働くことを諦めなかったママ起業家が、不安と葛藤をこえて見つけたライフワーク

北海道帯広市、自宅につながるログハウスで、パソコン教室とプログラミング教室を運営する笹谷まゆみ(ささや まゆみ)さん。高校卒業以来、がむしゃらに働いてきた笹谷さんが、迷いと葛藤の末にオープンした教室の今と、「誰かの役に立つ生き方」について考えました。
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学びを深めたいーー諦めた夢は、社会人になってから手に入れた

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▲自宅の庭に建てたログハウスを教室にした「知恵の実」を運営する笹谷さん

北海道帯広市で、パソコンとプログラミング教室「知恵の実」を運営する笹谷さん。生まれてからずっと十勝で暮らし、仕事も結婚も出産も、すべてこの地で経験しました。

笹谷さん 「母は専業主婦で、家や子どもの世話をとても丁寧にする人でした。地域的にも女性は早く結婚して子どもを産んで、専業主婦になるのが一般的で。両親は私も当然そうするだろうと考えていたようです。でも私は、高校卒業後も大学に行って学びを深めたいと思っていたんです」

それでも両親の意向は変えられず、笹谷さんは1989年に18歳で就職。商社で経理などを担当しながら、「学びを深めたかった」思いを胸に、自分にできることはないかと考え続けていました。そんな笹谷さんと共鳴したのが、発売されはじめたばかりのパソコンでした。

職場にはAppleが開発・販売するMacintosh(通称 Mac)の初代モデルが導入されており、決められた業務でしかパソコンに触れていなかった笹谷さんにも、世の中の変化が感じられたといいます。

笹谷さん 「昭和が平成に変わるちょうどその年に就職して、世界が大きく変わりはじめていることを感じていました。職場で最新の端末に触れていると、パソコンに象徴される時代の変化に乗らなければ、これから先キャリアを積んでいくことはできないことがはっきりわかりました」

笹谷さんは働きながらワープロを習い、自身のスキルを磨きました。そして、1993年22歳のときに転職した測量会社で、大きな成長期を迎えます。

当時はバブルの名残でまだ一般企業にも十分な資金があり、測量会社ではPhotoshopやIllustrator、CAD系の最新ソフトを使う機会に恵まれました。また、教えを請われたときにのみ、関連する書籍を黙って示してくれた上司のおかげで、「自ら学ぶこと」の大切さを知った笹谷さん。社会に出ても成長できることを実感し、笹谷さんは考えていたより早く社会に出たことを、前向きに捉えられるようになっていました。

ひとりも生きていける力が欲しいーー必死で重ねたキャリア

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▲育児休暇もほとんど取得することなく仕事にまい進した、会社員時代の笹谷さん

その後、結婚し、3人の子どもを出産した笹谷さんは、育児休暇をほとんど取ることなく仕事に取り組みました。ところが、子育てとの両立が困難となり測量会社を退職。退職後は、職業訓練校のインストラクターとして働きながら、自分らしさを生かせる仕事を模索していました。

自分が「本当にやりたい仕事」は何か探し続けるなか、2011年に妹が急逝したことで、命のはかなさについても考えたといいます。

笹谷さん 「明日のこともわからないなら、やりたいことをやっている姿を子どもたちに見せたいと思うようになったんです。それまでも専業主婦になるという選択肢は自分にはなくて、ひとりの人間として自分で生きていく力をつけたい、働くことでその思いを子どもたちに示したいと思っていました」

ご主人と二人三脚で3人の子どもを育てながらも、経済的には自立していたいと考えていた笹谷さん。どんなに仕事と子育ての両立が難しくても、助成金でベビーシッターを頼むなど、知恵を絞って仕事を続けてきました。「人生は自分の力で変えていきたい、自分の力で最期までやりがいを持って取り組める仕事を見つけたい」との思いは、年を重ねるほど強くなっていきます。

定年のある会社勤めから、ライフワークになるような仕事をしたいと考えていた2010年ごろ、笹谷さんは「子どもたちの遊び場に」と、20年間勤めた会社からの退職金で、庭にログハウスを建てていました。

2012年ごろからは女性の社会進出を後押しする流れもあり、これまで仕事をしてきた集大成として、自分が起業することを視野に入れはじめます。

長く勤めた会社で培ったパソコンのスキル、職業訓練のインストラクターで磨いた教えるスキル、そして家にあったログハウス。プログラミング教育に注目が高まっていることに着目した笹谷さんは、「今、自分が“持っているもの”を生かしてスタートできる」と、パソコン教室とプログラミング教室をメインサービスとして、自宅で起業することを決心しました。2015年、44歳のときのことです。

果たして人は集まるのか。不安と葛藤からはじまった教室

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▲教室でプログラミングに取り組む生徒たち

プログラミング教室の導入を決めていた笹谷さんは、取り寄せたいくつかの資料を検討し、子ども向けプログラミング教材を開発していたTech for elementary(以下、TFE)との契約を決めます。

ところが契約したにもかかわらず、急に自信が持てなくなったといいます。

笹谷さん 「教室も教材もそろったのに、いざとなると不安になってしまったんです。周りに起業している人なんていないので、人の目が気になって。『教室をはじめても誰も来ないんじゃないか』とか、『自分のスキルは限られた世界で重宝されてきたけれど、世間一般でレクチャーするほどの技術なのだろうか』と考えて前に進めなくなりました。

けれど、しばらく悩んで、せめてわが子にだけでも、これからの時代に沿ったITスキルを身につけさせようと割り切ることにしたんです。そう思ってはじめてみたら、『自分もやってみたい』と子どもの友だちを中心に自然と生徒が集まりました」

笹谷さんは集客に対する不安を本部に共有し、話し合いを重ねてきました。SNSにある加盟教室のグループでは積極的に情報を共有し、加盟者の不安や戸惑いを同じ目線に立って考えてくれる運営の姿勢を見て、信頼を深めているといいます。

笹谷さん 「散々心配をかけましたが、生徒が増えたら一緒に喜んでくれて、親身になって相談にものってくれる。私のように個人でがんばりたいと思っている人間には、とても心強いサポートでした」

2017年10月現在、プログラミング教室では小学2年生から6年生まで8人の生徒が学び、笹谷さんともうひとりの講師が子どもたちを見守っています。

まだプログラミング教育への理解が十分に浸透している地域ではないけれど、子どものことを真剣に考えている保護者は多く、子どもたちのいきいきとした表情に笹谷さんは信頼して子どもを預けてもらっていることを感じています。

「これ、家でお母さんに見せよう!」完成したゲームをうれしそうにUSBメモリーに保存する子どもの笑顔からは、達成感とまたひとつ、自信を得られたことがうかがえます。

これからは、誰かの役に立てる仕事がしたい

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▲笹谷さん(左)とプログラミング講師の舘盛先生、元気いっぱいの生徒たち

職業訓練で学ぶ人たち、あるいは自分と同じように子どもを持つお母さんたちとの出会いから、笹谷さんは今後の目標を明確にしつつあります。

笹谷さん 「職業訓練では、何かをあきらめている人の生き苦しさをとても感じました。それはそのまま、大学に行けなかった自分の苦しさでもあって。だからこそ、景気や学歴や健康問題、お母さんたちであれば子どもがいることなど、思うように働けない人の苦しみを、少しでも解決する仕事をしていきたいと考えるようになりました」

働く機会を広げるという意味では、今後「知恵の実」を大きくすることで講師や事務職などの雇用を増やしたいと笹谷さんは考えています。TFEなら、プログラミングの知識がなくても子どもたちのサポートができる。子どもを抱えて働く場所がなかなか見つけられないお母さんたちと手を取り合い、子どもも大人も成長できる教室にしたいと目標を定めています。

一方で、すでに苦しさを抱えている子どもたちをひとりでも多く救うことはできないかと、笹谷さんは動きはじめています。

笹谷さん 「今、貧困や失業に苦しんでいる大人のなかには、小学校や中学校のころから不登校で、漢字の読み書きや簡単な計算を学ぶ機会を失い、望むような仕事に就けない人がたくさんいます。義務教育をきちんと受けずに社会に出てしまうと、そのまま社会的弱者として生きていかざるを得なくなってしまうんです」

子どもの参観日や平日の商業施設で、笹谷さんは学ぶ機会を失った子どもたちに声をかけ、ご主人と一緒に自宅のログハウスで勉強を教えています。

笹谷さん 「自治体でも取り組みはあるようですが、小さな事業所だからこそ、気軽にフットワーク軽く誰かの役に立てることもあると思っています。何をしていいかもわからない子どもたちが、ひとつでも何かを学び、漠然とした将来のことを少しでもクリアに考えることができる場所にしたいですね」

会社勤め、人との出会い、そして自分の抱えたコンプレックスから学んだこと。自分で仕事を生み出せるようになった今、これまでの経験で無駄なものはひとつもなかったと笹谷さんは感じています。

笹谷さんの描くビジョンのもと、「知恵の実」で学ぶ子どもたちはここでの学びを糧にしながら、実り多き人生のために未来を切り開いているのです。

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