社会人14年目の“ルーキー”が見つけた日本ストライカーの挑戦に満ちた環境

大学卒業後、生まれ育った北海道の大手医薬品卸会社に就職した嶋田 祥子。12年のキャリアを経て、「新しいことに挑戦したい」と転職を決意した彼女は、ひとり新たな世界へ踏み出します。ひとりで戦おうとしていた嶋田を支えたのは、背中を押してくれた仲間と挑戦を応援してくれる環境でした。
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大好きな故郷からより広い世界へ。患者さんの役に立つ仕事がしたい

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▲メドサージ事業部NSE営業部の嶋田 祥子

2016年10月、日本ストライカー株式会社のメドサージ事業部NSE営業部に中途入社した嶋田は、北海道エリアを担当し、外科手術に使用される医療機器を販売しています。

嶋田が医療の世界を意識したのは大学3年生の時。大学では法学を学んでいましたが、看護師をしていた母や姉の話を聞き、自分もケガや病気に苦しむ患者さんの役に立つ仕事がしたいと考えました。

そうして選んだ地元の医薬品卸会社に入社してから12年。長きにわたり絆を深めた取引先や同僚に支えられながら、嶋田は安定して仕事を続けていける基盤を築きあげました。しかし、そんな嶋田に転職を考えるキッカケが訪れます。

それは、医薬品卸会社で人材育成担当として研修の講師を担当したときのこと。これからキャリアアップを目指す人たちと接するうちに、「自分はこのままでいいのだろうか。いや、私も大きくステップアップしたい」と成長への思いが芽生えます。

嶋田 「私にとって転職はとても勇気を伴う決断で、なかなか踏みだせませんでした。けれど、慣れた仕事に落ち着いてしまうにはまだ若く、新しいことにチャレンジしたいという気持ちが日に日に大きくなりました。
転職を決断するまでには家族や友人だけでなく、仕事でお世話になっていた人にも相談しました。すると、周囲の意見は私の予想に反して『一度やってみたらいいじゃない!』と肯定的なものの方が多く、思い切って踏み出すことができました」

新卒での就職活動時に北海道で働くことにこだわっていた気持ちも、道内でさまざまな経験を積むことができたおかげで「もっと広い世界を見てみたい」という思いに変わっていました。

育ててくれた古巣を飛び出し、 未知なる外資系医療機器メーカーへ転職

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次の仕事でも医療系の営業職を希望していた嶋田は、転職先を探す中で、医療機器を扱う日本ストライカーに出会います。当時は外資系企業に対して「実力主義で人間関係もクールなイメージ」だったと振り返ります。

嶋田 「前職が地元密着型の温かい職場で、上司にも同僚にも恵まれていたため、人間関係が淡白なイメージが強かった外資系の企業で仕事をしていける自信が持てませんでした。そこで当時、日本ストライカーで働いていた友人が、マネージャーとの面談を提案してくれたんです」

のちに直属の上司となるマネージャーとの面談では、その熱量に圧倒された、と嶋田は振り返ります。社風や働き方、そして日本ストライカーのグローバルな視点を目の当たりにし、自分もその一員になって活躍したいとの思いが高まり、そのまま入社することとなります。

2016年10月に入社した後の研修で嶋田は、中途採用の多さと異業種からの転職におどろいたと言います。

嶋田 「私は同じ医療の世界から日本ストライカーに転職しましたが、同時期に入社したメンバーには、スポーツジムのインストラクターなどまったく異なるジャンルから転職した方もいて、一体どんな人が集まっているのだろうと思いました(笑)。
けれど、入社した全員が本当にやる気に満ちあふれていて、エネルギッシュな印象を持ったことをよく覚えています」

同期のメンバーと同様に、自分の熱意も認められたのだと気持ちを持ち直した嶋田。その日から新たなチャレンジがはじまりました。

入社後、嶋田は北海道エリアにある脳神経外科・整形外科・口腔外科などを中心に、手術で使用する機器の販売営業を担当してきました。

はじめて訪問する病院では、何気ない雑談を糸口に営業のきっかけを探す。話の流れで自社商品に興味を持っていただき、販売につなげる。

これまで医療業界で営業をしてきた嶋田にとって、それは慣れた流れのはずでした。

「そんなことも知らないの?」ドクターのお叱りの言葉をチャンスに変えて

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▲ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、仲間と喜びを分かち合う嶋田

ところがやる気いっぱいでスタートしたものの、機械のメーカー名や製品名、医療現場で飛び交う略語など、耳にするのは聞きなれない言葉ばかり。これまでの医薬品卸会社での経験や知識は役に立ちません。時にはドクターから「そんなことも知らないの?」と、お叱りを受けることもありました。

嶋田 「知識も経験も不足していて、はじめはドクターに叱られても謝ることしかできませんでした。けれどあるとき気付いたんです。分からないことは正直に『分かりません』と伝えて、教えてもらえることをすべて吸収しよう、と。
また、先生のお話はどれも興味深くて有意義なのですが、それだけで終わらせず、自分でもそれが治療の中でどう生かされていくのかを勉強し、次にお会いするときには先生との会話のきっかけをより広げられるように心がけてきました。
分からないことやその場でお返事できないことって、次につながるんですよね。宿題をもらえるのは次にお会いできるチャンスをもらえたということ。
一つひとつに全力でお応えするうちに、先生との信頼関係が少しずつ深まるのを感じました」

一方で嶋田は、「売りたい」という気持ちを持ちながらも、ドクターとの契約を焦ることはありません。その理由をこう話します。

嶋田 「たとえば、自分がショッピングしていて何気なく洋服を見ているときに、店員さんに『これはいい服なので買ってください!』と急に商品を押しつけられても買う気にはなりませんよね。タイミングよくほしいものを探しているときに、いいアドバイスをくれたら、納得して購入するなって思うんです。
私は、医療機器でも同じだと思っています。ドクターが何に困って、何を必要としているのか。コミュニケーションを深めて信頼関係を築きながら、ベストなタイミングで患者さんと先生にとってメリットのある提案をしたいなと思っています」

手術室スタッフに機器の使用方法を説明するだけでなく、機器の適正な使用に必要な製品情報を提供するため、実際の手術に立ち会うこともあります。

患者さんの体に触れる機器を提供する嶋田と、実際に治療を行なうドクター。双方が信頼し合い、密なコミュニケーションを取ることが、患者さんにとってのベストな治療につながると嶋田は感じながら仕事をしています。

「……正直、狙っていました」 支えてくれた人に伝えたかった、感謝の気持ち

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▲報奨旅行でアメリカのミシガン州のストライカー本社や工場を見学

日本ストライカー入社から一年。嶋田は一年に一度、全社員が集まるナショナルセールスミーティングで“ルーキー・オブ・ザ・イヤー”を受賞し、表彰式の壇上に登りました。入社してたった一度だけチャンスが与えられるこの賞を「狙っていた」と嶋田は振り返ります。

嶋田 「私は入社してからずっと、上司や先輩方に仕事のイロハを教えてもらってきました。訪問時の商談のポイントや、先生ごとの対応の仕方、日々の営業活動や手術に立ち会う際の心得など、とにかく何でも質問して、教えてもらってきたんです。
自分が何かをしたいと思ったときも、思うように成績が伸びないときも、同じリージョンの仲間にはいつも勇気づけてもらいました。
自分の仕事も抱える中で、私のために時間を割き、惜しみなく情報を共有してくださった先輩方や同僚に対する感謝の気持ちは、結果を出すことでしか伝えられないと考えていました。だから無我夢中で毎日を走りながらも、この賞だけは絶対に獲りたいと思っていたんです。
特にこの賞は、前年に同じ部署の先輩が受賞したと聞いていたので、自分も続きたいと強く思っていました。
受賞の瞬間に何よりもうれしかったのは、同席した同じリージョン仲間が総立ちで喜んでくれたことですね。
みんなから『おめでとう!よかったね!!』と言ってもらえたときにはじめて、自分なりにがんばってきてよかったと思いました」

そしてもうひとつ、嶋田は事業部内の成績優秀者に与えられる賞も受賞し、報奨旅行でアメリカのミシガン州にあるストライカー本社や工場を見学しました。

自分が普段取り扱っている製品の製造に多くの社員が関わっている様子をはじめて目の当たりにし、今この職場で働けていることと、同じ仕事に携わる人とのつながりに改めて感謝したと振り返ります。

嶋田 「ふたつの受賞を通して感じたのは、日本ストライカーでは、新しいことにチャレンジしたい人にはたくさんのチャンスが与えられるということでした。
ここにはさまざまな経験を持った人がいて、それぞれが自分のやり方で仕事をすることが認められています。営業する私たちの目線がドクターや患者さんにきちんと向けられていれば、固定観念やマニュアルにとらわれずに挑戦することができるんです」

まだ2年目――。そう話す社会人歴14年目の嶋田は、失敗を恐れずチャレンジし続けることで、お世話になった人たちに成長した姿を見てもらいたいと、ルーキーとしての意気込みをのぞかせました。

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