋でバイト。専門学校で技術を学ぶはずだったんですが、バブル時代の東京は誘惑が多くてダメですね。バイト代のほとんどを遊びにつぎ込む生活が楽しすぎて、1年で学校を辞めてしまったんです。

その後も、昼はスポーツ店で、夜はバーで働き、ダラダラと東京暮らしを続けていました。ただ、バーでの仕事は無駄ではなかったですね。金融関係など、いろんなビジネスマンから聞く話は勉強になりましたし、その中でコミュニケーション能力も磨かれました。

そして何よりビジネスに関しての情報に触れることで、「もう一度ちゃんと社員として働かないといけない」という気持ちにさせられたんですよね。

CADとの出会いが、その後の運命を変えてくれました

▲予期せぬきっかけで入社し、今では川崎テクニカルセンターを代表するエンジニアに

当時はちょうど、それまでアナログだった設計・製図の世界にCADソフトが出始めたころでした。友人からも「CADおもしろいよ」という話を聞いていたので、その方向で仕事を探しました。でも数年間フラフラしていたためか就職活動は厳しく、派遣会社に登録したんです。

働きながらスキルを磨き、自動車メーカーや重電メーカーなど、いくつかの大手で仕事をさせてもらいました。そして最終的に、プラントメーカーで発電機器のCAD設計チーム立ち上げに参加させてもらうことに。

派遣社員という立場でしたが、CADでの自動製図までマスターしていた私は、新技術の導入やメンバーの教育なども任されました。さらに機械製図技能検定2級を取得し、大規模な海外プラントの設計に携わるなど、順調にキャリアアップできたのです。

順風満帆と言っても差し支えないほど順調でした。ところが、所属していた派遣会社に事業上のトラブルがあり、勤務継続できなくなってしまったんです。

そんなとき、縁がありスタッフサービス・エンジニアリングの存在を知りました。面接では誠実に希望条件などの相談に応じてもらい、入社することに。2007年4月のことでした。

スタッフサービス・エンジニアリングは無期雇用の技術派遣会社です。正社員として入社し、各配属先で働くというスタイルでした。だから派遣先のプロジェクト期間に影響されず、ずっとエンジニアとして勤務し続けられます。

入社してからも、私は引き続き発電機器の設計に関わり続けていました。ところが2011年3月、あの東日本大震災が発生し、担当プロジェクトがやむなく終了となってしまったんです。

しかしこれを機に、東芝(現・東芝エネルギーシステムズ)様で、福島第一原子力発電所の廃炉プロジェクトに携わることになりました。使用済燃料プール内に保管してある燃料をより安定的に保管するために、構内にある共用プールに移すための遠隔装置設計や工法検討が私の仕事です。社会的使命の高い仕事に対して、熱意や責任感がグッと高まったのを覚えています。

内閣総理大臣感謝状授与式に異例の出席

▲チームメンバー、個人としても、プロジェクト本部から感謝状をいただきました!

前例のない廃炉プロジェクトで、安全性や現場の状況に配慮しながらの設計。多くの関係者の協力を得ながら、これまでの経験や知識のすべてを注ぎました。そうして奮闘する中、2017年4月に勤続10年を迎え、スタッフサービス・エンジニアリングから永年勤続表彰を受けたのです。

また同年10月には、配属先である東芝様のエネルギー部門が「東芝エネルギーシステムズ株式会社」として分社独立。大型の遠隔操作機の設置を完了するなど、プロジェクトはますます本格化していきました。そして新会社は廃炉への取り組みが評価され、内閣総理大臣感謝状を贈られることに。

こうした授与式への参列は配属先の社員だけ、というのが多いです。でも社員の皆さんと一緒に設計から現地設置まで対応した私に、まわりの方々が「岩崎さんもぜひ参加を」と声をかけてくれたんです。このときは自分の仕事が評価されている、みんなに仲間として認められていると実感できて、すごく嬉しかったことを覚えています。

しかし、廃炉プロジェクトはまだまだ道半ば。定年までの7年で、使用済燃料の外部への搬出というゴールになんとしてもたどり着きたいと思っています。それが若い世代に「エンジニアの仕事って本当におもしろい」「メーカー社員か派遣社員かなど関係なく、日本社会に貢献もできる仕事なんだ」と伝えられるのではないか、と。

スタッフサービス・エンジニアリングだからできること

▲平日は仕事のことしか考えていません。逆に週末は仕事のことは一切忘れて海に出ています

実は私、サーファーでもあるんです。若いころにしていたウィンドサーフィンを30歳で本格的に再開し、目標を掲げ、没頭していたらプロ登録権利を得るまでになってしまって。2019年現在も現役で活動しています。

横須賀の海辺に住み、土日はサーフィン三昧。国内・海外の試合に出たり、大会の運営に携わったりなどしました。長年こんな生活ができるのは、まさに今の働き方のおかげですね。スタッフサービス・エンジニアリングの正社員(無期雇用派遣)ですから安定性は申し分なし。業務調整次第では、2週間も休暇許可をいただき海外の大会に参加、なんてこともできるんです。

それに技術派遣という立場だからこそ、出世や余計な評判を気にする必要がないので、仕事の面でも果敢にチャレンジできます。もちろん責任がないわけではありませんが、チャレンジに対する敷居の高さが、今の立場のおかげでグッと下がった実感がありますね。おもしろそうな業務があれば自ら手を挙げ、エンジニアという仕事を存分に楽しむことができるのはありがたいです。

スタッフサービス・エンジニアリングは、経験のない人・浅い人を積極的に採用し、一人前のエンジニアに育ててくれる会社です。配属先で困り事・悩み事などがあれば、とことん手を差し伸べ、一緒にスキルアップや将来のことを考えてくれます。私は今の働き方が気に入っていますが、希望があれば配属先での直接雇用まで応援してくれるんです。

技術的な仕事だけに専念したい人、プライベートもしっかり楽しみたい人、それにエンジニアとして成長したいという人、これからエンジニアを目指したいという人も、ぜひ一度相談してみるべきだと思いますね。