三本松杏弥が戸板女子短期大学を駆け抜けたストーリー

2019年現在、戸板女子短期大学 食物栄養科を卒業する三本松杏弥さん。入学して直ぐにすき家プロジェクト、その後も学生広報スタッフの総監督、学科リーダー、学生会会長と、短大生活をフルに駆け抜けました。彼女が戸板女子短期大学で何を学び、何を感じ、そして何を伝えていきたいのか、過去・今・未来を語ります。
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「入学したら、絶対にといたんになるんだ」と決めたオープンキャンパス

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▲戸板女子短期大学・食物栄養科 三本松杏弥さん

戸板女子短期大学との出会いは、高校の進路指導室でした。

祖母との約束で、栄養士という職業を目指しており、進学を考えたときに自ずと大学は、食物関連の学科を探していました。 四年制大学、短期大学、専門学校と多くの学校、学科がある中で、資料請求が届いたなかで、可愛くて、お洒落な戸板女子短期大学の大学案内に目を惹かれ、思わず手に取ってしまいました。

もともと高校時代、共学校に通っていた私は「女子大学=女性社会=怖い」というイメージが強かったため、なかなか女子大のオープンキャンパスに行く勇気がなく、戸板女子短期大学は、ただ大学案内を眺めるだけでした。

高校三年生のときにいざ勇気を出して戸板女子短期大学のオープンキャンパスに出向くと、きらきらと輝いた可愛い広報スタッフ「チームといたん」の先輩が入口から挨拶してくださり、オープンキャンパスの最初から私は「戸板女子短期大学の虜」となりました。

それから、オープンキャンパスへは足繁く通いました。そのなかで「女子大=怖い」というイメージが、オープンキャンパスに参加する度に「この学校に入学したい!」と強く思うようになりました。

そして、いつしかオープンキャンパスで出会う先輩のように、誰かの人生の進路選択をお手伝いしたいという思いが入学前に芽生え、「戸板に入学をしたら、絶対広報スタッフといたんになるんだ」と心に決めました。

自宅から戸板女子短期大学までは、1時間半の通学。高校時代は、自転車通学であった私にとって、初めての電車通学は不安でありました。しかし、「遠くても絶対に通学したい」と思った戸板女子短期大学で、学びたい、自分を成長させたいと思い、入学を決意しました。

正直、戸板女子短期大学の入試を受ける前まで、高校の先生方からは、再三と四年制大学への進学を薦められていましたが、あのとき、自分の気持ちを押し通し、戸板女子短期大学への入学を決めてよかったと、今では心から思っています。

葛藤と不安、それでも全力で駆け抜けた戸板女子短期大学の2年間

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▲  入学後、すぐ参加した「すき家×戸板女子短期大学 牛丼開発プロジェクト」すき家本社にて

戸板女子短期大学の2年間で学んだことは、文面で綴りきれないほど沢山あります。

人とかかわるうえで最も重要だと学んだことは、「受容と傾聴」です。

戸板女子短期大学に入学してまもなく、5月に外食最大手のゼンショーのすき家と戸板女子短期大学の学生がコラボレーションし、夏に向けて、オリジナルの牛丼をメニュー開発し販売する、というプロジェクトの公募がありました。

入学したばかりの私は、ただ高校時代に牛丼店で働いていた経験があった、という単純な理由から、このプロジェクトに軽い気持ちで応募しました。

実際に、プロジェクトが始まると、忙しい短大の授業の合間を縫って、選抜チーム6名で放課後に実際に調理をしたり、品川のゼンショー本社に出向き、商品開発部の方とテストキッチンで打ち合わせをしたり、考えたメニューを役員の方の前でプレゼンをしたりしました。

企画会議では、学生だけではなく、「すき家の味の門番」と言われる商品開発のスペシャリストの方など幅広い役職、年代の方々との打ち合わせが行われ、その際によりよい商品にするために1人の意見に耳を傾け、私たち学生の意見を積極的に受け入れようとする現場を目にしました。

「人の話をよく聞く」ということは小学生の頃からよく言われていましたが、「受容=人の意見を受け入れる」ということは簡単にできることではないと思います。社会に出るうえで重要な人とのかかわり方を、このすき家プロジェクトを通して強く学ぶことができました。

高校時代、本社に出向いて企画会議を行う経験や人前でプレゼンテーションをする機会がほとんどなかった私にとって、このすき家プロジェクトでの経験を短大生活の最初に参加できたことは、とても刺激的なものでした。

また、入学前からの憧れであった学生広報スタッフ「チームといたん」になることができ、2年生の時には、その組織のトップである「総監督」さらに食物栄養科リーダーとして、チーム全体と部門全体をまとめる立場を任されました。

学生広報スタッフ「チームといたん」へ入ることは、入学前からの目標でしたし、毎回のオープンキャンパスの運営は、先輩方や同学年のといたんからの刺激が強く、切磋琢磨し合える環境で自分自身を成長させることができましたが、2年生時は全体リーダーと学科リーダーの兼任であったため、責任も重くなり、自分の描いている役職のイメージと異なる場面が多くあり、葛藤や不安を感じていました。

そのときに職員の方から「三本松さんにしかできない総監督、リーダーが必ずあるから」と胸を打たれるお言葉をいただきました。

葛藤や不安の気持ちを持ったまま活動をしていた時期に、自分の入試経験を高校生に向けてプレゼンテーションをさせていただく機会があり、1人の高校生と保護者に出会いました。

話を聞くと、高校時代の私と境遇がとても似ており、2年前の自分を見ているようでした。私は、その子と話したことで、「自分にしかできない、自分だけの伝え方で、オープンキャンパスで出会う高校生一人ひとりをサポートしよう」と決めました。といたんという活動は、高校生をサポートすることはもちろん、高校生から学ぶことも多くあり、私自身元気を貰っていました。

高校生や保護者の方々から「ありがとうございました。また来ます!」と帰り際に笑顔で帰って行く後ろ姿に、人との出会いの大切さを感じていました。

就職活動や学業、そしてといたんとさまざまな両立を経て、あっという間に時間は過ぎて行きましたが、自分なりのリーダー、といたんチーム像をつくり、2年生の12月のオープンキャンパスまで、全力で走り抜けました。最後のオープンキャンパスで、ともに2年間の時間を過ごした仲間と、といたんの思いを語り合ったときには、思わず胸が熱くなりました。

自分ではできないと思い置かれた環境で自分自身を成長させるには、今を全力で貫くということを学びました。どの経験も私1人の力だけではとてもできませんでした。教職員の方々はもちろん、友人や家族の支えがあり今の私がいます。戸板女子短期大学の2年間の出会いと経験、挑戦できる環境に感謝しています。

高校受験失敗から立ち直った「努力は報われる」

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▲ 授業や食育ゼミ、学生会などあっという間の2年間でした。

私は、高校受験の際、本当に行きたかった高校ではなく、一度も見学に行かなかった高校に進学をしました。理由は、推薦入試での不合格でした。

私は、本当に行きたい高校へは学校説明会には4、5回足を運び、面接や集団討論のセミナーに通い、練習するなど、本当に行きたい高校に絞っていました。しかし、内申点はギリギリの状態。推薦入試の倍率は高く、最終的に結果は不合格でした。

自分の受験番号が掲示板になかった悲しさと、ずっと受験を応援していてくれた祖母によい結果が伝えられなくて、とても悔しい思いをしました。しかし、進学のために一般入試では、自信のなさから、自分のレベルから3ランクほど下げた高校に受験をしました。

学校の雰囲気もわからず、学校説明会にも一度も行ったことがない、その高校に入学しても強い不安を抱いていました。

しかし、高校生活は、自信をなくした私にとって大きな転機となる3年間となりました。

中学時代の経験から、次の進路決定は自分の納得のいく選択をしようと思い、大学進学はしないで、就職をしようとずっと考えていました。

高校に入学をして半年が経ったころ、ある1人の先生から「努力をすれば絶対結果に現れる」と言われました。先生の言う通りに、勉強に打ち込むと、点数という形で自分の成績の成果が表れ始め、自信ややる気につながりました。

小学校のときに興味を持った栄養士という職に再度興味を持ち、栄養士になりたいという目標を持つことができました。以前先生が言っていた「努力をすれば結果がついてくる」という意味がやっと理解できました。

また当時、ずっと応援してくれていた祖母が体調を崩し、入院する出来事がありました。入院していた祖母は、私に「病院食が美味しくない」といつも話していました。そのときからいつも応援してくれている祖母の夢をかなえるという形で、自分が栄養士となって恩返しをしたいと心に決めました。

その後、第1志望であった戸板女子短期大学の食物栄養科に入学、そして2019年の春に晴れて「栄養士」にもなることができ、夢を叶えることができました。

戸板女子短期大学では、自分では想像していなかった以上に挑戦、成長できる機会をたくさんいただきました。専門知識の習得は難しく、また課外活動との両立は大変ではありましたが、自分が努力してきたことは必ず実となるということを改めて感じることができる2年間となりました。

3年後の管理栄養士を目指して、今を大切にして行きたい。

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▲ 広報スタッフチームといたんで100名を取りまとめる総監督を務めました。

私は4月から夢であった栄養士として社会に出ます。「食を通して、笑顔と生きる活力を与えたい」これは私が目指す栄養士像です。

そのために、実務経験を3年間経た後、より寄り添い的確な栄養のアドバイスができる管理栄養士の資格取得に向けて勉強に励もうと思っています。

もちろん、仕事と勉強の両立は時間や精神的に難しい時期もあるかもしれませんが、私がこれまの経験で培った「努力は必ず報われる」を胸に日々努力しつづけます。

4月から新しい生活がスタートすることで、楽しみな人、不安が大きい人、楽しみと不安が交差している人が、私の同級生の中でも、新入生でもいると思います。

私は、それでも過ごしている「今」という時間を大切に過ごしてほしいです。そして、私が言うのもおかしいですが、一度きりの人生、挑戦し、挫折し、たくさんの経験をしたからこそ、必ず成長が待っていると思います。

私が2年間過ごした、戸板女子短期大学は、成長できる花の種や土壌がたくさんありました。

花を咲かせるのは、自分自身です。

これからの私もそうですが、「今」を大切にし、たくさんのことに挑戦することで大きな花となって夢を実現していきたいと思います。

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