きっかけは、内定後に出会った1冊の本

▲シャンティ国際ボランティア会 事業サポート課 事業担当 黒田 弘啓(くろだ ひろあき)

日本で働き続けることができて、安定しているという点から、就職先を鉄鋼業界に決めたという黒田。大学4年生になったばかりの4月に就職活動が終わり、単位もほとんど取り終わっていたので、暇だったと語ります。

黒田 「『大学後半は、社会人になったらできないことをやろう!』と思ったのですが、何をやりたいかはわからない状態でした」

大学生活最後の半年をどう過ごすか、ヒントを求めていた黒田は本屋を訪れました。

黒田 「本屋でパラパラと本を見ていたときに、ふと手に取ったのが『深夜特急』だったんです。世界中を旅すること、それは今じゃないとできないと気づいて。就職する前に本と同じことをやろう、と決めました」

『深夜特急』は、1990年前後に刊行された、作家・沢木 耕太郎による紀行小説。筆者が世界各国を旅しながら出会う人々や、そこでの気づき、冒険などを描いている作品で、今も数多くのバックパッカーのバイブルとして長く親しまれています。

黒田 「パスポートを持っていなかったので、まずパスポートを取りに行って。バックパックも買って。全部準備した後、大学4年生の10月から2カ月半ほど、タイ・ラオス・ベトナム・カンボジア・マレーシアを巡りました」

初めて途上国に足を踏み入れて、出会ったのはストリートチルドレンや、小学校に行っているはずであろう年齢のお土産を売っている子ども……。

深夜特急さながらの旅を終えて帰国した黒田は、途上国で恵まれない環境に生きる彼らのような存在を知ったのでした。「自分にも何かできることがあるのかもしれない」と国際協力業界への興味を抱きつつ、大学卒業後は鉄鋼業界で勤め始めたのです。

王道の選択肢を選ぶことが必ずしも正解ではない、という気づき

▲オーストラリア語学留学時、クラスメイトと
黒田 「新卒入社した会社では、経理の仕事に就いていました。広く見れば日本のためになっている仕事だったのですが、自分がやる意味はあるのだろうか?と思い始めて……」

3年勤めてみたものの、やはりおもしろいと思える仕事とは感じられなかったのです。

一方で黒田は、ゴールデンウィークの休暇を使ってインド旅行に行きました。そこでも彼は、日本とはまったく違う環境で生きる人を見て、途上国で働いてみたいという想いが強まっていったのです。

黒田 「海外を訪れると、義務教育に通って、高校、大学と進学して、就職……。というルートをたどっていない人がたくさんいて。それでも彼らは楽しそうに自分のことを話していたんですね」

そんな出会いから、大企業で働くことや、いい大学を卒業すること以外の選択肢を選んでも良いと気づいたという黒田。また以前から感じていた仕事の内容と、興味のある内容とのずれも決め手となり退社する決意をしました。

こうして3年勤めた会社を辞めた黒田は、興味のあった国際協力業界へ進むため、語学留学をしにオーストラリアへ。

王道の選択肢を選ぶことが、必ずしも正解ではない。旅をしながらの出会いによって、黒田はこの気づきを自らの確信として持ち始めていたのです。

子どもたちの笑顔や、住民の暮らしの変化がやりがいにつながる

▲建設を支援したタンピンゴン寺院学校で校長先生に掃除用具などの衛生グッズを寄付したときの様子

オーストラリア留学からの帰国が近づいてきたころ、黒田はシャンティの社会人インターンの募集を見つけました。

黒田 「“国際協力 インターン 有給”で検索したら、シャンティの社会人インターンの募集が出てきたんです。そこに応募して、社会人インターンとして、1年間ミャンマーのピー事務所に行くことが決まりました」

こうして黒田は、大学4年生から抱いていた興味の種を育て、いよいよ国際協力業界で花開かせることに。

シャンティのミャンマー・ピー事務所は、大きく二つの活動を行っています。ひとつめは学校建設、ふたつめは地域の図書館や学校で本との出会いを作る図書館活動。移動図書館活動や、絵本出版に取り組んでおり、黒田は学校建設事業を担当。古くなった寺院学校の校舎を改修したり、校舎が足りていない地域に新築する事業に携わったりしていました。

黒田 「ボロボロで崩れ落ちそうな校舎で勉強している子どもたちが、新しいぴかぴかの校舎で楽しそうに授業を受けている姿を見ると、前職時代、“なんのために働いているのか?”と思いながら取り組んでいた仕事とは全然違う想いを抱きました。

自分自身がサポートしている仕事が、今ここで子どもたちの笑顔や、住民の暮らしにつながっていると、実感できたんです。一方で、国際協力業界に入ってみて、現場に赴くのは一握りの人であることも気づきました。

数多くの支援者の方がいて、東京で事業を支える職員がいて、現場で働いているのは数パーセント。そんな中で、最初から現場に行けたのは、自分にとってプラスだったと思います」

これからも国際協力業界に携わっていきたい

▲ カレン州レイケイコー村に建設したコミュニティリソースセンター(CRC)の開所式での様子

ミャンマー・ピー事務所でのインターンを終えた黒田は、次のステップを探していたました。そこで見つけたのがシャンティの東京事務所での募集でした。

そこで彼は、ミャンマー・ピー事務所での1年間のインターン経験を買われ、2020年2月現在、事業サポート課 海外事業担当として、ミャンマー国境支援事業事務所の主担当を務めています。

業務内容としては、資金集めや報告書類の作成などを担当、年に数回はミャンマーの現地に出張して現場の様子も視察しています。

書類上で事業内容を読んだだけでは把握しきれない部分も多いため、事業サポート課の職員は実際に現地に行って自分の言葉で説明できるようにしていると話します。

また、本格的に国際協力業界で働き始めてから直面した不測の事態への対応などに戸惑いながらも、今後も国際協力業界に携わっていきたいと意気込んでいます。

黒田 「去年の5月からシャンティの職員として働き始め、日々手探りで進んでいるところなので、無事に1年目を終えられればと思っています。

以前勤めていた民間企業では経理を担当していました。大事な仕事であるにも関わらず、自分の仕事が社会や誰かの役に立っていることを実感しにくいと感じていました。

一方で、現在の仕事は楽しそうに過ごす住民や子どもたちを見て、この人たちのために頑張っているんだなと実感できます。また東京事務所は緊急救援活動も行っているので災害が起きたら現場に行くこともあります。国際NGOの仕事は臨機応変な対応が求められる仕事。決まりきった仕事ではないのでおもしろい反面、大変ですね」

国内外問わずいつ何が起こるかわからないという状況で、黒田は事業サポート課として周りと協力して、迅速な対応を進めていくことのできる一員になれたら、と話します。

黒田 「これからも、途上国と関わることのできる仕事、そして活動の成果が見える仕事をしていきたいです」

大学4年時に『深夜特急』との出会いから始まった、黒田の国際協力業界をめぐる旅は、これから先もまだ見ぬ世界へと続いていきます。