プログラミング教育の意義ーー“異色のトリオ”の第二の挑戦で見えてきた輪郭

大阪市北区で「南森町プログラミング教室」を運営する田中幸徳(たなかゆきのり)さん。定年まで勤めた会社を退職したのち、異なるキャリアを持つ仲間と、パソコン教室をメインサービスとした株式会社アビリティプラスを立ち上げました。社会を知り尽くした2人の仲間とともに「プログラミング教育の答え」に挑みます。
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答えは、“人との関わり”のなかにあるーー合理化の時代に身につけた組織管理力

大阪市北区で「南森町プログラミング教室」を運営する田中さん。2009年に定年まで勤めた繊維メーカーを退職したのち、教育訓練を担当したNPO法人で2人の仲間と出会い、68歳となる2016年4月に株式会社アビリティプラスを設立しました。

システムエンジニアと幼児教育を生業としてきた2人と、変化の時代に組織の業務改革に取り組んだ田中さんの経験は教室の強みとなり、デメリットかと思われた年齢はプラスに作用しています。

長年、会社人として組織を支えてきた田中さんの原点は、学生時代の世論調査のアルバイトにさかのぼります。

田中さん 「昔の世論調査は一軒ずつ家を訪ねるんです。村役場にある選挙人名簿を見て家を訪問するのですが、所在地がはっきりわからない家も多くて、近くまで行っては人に尋ね、なんとかたどり着いていたことを覚えています」

オンラインマップもナビゲーションも頼れない当時の田中さんを助けたのは、「人とのコミュニケーション」でした。

田中さんは大学を卒業後、1971年に繊維メーカーへ就職。そこから定年まで、さまざまな部署に所属しながら、社内の業務を合理化する仕事に携わります。

田中さん 「私が会社に勤めている間に、高度成長期が終わり、バブルがはじけ、社会は大きな変化の時代を迎えました。凄まじい勢いで進化するコンピューターを使って業務を合理化することが、どの会社でも課題になっていきました。人員削減など、頭の痛い問題が山積みで、私の勤める会社も他人事ではありませんでした」

会社のどんな部署に所属しても、通常業務とともにあった合理化。コストの削減やネットワークの活用は時に社内の仕事を減らし、働く人にこれまでにない対応を求めました。

田中さん 「新しい機械やシステムに慣れることは大変ではありませんでした。苦労したのは、働いている人たちに業務を合理化することへの理解を得ること、合理化によって仕事がなくなった人に、何をしてもらうのかを考えることだったんです」

システムをどれだけ合理化しても、人の心は合理化できない。田中さんは一人ひとりと地道に向き合い、会社が乗るべき変化の波に、少しずつみんなの心を寄せていきました。

「三人寄れば文殊の知恵」3人のプロが挑んだ新境地

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▲アビリティプラスの創業メンバー。(左から)矢谷さん・田中さん・笹部さん

さまざまな課題や問題を、「人」を大事にしながらひとつずつ丁寧に解決していった田中さんは、2009年に惜しまれながら、メーカーを定年退職。それから数年後、NPO法人で教育訓練の業務を担当します。そこで知り合ったのがアビリティプラスの創業メンバーとなるシステムエンジニアの笹部哲也さんと、幼児教育の経験を持つ矢谷寿美恵さん、2人の仲間でした。


「パソコン教育を通して幅広い年齢層の交流の場を提供したい」という想いのもと、2016年4月に創業した同社。3人の経験を生かし、レッスンはパソコン教室と幼児向けのロボット教室をメインにスタートしました。三人三様の経験は安定したサービスの提供につながり、教室は軌道に乗りはじめます。

田中さん 「ロボット教室に生徒が集まるにつれ、『プログラミング教室はないのか』という問い合わせが増えました。ブロックを使ったロボット教育が、幼児期にある子どもの空間認識力、想像力、集中力などを伸ばせることは、実際のレッスンで効果を感じていました。だからこれにプログラミング教室をプラスすれば、さらに上の年齢の子も能力を伸ばせるサービスが提供できると考えていたんです」

次なるサービスとしてプログラミングに特化した教材を探していた田中さんは、映像を活用した子ども向けプログラミング教材を開発するTech For elementary(以下、TFE)に出会います。

子どもたちに興味を持たせ、能力を伸ばすこと。大阪で行われたTFEの説明会では、アビリティプラスの幼児教育での取り組みを、大きく伸ばしてくれそうな手ごたえを感じたといいます。すぐに契約を結び、2017年5月に「南森町プログラミング教室」をスタートしました。

田中さん 「この教室の強みは、パソコンに慣れていない子なら、マウスやキーボードなど、パソコン操作の基本から学べること。そしてパソコンはまだ少し難しい子でも、幼児教育の一環としてプログラミングに取り組むことができること。さらにプログラミングだけでは物足りない子には、パソコンを使った他のレッスンも組み合わせられることです」

大手の情報システム会社に勤めていたシステムエンジニアと、20年以上も現場で経験を積んだ教育者、そして時代やニーズに合わせた組織の合理化とサービスの提供をしてきた田中さんたち3人は、理想的ともいえるタッグを組んで、プログラミング教育に取り組んでいます。

継続的なプログラミング学習を目指す。子どもの興味を伸ばせる教材を探して

TFEに出会う前、田中さんたちは子ども向けのパソコン教室で、子ども向けプログラミング言語のScratchを使ったレッスンをおこなっていました。Scratchは無料で公開されている教材も多く、個人で取り組んでいる人も少なくありません。

システムエンジニアが在籍するアビリティプラスでも、レッスンではそれなりの手ごたえを感じていました。

田中さん 「Scratchはよくできた教材です。子どもたちも喜んで取り組みます。ただ長期に渡って子どもの興味を惹きつけ、確実に能力を伸ばしていけるカリキュラムで構成された教材がないと、継続して学ぶことは難しいと感じました」

田中さんたちが日本パソコン教室経営者連合会を通じてTFEと出会ったのは、まさにそんな悩みを抱えていたときでした。

田中さん 「すでにScratchには取り組んだ実績があったので、TFEのカリキュラムや教材はかなり吟味しました。そのうえで2年分のカリキュラムがあること、全期間に渡って子どもの興味を十分に惹きつける内容であることに惹かれました。

また、映像教材が指導を担当し、私たちは子どもたちとの関わりに集中できる点も大きな魅力でした」

子どもたちとの関わりに片手間は許されない。強い意志で幼児教育に関わってきた田中さんたちにとって、TFEは求める条件を十分に満たすものでした。

さらに、プログラミングやScratchには十分な知識を持っていたにも関わらず、カリキュラムや教材を自作しなかったことには地域的な理由もありました。

田中さん 「この地域に住む子どもの保護者は教育熱心で、周辺には子ども向けの学習教材を開発する大手の教室がいくつもあります。プログラミングに興味を持った親子はあちこちの教室を回り、複数の候補から質の良いレッスンを選ぶことができます。

また、検討の結果入会してくれることになっても、すでにプログラミングをどこかで習った経験がある子も多く、提供するコンテンツには高度な内容が求められることも少なくないのです」

失敗はできない。TFEはそんな思いを抱いていた田中さんたちが選んだパートナーでした。

「プログラミングは、子どもの将来に役立つのか」——見えてきたその”輪郭

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▲夕方になると、シニアとジュニアが並んで学ぶ光景が見られる

田中さんはこれまでの経験で、新しいことをはじめるとき、これから取り組むことを理解し、納得してスタートすることがどれほど大切かを痛感してきました。

そのため、見学や体験学習は個別に対応し、保護者にはプログラミングとは何か、学ぶことで子どもにはどんな効果があるのかを丁寧に説明しています。

一方で、小学校での必修化を迎えるこれからのプログラミング教育にとって、明確な未来の形が示せないことは大きな課題であるとも感じていました。

田中さん 「実際プログラミングを学ぶことで、子どもたちは発想力や論理的な思考力を伸ばしています。プログラミングは将来プログラマーやゲームの製作者になるためだけの学習ではないことも、ずいぶん理解されてきています。

ただ、結果を示すことのできない今の段階では、プログラミングを学んだことで子どもにはどんな将来が開けるのか、という質問に明確に答えることができませんでした。子どもたちはどんな仕事に就けるのか、社会で何ができるようになるのか。保護者にはっきりした目標が示せないと、プログラミング教育そのものが力を失ってしまいかねないと危機感を持っていました」

3人が挑む「プログラミングを学ぶことの意義」は、これからプログラミングを学ぶ子どもたちが大人になるまで、保留になる命題かと思われました。

ところが思いがけないことに、身近なところで子どもたちが身につけた能力を、ジャッジできる人が現れたのです。

田中さん 「子ども向けプログラミング教室に、シニアの受講生が誕生しました。ひとりはプログラミングの導入としてTFEでScratchを学び、もうひとりは教育関係の仕事をしていて、現場での導入に対応するため、TFEでプログラミングを学んでいます。

シニアとジュニアの受講生は時に机を並べ、同じことを学びます。年齢がおじいちゃんと孫ほど離れていても、同じプログラミングを学ぶ仲間として自分の考えを伝え、相手の作品を評価し、時には意見を交換しながら、ゲームの完成を目指しています」

子どもたちが、これからの社会で活躍するための能力を着実に身につけていることを、シニアの受講生は横に座って学ぶことで示してくれたのでした。

プログラミングが子どもたちにもたらす未来を、田中さんたちは見届けたわけではありません。けれど、プログラミング教育が目指す「自ら課題を見つけ、自分の表現を他者との関わりのなかで磨き、より高い目標を達成する能力」は、世代を超えた思いがけない出会いによって、確かに育っていると田中さんたちは感じています。

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