ミュージシャンだった男の仕事の哲学――前職での経験をどのように今の仕事に生かすのか

2019年現在、テックファームで管理部門の社内SEとして働く東條史明。彼がこの仕事に就くまでには、誰にも想像できないような背景がありました。ミュージシャンから始まり、広告営業やSE、新規ビジネスの立ち上げなど、多種多様な経験を通して見つけた「管理部門のこれからのチャレンジ」を東條が語ります。
  • eight

挫折と失敗のなかで成長してきた人生――環境の中で変化してきた男

56c78d3e117a57fef8fa01abe25e170ce0133c64
▲管理部門の社内SEとして働く東條史明

私は、社内の情報システム部門として、既存環境の課題解決や新たな仕組みの企画、部門の運営をおこなっています。

入社後、主にエンジニアや営業、デザインチームが活躍するテックファーム社員がより働きやすい環境を実現するため、またより良いパフォーマンスが出来るようにするために、社内の基幹システムの入れ替え、ネットワークの全面的なリプレイス、サーバー機器のクラウド化、業務システムの導入、社内の情報共有基盤の導入、PC・ソフトウェアのリソース最適化、セキュリティー対策、RPAの導入などをやってきました。現在は、メンバー育成に力を入れています。

与えられたタスクを黙々とこなすような環境ではなく、現場の営業やエンジニアからのリクエストに応えるために、現場との接点を増やし、どのようなアクションをとるのかを自分たちで考える力と実行力を必要とされていると思います。

変化の激しいIT業界で、特に最先端の技術を扱うテックファームだからこそスピード感が求められ、厳しさの中にも様々な観点で物事を進められる職場環境に仕事のやりがいを感じています。

元々、この仕事を最初からやりたい!と思っていたわけではなく、人生の変化の中で出会った仕事のひとつだと思います。

新卒で入社したのは、ネットワークやサーバーの保守をする会社でしたが、1年半後くらいに、あるメンバーと出会い音楽活動に集中するために会社を辞めました。

その後は、アルバイトをしながら音楽活動していく日々。充実もしていたし、楽しかったのですが、ある日、ライブ前日のスタジオでいきなり倒れてしまって……。三半規管の病気で、当時は歩くどころか、立つこともままならない状態まで症状は悪化しました。

もう後がないーーそんな危機感が自分の成長を後押しした

2d9ad7c9abbfa4699231c5aa8ca0cd2c70b71be5
▲バンド時代の東條

音楽活動を辞めることを決断し、収入もゼロになってしまったので、症状がおさまっていない中、広告(インターネット広告)代理店の営業職に就きました。

初めての営業は、正直、本当に数字が取れなかったです……。

しかし、お客様からITに関わる相談をされることがどの営業担当よりも多かったんです。学生時代に学んだことや、SEとして働いたこと、音楽活動中に音源やHPなどを作成していたこと、このような経験でもITに触れていたことで、お客様との関係構築にとても役に立っていました。

実際に、ほかの営業担当が答えられないようなIT全般の知識をお客様から求められたときも、自分の経験に基づいて答えることができ、お客様に喜んでもらえました。

それがきっかけで、新たなキャリアを考えていたさなか、たまたま、そんなタイミングで自分の理想に近いポジションの求人がでていて、運よく勢いのある会社の社内SEとして入社できました。

しかし入社して数カ月後、窮地に追い込まれました。入社当初いた情報システム部メンバーがいなくなり、たった数カ月で自分ひとりになってしまったんです。

もちろん、未経験の業務やブラックボックス化されたシステム環境が山ほどあり右も左も分からない状態でしたが、それでも自分の置かれた立場を理解してやり切ろうと思っていました。

一人でもこの状況を乗り越えられた理由は、自分自身「後がない」と危機感に似た使命感だと思います。

この感覚は音楽活動を通じて養われた気がしています。

そのときは必死であまりいろいろ考える余裕がなかったんですが、今振り返るとひとりだった分、自分で何を何のためにやるのかを決めて、やると決めたことをやらせてくれる環境があったことが、やりがいになっていたのかもしれないです。

責任が重いなと感じる分、自分を一気に成長させてくれた気もしますよね。

中国で現地法人を立ち上げるものの、思いがけない理由で転職することに

5c2612544a23b92cd0d8f097f899369b1190083f

非常に濃厚な日々を3年ほど過ごして、また何かの縁でタイミング良くファッション業界のEコマースを運営している会社に転職することになりました。

その会社では、社内SE兼、Eコマースのシステム開発、運用の仕事を任されました。

その頃、自分の中で新しい業務に携わるということもあり、朝5時には勉強をするために、出社していました。このことが後に、新しい大きな挑戦の機会につながります。

朝5時に出社すると、よく社長とエレベーターで会っていました。社長はその当時、自分のことを社員ではなく、清掃のお兄ちゃんだと思っていたようですが(笑)。

ある日、会社で社長にバッタリ会った時に「あ!!毎朝5時にエレベーターで会っていたのは自分の会社の社員だったんだ!」と気づいてもらえ、その頃から特別な感情を自分に対して持ってくれていると感じました。

ちょうどそんな時に、中国での現地法人立ち上げの話があがり、社長と上司が自分に声をかけてくれました。

「なんで自分なのか?」と一瞬思いましたが、チャレンジすることに迷いはなく、むしろ新人の自分に対して、こんなに大きな仕事を任せてくれることが非常に嬉しかったです。

約1年間、中国に渡り、ゼロからのサービス立ち上げに携われたことは自分の人生にとっても大きな財産になっています。

この時の経験は初めてのことばかりでしたが、その中でも、会社としての仕組みをゼロからつくっていくことが言葉の壁以上に難しく感じました。この経験を通して、仕組みづくりの大切さや、業務の組み立て方、幅広い業務を通して、点で物事を追うのではなく、面で全体を見る力が養われました。

その後、スマホゲーム業界やM&A、新規ビジネス事業でコンサルティングをしながらとてもハードな毎日を過ごしていたそんな時に、母親の体調が急に悪くなってしまいました。

自分を立ち止まらせるきっかけになり、初めて自分自身の働き方について考え、これからは家族を支えていく立場として家族のために時間を割けるような働き方に変えようと思った時に、テックファームに出会いました。

どんな状況でもチャレンジしていく自分でありたい

F29e86983d87e21dd58d355140abe09d12cca081

テックファームに転職した理由は、「ワークライフバランス」が取れていたこと。

また、今までの経験に近しい環境で、社内SEとして、社内に取り巻く課題・問題を解決していくことは、自分にとってやりがいのある仕事だと感じています。

さらに、テックファームでは自分がやりたいこと、やった方がいいと思うことを会社が認めてくれて、バックアップしてくれる環境があります。

振り返ってみると私は、今までさまざまな経験をし、たくさんの困難にも立ち向かい乗り越えてきました。ロックスターを夢見て音楽活動していた時から、今までも、そしてきっとこれからも、「とにかく成長していきたい!」という想いは常にありますね。

自分の今までのキャリアでは、夢を追いかけて自己実現してきたわけでもないですし、成功体験の積み重ねで成長してきたわけではないです。どちらかというと、失敗と挫折の連続が結果的に自分自身の成長につながってきたと思っています。

うまくいかない中でも、その場その場の極端な環境の変化に応じて、自分を進化させて、能力を身につけられたと思いますし、思いもよらないアクシデントやチャレンジの中でも成長がみられる自分でいたいと思うし、それが楽しいと思えています。

「どんな状況でも決めたことにチャレンジし続けれる自分でありたい」これからも社内だけに目を向けず、社外にももっと目を向けていき、違った価値観や考え方で刺激を受けながら、良い意味でその場に馴染まず、これからも新しいことに挑戦し続けていきたいと思っています。

私の部門ではずっと机に向かって黙々と作業するスタイルではなく「いったい誰とどんな気持ちで会話し毎日を過ごしているのか」を大切に考え、メンバー内でも日々の職場環境について議論を重ねています。

部門の垣根を越えて、視野を広げ行動することができれば、本当にもっと大事なところ、必要とされる部分に目を向けられる時間も増え、今から一歩踏み出し明日を変えられる力も出てくると思います。

よく管理部門っぽくないと言われるのも、こういうところから来ているんですかね(笑)。

たとえば今、私の部署の取り組みの中でRPAを使った業務自動化や部門横断の課題解決を開始しています。

それは今までの枠組みを変化させていくプロセスで、日々業務に没頭しているメンバーたちにとって新しいことに目を向け、気付きを得られ成長のきっかけなると思うからです。

これからも前向きに新しいことに果敢にチャレンジしていき、これからの会社の未来を自分たちでつくっていきたいし、自分たちの能力や働き方も生き方も進化させていきます。

関連ストーリー

注目ストーリー