急激に民主化の進むミャンマーに、本を。子どもたちの「未来を描く力」を育むために

2011年3月に文民政権が成立後、急激に民主化が進むミャンマー。NGOシャンティ国際ボランティア会は、2014年にミャンマー事務所を設立し、他国で行ってきた経験を生かして学校建設事業や図書館事業を進めています。民主主義国家として、またシャンティの事業としても始まったばかりのミャンマーで奮闘するスタッフ、伊藤杏子の想いとは。
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歴史的文化的背景の異なる中で奮闘する日々

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▲シャンティミャンマー事務所スタッフ 伊藤 杏子

長らく軍事政権が政治を掌握していたミャンマー。2011年から民主化・国民和解に向けた改革が進み、同時に欧米諸国からの経済制裁も緩和されました。急速な民主化・経済発展の見込まれるこの国で、シャンティ国際ボランティア会(以下、シャンティ)は2014年より、学校建設事業や、図書館事業をスタートしました。

2015年にシャンティの職員となった伊藤杏子は、設立したばかりのミャンマー事務所に2017年から勤務。現地のミャンマー人スタッフと協力しながら、図書館事業を推進するコアメンバーとして奮闘しています。

伊藤 「 2018年から新しい取り組みのひとつとして、学校図書室をつくる支援を行っています。ミャンマーの学校には図書室がほとんど存在しておらず、あったとしても部屋の片隅に棚がポツンと置かれ、本の数は少なく、古く、質も悪い状態です。
棚に入った本は普段鍵がかけられているため手軽に読める状況ではありません。また教員が不足しているため、担当教員を置けないことや図書室の運営知識が無いなどと運営の課題もたくさんあります」

ミャンマー事務所では、児童書を中心とした図書や家具・備品の提供、スペースの設置、教員への研修などの支援を行うことで学校図書室の設置および運営をサポートしています。

伊藤は公共図書館への支援も担当。事務所設立時から取り組むこの事業では、児童サービスがなかった公共図書館に児童スペースを設置し、児童書や家具などを配架。また、児童サービスの知識がない図書館員に向けて研修を実施し、児童スペース支援を行ってきました。

2019年現在は学校との連携を強化し、公共図書館から移動図書館活動を行い、地域の学校に読み聞かせや貸出しサービスを通じて、絵本を届けています。学校教員へも公共図書館員から図書や読み聞かせに関する知識やスキルを伝達し、地域全体で読書推進に取り組んでいます。

ミャンマーに常駐し、ミャンマー人の事務所スタッフや教員、図書館員と日々コミュニケーションを取りながら事業をリードする伊藤。言語はもちろん、歴史的文化的背景の違いから、苦労することも多いと言います。

伊藤 「日本人相手の場合、こう言ったらこう理解してくれるだろう、といった前提条件がある程度定まっている状況で物事を進めることができます。でも国や文化が異なると、価値観や理解の仕方に違いがあり、私の思っていた『こう理解してくれて、こうなるだろう』という予測とまったく違ったことが結果として起こることが多々あるんです。
また、軍事政権下に生きてきたミャンマーの方々は、なかなか本音を言えない、という側面があります。質問をする、ということすら難しいようです。私が質問はありますか?と尋ねても、絶対に『ありません』と返ってきてしまうんですよ。そのため本当に理解しているのかという確認自体さえも難しいことがよくあります」

軍事政権下で生きてきた彼らには、言われたことをそのまま覚えて実行するというスタイルが定着している。そのために、自分で考え、判断し行動することが苦手なのです。言われたことはできるが、応用する力がないのです。

伊藤 「でもミャンマーの皆さんは、ものすごく勤勉で頑張り屋さんというすばらしい側面も持っています。今はチームメンバーにも、私が先のゴールをできるだけ明確にしながら指示をするようにしつつ、少しずつ質問を促す工夫をするなどして本音を引き出し、自分で考える癖をつけ、自発的に動いてもらえるようにしていきたいと思っています」

営業職から留学を経て教育支援の道へ。根本にあるのは教育への強い想い

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シャンティのスタッフとなり2019年で4年目を迎える伊藤。幼少期、初めての海外となった家族旅行でアメリカからメキシコへ渡った際、ガラリと様変わりする文化様相に大きな衝撃を受け、以来海外への興味を抱いていました。

その後も旅行や大学時代のホームステイ経験などによってさまざまな国を訪れ、国を越えて人とつながれることに喜びを感じ、また、日本の外に広がるさまざまな社会課題にも目を向けるようになっていったと言います。

大学卒業後は、外資系一般企業の営業職として社会人のキャリアをスタートした伊藤でしたが、奇しくも最初の2年半は中国に常駐。貧困問題を身近に感じる環境でもありました。

伊藤 「中国での生活では、その前に暮らしていたアメリカ富裕層地域とのギャップもありましたが、中国国内の地域格差など、日本では見られない側面を見ました。世界には多くの不平等や社会課題が存在していて、その中には国という枠を超えて社会として解決していくべき課題も多くあると感じました。
その後日本に帰国して約 3年半働きましたが、日本の快適な生活に慣れていく自分にだんだん恐れを感じてきたんです。まるで日本での生活が現実とかけ離れた、人工的につくられた夢の世界にいるような感覚というか……
日本はすばらしい国で、でも住み続けているとその有難みを忘れ、私利私欲が強くなり。外のことを見ようとしなければそれで済む世界に生きている感覚があって、私はもっと、今あるさまざまな世界の現実に向き合いたいと思ったんです」

自分の本当にやりたいことに力を注ごうと、30歳の節目を迎える前に会社を退職。まずは、イギリスの大学に留学し、開発教育学の勉強を始めました。その根底にあったのは、伊藤のある想い。

伊藤 「私が信じているのは、すべては教育につながる、ということ。紛争や宗教対立や貧困、環境問題……世界にいろいろな問題がある中で、すべてを一度に解決することはできないけれど、たくさんの子どもたちが教育を受けて社会を変える力をつけてくれたら、きっとあらゆる問題が改善されていくと思うんです。
逆に教育の力がなければ、何ひとつ根本的な問題解決にはつながりません」

しかし、イギリスで勉強をしていくうちに、教育を受けられる機会という意味での量はもちろんのこと、その質も重要であるということに気づかされます。

伊藤 「以前は、子どもたちが教育を受ける場や機会をとにかく増やすことが大事だと思っていましたが、イギリスで勉強するうちに、単に学校をつくればいいわけではなく、そこにはしっかりと訓練を受けた先生が必要で、子どもたちの学習を支える質の伴った教育を提供しなければ意味がないなと思うようになりました。またその良質な教育がすべての子どもたちに行き渡る様に」

そして留学を終えて帰国した伊藤は、“教育”をキーワードに仕事を探すことに。その結果、知り合いを通じてシャンティに出会いました。

図書を通じて子どもたちに学ぶ機会を提供し、図書館員や教師への研修も行うシャンティの活動は、伊藤の思い描いていた教育の形と合致。まずはシャンティで、教育に携わるキャリアをスタートすることを決意しました。

始まったばかりの国だからこそ、子どもたちに絵本を

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▲2017年ミャンマー出張時に訪れた孤児院を併設した僧院学校にて

伊藤は、ミャンマー事務所のスタッフとして公共図書館および学校図書室の支援のほか、絵本と紙芝居の出版事業にも携わります。

ミャンマー情報省によると、2012年に出版物の検閲が廃止され、現在国内で登録されている出版関連会社数は1300を超えていますが、子ども向けの本を出版する会社は17社程度で、実際の出版物はマンガや雑誌が中心です。

さらに良質な絵本となると種類は限られています。シャンティミャンマー事務所では、2018年より現地のイラストレーター、作家や編集者から成る児童図書出版委員会を設立し、絵本や紙芝居を出版。2014年より、毎年3~7タイトルを出版し続け合計25タイトルをこれまでに出版しました。

伊藤 「ミャンマーは、これからどんどんいろんなことが始まり変化していく国。だからこそ、子どもたちがすべてだという想いがあります。今の子どもたちが育っていかない限り、国の真の発展もないと思う。
軍事政権下で “自ら考える力 ”を抑え込められてきたこの国で、子どもたちがいかに自分で、自分の国や社会のことを考えられるか。自由に想像して、未来を描き創造する力をいかに身につけられるかが、この国の未来を決める鍵になると考えています。
そのためのツールとして、私たちシャンティミャンマー事務所は、良質な絵本の出版や学校図書室の設置や移動図書館活動を通した読書推進事業を進めているんです。多くの子どもが、絵本を通じて考える力を育ててもらえたらいいなと」

今、ミャンマーは国をあげてJICAの支援のもと大規模な教育改革に着手しています。子どもたちの興味関心に合わせた教育を進めていこうと、カリキュラムの改訂、基礎教育を11年制から13年制に、子どもたちが自分の頭で考えることを意図して教科書の内容をガラリと変更するなどさまざまな施策を進めています。

シャンティの進める子どもたちへの図書事業は国の方向性とも合致しており、ミャンマーの教育省も事業に高い関心を示しているのだそうです。

伊藤 「暗記学習中心だったスタイルを変えていくのは、教師の皆さんにとって簡単なことではないですし、時間がかかると思います。そんな中でも、子どもたちが絵本を自ら読む体験は、考える力を伸ばしていくことにきっと貢献できます」

実際に、学校の先生から今まで読み書きがすごく苦手だった子どもが、学校図書室ができて、自分で絵本を読むようになったことで読解力が上がった、という報告も。

こうした図書と学習の関連性が実証されたケースはすでにいくつか耳にしていて、始まったばかりの学校図書室事業でも、ひとつの成果として受け止めているのです。

そして伊藤は、学校図書館が与えた影響は学習能力の向上だけではないと言います。

伊藤 「あとはシンプルに、子どもたちの笑顔が何よりの成果ですね。子どもたちが目を輝かせて絵本を読んでいるのを目にすると、やっていてよかった、と心から思います。子どもたちが純粋に楽しみ夢中になるという体験は、子どもの成長に絶対に必要なこと。それが目で見てすぐにわかる、大きな成果なんじゃないかなと思います」

カンボジアで目にした、図書室が溶け込んだ情景。いずれ、ミャンマーでも

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▲2018年の学校図書室支援対象の学校に向かう道の途中。雨季は車で入れないため、地域の人たちがバイクで迎えに来てくれます

絵本を中心としたさまざまな事業に取り組むシャンティ。日本の絵本に、支援先の言葉に翻訳したシールを貼ってアジアの子どもたちに届ける「絵本を届ける運動」は2019年で20周年を迎えます。

これらの絵本は、公共図書館や学校図書室に贈られ、図書館員による読み聞かせ活動にも利用されています。4年前からシャンティ職員となった伊藤から見て、20年続いてきたこの活動はどのように見えているのでしょうか。

伊藤 「ミャンマー人スタッフも一緒に、研修でカンボジアの視察に訪れたことがあります。学校図書室の情景を見た時に、 20年の積み重ねを目に見える形で感じました」

読み込まれている絵本や、子どもたちが普通に図書室を使っているという光景。自分たちが届けてきたものが日常に馴染んでいるという事実は、伊藤にとって大きな意味のあるものでした。

そしてミャンマーではまだ新しい概念で、まだまだ定着していない“読み聞かせ”までもが、とても自然に行われていたのです。

伊藤 「学校に図書室があって、日常的に子どもたちがやって来て、先生たちもちゃんと運営をしている状態がしっかり実現されている。 2014年から事業の始まったミャンマーでは、これからつくり上げていく未来の姿。
勇気をもらいましたし、近隣の国でそういったことが実現できている事実は、ミャンマーの方々に私たちが信頼してもらえている大きな理由になっています。これまで続けてきた活動の歴史と意義を感じました」

ミャンマーでは、子どもが絵本を読むことは、決して当たり前のことではありません。場所をつくり、絵本を届け、子どもたちが自ら未来を切り拓くための力を育むことは、始まったばかりのこの国にとって大きな価値があることに違いありません。

そして何より、子どもたちのキラキラした笑顔のために。ミャンマー事務所、そして伊藤の奮闘は始まったばかりです。

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