「おけいこ難民」の親子のために。姫路のママがはじめたプログラミング教室の可能性

姫路市の中心部から車で30分。「姫路キッズプログラミング Jump」は、夢前川がのどかに流れる町の公民館を拠点としてレッスンを行なっています。「この町で、自分ができることは何か」。講師の横谷梓さんは、プログラミングを通じて、地域で育つ子どもたちと、そのお母さんの未来をしっかりと見すえています。
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「うちの子にもプログラミングを教えて欲しい」の声におされて

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▲「姫路キッズプログラミング Jump」を運営する横谷梓さん

兵庫県姫路市夢前町。3人の子どもを育てるお母さんでもある横谷さんは、この町の公民館で「姫路キッズプログラミング Jump」(以下、Jump)を主催しています。

Jumpでは、ブロックや紙、タブレットなどを使って、幼児から小学校低学年の子どもたちがプログラミングの考え方を学ぶレッスンと、小学校4年生以上の子どもたちがTech For Elementary(以下、TFE)の教材を利用して学ぶ2通りのレッスンを行っています。

横谷さんがプログラミング教室を開くことになったのは、SNSで発した何気ない一言がきっかけでした。

2020年にプログラミング教育が小学校に導入されることが決まって以来、東京や大阪といった都市部では、体験授業などがさかんに行われるようになりました。けれど地方への普及はまだ先になりそうな気配に、子育てに熱心なお母さんたちはSNSを通じてイベントなどの情報交換をはじめます。

「先日見つけた大阪での体験学習会は、2万円もするらしい」「行きたいけれど遠いし時間が合わない」

焦りを反映した書き込みに、横谷さんは「かんたんなプログラミングなら、ネットで情報を集めて自分で子どもに教えることができるよ」とコメントしました。そのころ実際に横谷さんは、自分の子どもに初歩的なプログラミングを教えていたのです。

すると「自分ではとても教えられないので、レッスン料を払うからうちの子にも教えてほしい」という声が次々にあがります。プログラミング教室への要望はあっというまに広がり、コメントから数ヶ月で横谷さんはJumpをひらくことを決心します。

慌ただしい準備期間、つねに心の片隅にあったのは、「これまでと同じ方法で教えてよいのだろうか?」という思いでした。「お金をもらう以上、自信をもって教えたい」。そう考えていた横谷さんは、子どもたちになじみやすく、自分が使ってみて納得できる教材を探していました。

そのときにインターネットで見つけたのがTFEの教材。自分の子どもに教育用プログラミング言語のScratchを教えたとき、「簡単そうに思えたのに、実は上級者向けの内容で、小学生にはむずかしくてうまく教えられなかった」という苦い経験に応える内容でした。

TFEのカリキュラムは、Scratchを使ってゲームを作る過程で、初級から少しずつプログラミングについての理解を深めていけるように構成されています。

「この教材なら、自分が納得できる方法で自信を持ってレッスンができる」。TFEのカリキュラムを体験した横谷さんがそう確信した根底には、ものづくりに夢中になってきた幼少期からの経験がありました。

遊びも学びもすべて「ものを作ること」につながっていた

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▲中学生時代の横谷さん

自然に囲まれて育った横谷さんは、みんなでアイデアを出しあい、特別なルールを作っていつものオニごっこをもっと楽しくするなど、新しい遊びを発明することに夢中でした。女の子らしさを意識する年齢になっても、男の子に混ざって、はんだ付けの完成度を競うなど、自分の手でものをつくることが好きでした。

そんな横谷さんがプログラミングと出会ったのは、中学校に導入されたばかりのパソコンの授業でのこと。

授業はほんの2、3時間。先生が用意した簡単なコードを書きうつすと、2匹のカエルが「かえるのうた」を輪唱するという内容でした。教えられたとおりのプログラムを書いて画面のカエルが歌いはじめたとき、「プログラミングって、なんておもしろいんだろう!」と感じた記憶は今でも鮮明です。

その後、進学した高校は、普通科でありながら選択制の授業が多い学校。国語や数学などの必修科目だけでなく、簿記や情報処理といった商業科や、和裁など家政科の授業を選ぶこともできる環境に恵まれ、そこでも横谷さんは「ものを作ること」に夢中になります。

中学校で目ざめたパソコンへの興味は情報処理の資格取得につながり、和裁の授業では、1年かけてゆかたを完成させました。袖や身ごろなど、すべてのパーツを手縫いし、一着のゆかたを仕上げた達成感は大きく、思いがけず丈夫だったことにも驚きました。自分で作ったゆかたを何年も着ることができた経験は、ものづくりへの自信につながったのです。

思い返せば、特別ルールの鬼ごっこもゆかたづくりも、できあがりのイメージに向かってルートを設定し、小さな目標を少しずつクリアして完成を目指すプログラミングの考え方そのもの。

横谷さん 「今ふり返ってみると、好きなことはいつも、イメージ通りのものを作るにはどうすればよいか、筋道を立てて考え、実現に近づけていくことでした」

出産を機にはじめたハンドメイドでは、イベントやネットショップで作品を販売するようになります。

自分が楽しいと思えることで、パート程度の収入があればと考えてはじめた活動でしたが、収入は少しずつ増えていきました。けれどこのとき、売上を意識した商品を増やしたことで、反対に売り上げが伸び悩むようになります。

ハンドメイドの作品は、作り手オリジナルの世界観が生命線です。お客さんは、その人にしか出せないオリジナリティを求め、作品を購入してくれます。

横谷さん 「自分が好きなものであれば、作っている時も楽しいし、自信を持ってお客さんにすすめられる。けれど売上を目標にやりがいを感じられないものを作るのは、自分に合っていないと気がついたんです」

この経験は、のちの姫路プログラミング教室Jumpのあり方にもつながっていきます。

3人の子どもを育てる自分だからこそできるプログラミング教室がある

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▲公民館の和室でプログラミングを学ぶ生徒たち

2017年現在、「姫路キッズプログラミング Jump」では、小学校2年生までの生徒が3人と、4年生以上の生徒が5人学んでいます。

「都市部の子どもたちと、夢前町の子どもたちの間にプログラミングの格差を作りたくない」と、熱意をもって選んだ場所でしたが、アクセスの不便な夢前町で教室を開いたことで、遠方の生徒さんに通ってもらうことを申し訳なく感じ、積極的に声をかけられない時期がありました。

けれど友人がかけてくれた「本当にあなたに教えてもらいたいと思う人は、たとえ高速道路を使ってでも来てくれるはずだよ」の言葉に支えられ、一人ひとりの子どもと向き合い、その子の個性や考え方に合わせた方法で教えるやり方を守りました。

現在、レッスンを受けている生徒さんなかには、片道1時間半かけて教室にやってくる中学生がいます。通常であれば、60分のレッスンを月に2回受講するスタイルを月1回にまとめ、集中して学習を進めています。遠方から通う場合でも、スケジュールが柔軟に調整できる今のレッスンのあり方で、夢前町で教室を続けることにも前向きになれました。

また、「学校の授業では集中力が続かない。ずっと座ってプログラミングなんてできるだろうか?」と不安を抱えたお母さんに連れられて、レッスンをスタートした子どももいます。

それでも、何につまずいているのか、どんな言葉をかければスムーズに理解できるのか、それぞれの子どもに合わせて声をかける今のやり方なら、必ず解決の道が見つかるという手ごたえを感じています。

横谷さん 「子どもを育てているなかで、6年生のお兄ちゃんにならわかる言葉が、1年生の弟には通じないことはめずらしくありません。だからみんな同じではなく、その子が一番理解できる言葉で説明するようにしています。

これはプログラミングを教えるときに限らず、お母さんならみんなしていること。教える仕事って、お母さんに向いていると思います」

わからない問題はすぐに答えを教えるのではなく、しばらく様子を見たあと、簡単な質問を重ねて答えに導きます。「小さな問題を解決しながら、少しずつゴールに向かって積み上げる」。横谷さんが信じたやり方は、子どもたちに大きな達成感とやりがいを感じさせることに成功しています。

目の前に広がる自分の世界を作るために、子どもたちは想像力をフル回転させ、驚くほどのスピードで成長していきます。

横谷さん 「集中力のない子どもはいないんです。どうすれば集中できるか、その子に合ったやり方を見つけられたら、どんな子でも一生懸命になれる。プログラミング教育はその大きな助けになります」

その言葉どおり、終了の時間がきたことを知らせても、思った通りのゲームが完成しなければ、子どもたちはパソコンの前から動こうとしないのです。

お母さんたちの不安を解消し、子どもの可能性を思いきりのばしたい

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▲お母さんとのSNSでの一コマ

姫路キッズプログラミング Jump」をはじめて以来、子どもの習いごとに悩むたくさんのお母さんの話を聞いてきた横谷さんには今、叶えたい夢があります。

これまで、「子どものおけいこ」としてなじみのなかったプログラミング教室に子どもを通わせるにあたり、多くのお母さんは、続くかどうかわからない習いごとに大金をかけることに、大きな不安を抱いていました。体験会を開くと、「パソコンは新たに購入する必要があるのか?」「入会金や月謝はいくらかかるのか?」「教材費は高いのか?」といった、金銭面での質問が絶えませんでした。

親がいくら時間と費用をかけても、子どもの興味が持続する保証はありません。プログラミング教室を訪れたときはすでに、いくつもの習いごとを転々とし、「おけいこ難民」となっていた親子もいました。

そしてまた、自分の周りやSNSでつながったお母さんたちのなかには、出産前や子どもが小さい時に取った資格を、活かせていない人がたくさんいました。

「教えてもらいたい人も、教えられる人も、こんなに身近なところにいるのにもったいない!」そう感じた横谷さんは、将来的に自分の教えるプログラミング教室の空き時間やスペースを使って、お母さんたちの眠っている能力と、それを必要とする子どもたちがうまく出会えるネットワークをつくりたいと考えています。

教室で子どもたちの可能性や成長の早さを目の当たりにし、自分に合ったことに出会うチャンスと、能力を伸ばすサポートの必要性は痛いほど感じてきました。

横谷さん 「何かを教えられるお母さんたちと協力し、入会金や道具の購入費を心配せず、子どもたちが興味を持ったことにどんどんチャレンジできるシステムをつくりたいんです。

定額制で、1ヶ月のうち2時間はプログラミングを勉強して、残りの2時間はリトミックをしてみるなど、受講する側が自由に選べるようなシステムがあれば、どれが子どもに合っているのか、はじめる前に悩む必要もなくなります」

3人の子どもがいる横谷さんにとって、おけいこの悩みは他人事ではありません。子どもたちにやりたいことを全部やらせたとき、費用がいくらかかるのかを考えると、おけいこシステムはすぐにでも取り組みたいプロジェクトです。

「この地域に住む子どもたちが、都市部の子どもたちと同じように、プログラミングやさまざまな能力を身につけられる場所をつくりたい」

姫路キッズプログラミング Jump」で培った成功をもとに、横谷さんはさらに大きな目標に向かってアイデアを構築しています。

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