新事業開発20年のスペシャリストが、あえて「女子短期大学」で働く理由

戸板女子短期大学入試・広報部として、企画、デザイン、WEB、マーケティングを担う澁谷太輔。彼は大学卒業後、小売業に入社してマーケティングのスペシャリストに。その後ヘルスケアベンチャーへの転職を経て、戸板女子短期大学に転職。新事業に20年間従事した彼が、なぜ女子短期大学で働くのか。

24歳入社2年目で新事業開発へ抜擢、その20代30代が自分をつくっている

私は神奈川県川崎市、今をときめく武蔵小杉の生まれで今も武蔵小杉に住んでいます。高校は、県立新城高校という地元の高校に通いました。戸板女子短期大学でも、自分の後輩である新城高校からの入学者が数名いるので、先輩としては嬉しくなります。

大学は、法政大学社会学部社会学科に入学しました。大学生活の4年間はとても充実していましたが、武蔵小杉から八王子校舎まで電車・バスで1時間30分かけて通学するのは大変でした。それを考えると、戸板女子短期大学の都心の環境は恵まれていますね。

大学生当時はバイトや、地元で毎週末、公園や多摩川の河川敷でサッカーをしていました。私は背がある程度あったので、ポジションはセンターバックで攻撃をはじき返していました。そんな、バイトとサッカーに明け暮れた4年間でした。

卒業後は、小売業「am/pmジャパン」というコンビニエンスの本社に就職します。就職活動時は、食品メーカーに焦点を絞り、超人気飲料メーカーの最終面接までいったのですが、ちょうど自分が就職した2000年は超氷河期世代で、最終で半分に落とされるといった年でした。

ほかにも小売業、サービス業の内定は5〜6社いただいてましたが、コンビニエンスのなかでも新進気鋭のam/pmジャパンに魅力を感じ入社しました。

am/pmは消滅してしまい、今ではもうない会社なのですが、同期入社の数は男女あわせて30名。内定をもらっていた、100名〜500名の同期がいる大きな会社に入って安定志向を求めるよりも、その時の判断は正しかったと思います。

入社後は、小売業の御多分に洩れず、1年間はam/pmの直営店の店長として店舗経営やアルバイトの人材マネジメントを学び、2年目からスーパーバイザーとして、営業職になるというキャリアを歩みました。

しかし2年目のスーパーバイザー時に、会社全体の新事業プロジェクトの若手社員として当時では異例の大抜擢をされ、同期とは別の「新事業開発本部」に配属されました。ここが自分にとっても、人生のターニングポイントだったと思います。

「澁谷、世の中にない、コンビニをつくってみて」

当時、私がよく社長からかけられていた言葉です。そこから2014年に退職するまでの新事業での12年間は、私にとって激動の日々でした。

「あのニュースでやっている店、調査してきて」「この店舗のこのサービスをコンビニで表現したい」「ポテトチップとDVDを同じコンビニで一緒に借りたい」メールや電話で、社長から直接、指示や業界の情報が次々と落ちてきます。

そんな指示に応えながら、私たちのチームはコンビニと様々な要素をかけあわせて店舗を展開してきました。なかには「ドラッグストア×コンビニ」「お弁当屋×コンビニ」など、今ではインフラとして他のコンビニチェーンも行っているような取り組みもありました。

現在ではどの店舗でも当たり前のように提供している、挽きたてコーヒーをコンビニに初めて導入したのも、2006年に私たちがつくったガソリンスタンドとの併設店舗が初めてです。

新事業開発チームは当初、6名程度の小さなチームでした。配属時に2年目だった自分は、一番の下っ端。けれども次第に、私がコンセプトメイクやデザインを手がけた新事業も増えていきました。やがてそれらを見て「このチームに入りたくて入社、転職してきました」という人も現れ、最終的には30名を超えるチームになりました。

このときに感じたことは、「自分の表現やプロダクトによって、人の人生を変えることもある」という責任でした。自分としては日々流れるように事業をアウトプットしている。でもそれを利用することで転職を決めるなど、「これに人生をかけよう!」と感じる人もいるんだと。そんな責任を感じながら仕事に取り組んだ経験は、大学で働く今の自分により生きています。

その後、am/pmジャパンという会社はコンビニ業界の統合の波に飲まれていきます。一緒に働いていた同僚や上司、先輩がどんどん転職していくなかで、私も手がけていたいくつかの事業が、吸収されていくのを見届けてから、前々から誘われていた遺伝子検査のベンチャー会社、「ヘルスケア&ビューティパートナー(以下、H&BP)」に転職します。

最先端のヘルスケア業界から、あえて教育業界、戸板女子短大へ

▲企業連携の時は1日中現場にいます。大切なことは、自分自身も企画を楽しむこと

H&BPに転職してから、自分はマーケティング部長に就任し、「遺伝子検査+栄養学」という世の中にないものを、いかに“拡げていくか”というミッションを担いました。

コンビニ本社からヘルスケアベンチャーへの転職。業界は全く違ったものの、週刊ダイヤモンドなどのビジネス雑誌や女性誌やテレビニュース、メディア、芸能人のSNSで拡散されるなどある程度の成果を出すことができました。

遺伝子検査という難しい未知の事業が、時には糖尿病、時にはダイエット、また時にはスマートフォンでのOne to oneカウンセリングと、各ターゲットユーザーにあった切り口で見せることで、一手一手が着実に成功していったのです。

H&BPでの仕事は、コンビニ本社とはまた違った苦労とやりがいがありました。日本の外食産業でトップの売り上げを誇る、ゼンショーホールディングスと合弁会社をつくり、出向させていただいたり、「派遣」というシステムを日本でつくり上げた平野岳史会長の元で、経営のスピード感や決断力を学ばせていただいたりと、そこでしかできない貴重な経験を積むことができました。

やがて、かつては10名しかいなかったH&BPも、大阪、福岡、東北も含めて50名以上の組織に。そのとき私は37歳。転職してから5年が経過し、プロジェクトを運営する事業責任者や、全社会議の中心となっていました。

そんな折、たまたま戸板女子短期大学の金井裕太課長(当時)と、業界の情報交換でご飯を食べる機会がありました。そのときに、大学業界全体がマーケティング領域について立ち遅れていること、人材育成や広報でまだまだできることがあるのに、アイデアやメソッドがないことを相談されたのです。

もともと自分のなかに「教育業界で働く」という観点は全くありませんでした。ただ当時は40歳になる直前のタイミングで、これまでに経験していない新たなフィールドにチャレンジしたいと考えていました。その後、ご縁があり転職のお誘いを受けたのです。

最先端の事業、特にいま注目を浴びている「遺伝子検査」から、少子化と全入時代への突入によって、世の中から存在意義が消えつつある「短大」という業界へ。ハードな選択だからこそ、自分のなかにはチャレンジ精神が湧き上がってきました。戸板女子短期大学を日本で一番の短大に、短大を牽引する存在にしてやろうと。

戸板女子短期大学の理事長と面接した際に「3年以内に短大のトップになる、自信があります」と、プランや想いをお話ししたことを今でも覚えています。

目指しているのは“人”による広報ブランディング

▲ 日本一の短大になること、日本一の短大学祭を目指して、TOITA Fes 2018を学生と一緒につくり上げました

2016年に転職してからこの4年間、私が戸板女子短期大学で行ってきたことは、人による広報のブランディングです。

転職後にまず行ったことは、いきなり来年度のパンフレットを3カ月間でつくること。そこで戸板女子短期大学の特長と特徴をヒアリングし、分解しました。そこで気付いたのは、戸板=キラキラが、学びでもなく学生でもなく、校舎でもなく、あくまでイメージだったことです。

そこで、ストロングポイントであるイメージ戦略は捨てることなく、潜在的な長所をもっと打ち出していくことに注力しました。それが、戸板女子短期大学の入学理由のひとつにある、広報スタッフ「チームといたん」のブランディング化です。

チームといたんは、入職時からオープンキャンパスの案内役として、憧れを抱かれる存在であり、といたんになることは一種のステータスでもありました。

ただし、オープンキャンパス自体が、入学を検討する年間3000名の高校生をターゲットにしたものであるため、案内係の存在を売りにしている大学はあるものの、その魅力を周知している大学は少ないのです。そのため高校生にとって案内係は「来たら居る先輩」でしかありません。

そこで考えたことは、といたんを組織化し、学生主体のチーム編成にすること。総監督、リーダーという制度を引き、役割を明確にしました。またといたんという「オープンキャンパスに来ないと知らないスタッフ」を「オープンキャンパスに居るらしいスタッフ」に、というブランディング戦略をとりました。

2年目の大学案内のなかに、総監督やリーダーは誰なのか、といたんになると得られるもの、といたんのやりがいを初めてパンフレットに記載しました。学生スタッフの役割を大学としてオフィシャルに表現していったのです。

このといたんのブランディングにより「キラキラしている先輩」が何を考え、どう日々行動しているか、といたんとしてのステータスや誇りがさらに増し、さらに学外に対しての「といたん」の認知度が急激にあがりました。

今、様々なところで、戸板女子短期大学が注目されている一番の理由は「オーキャンスタッフであるチームといたんという組織が戸板の強みらしい」というもので、“らしい”の部分に本質があります。

また学生が自分たちの大学を“誇り”に感じられる広報施策にも取り組んできました。たとえばオープンキャンパスで学生によるガールズイベントを企画したり、企業とのコラボレーション施策を展開しました。

特に企業連携ではオープンキャンパスや授業の企画として、すき家とのオリジナル牛丼の開発や、WEGOやサマンサタバサなどの有名企業と大学のコラボグッズを制作するなど、学生の誰もが知っている企業とのワクワクする企画を担当してきました。

その際に大切なことは、こうした企画を行った上で、事前と中間、最後までしっかりとストーリーをつくり、広報することまでパッケージで行うこと。企業の確認をとり、学生から企画の経過などをSNSなどで発信してもらうことも重要視しています。

こうした企業連携の企画を始めてまだ3年しか経っていませんが、戸板女子短期大学でしかできない「企業連携」を広報することで、自分の短大がほかとは違うことしているという意識につながります。それによって自分がしたことを誇りに思い、さらに同級生が体験している、ほかの学科が行っていることすらも自分ごととして戸板女子短期大学を誇りに思ってくれる学生が増えています。

戸板女子短期大学は「広報が上手い」とよく言われますが、それは「人」の表現の幅を毎年少しずつ拡大しているという強みがあるからです。

今年からは、戸板女子短期大学全学生がこの戸板女子短期大学に通うことで生まれる笑顔になれる瞬間、その瞬間のつながりであるキャンパスライフを表現する「TOITA charms」というタブロイド新聞を毎月発行しています。

もっと早く、よりタイムリーに、学生の生き生きとした姿をお届けすることに注力していますので、来年は「戸板さんのような新聞をつくりたい」と言われるといいな、と。また来年の施策として、ほかの大学では一切やっていない、さらに未来に向けた別コンテンツに力を入れていきます。

学生の質が上がっていることもありますが、改めてこれからの大学広報の方向性の主軸は“人”であり「自己表現ができる学生」をいかに巻き込んでいくかが、大学だけでなく、広報マーケティングで重要な要素であると感じています。

仕事に対するモットーは「大きなビジョンと小さな一歩」

▲大きなビジョンを笑う人もいますが、小さな一歩をアクションすることで、必ず「有言実行」してきました

「大きなビジョンと小さな一歩」これは、私の仕事に対するモットーです。

これまでの環境で私は、幸いにも上司や同僚に恵まれてきました。特に、20代と30代のほとんどを社長直轄の企画部署で新事業開発に携わりながら、日本でも有数の経営者の方々と仕事をすることができたのは貴重な経験でした。

その過程でまず私が学んだことは、新規事業を行う上では“大きなビジョン”を自分のなかにつくることが大切だということです。ただし、“大きなビジョン”だけでは新規事業をつくれません。そこに行き着くまでのマイルストーンを着実に考え、遂行すること。そうして初めて“大きなビジョン”は達成することができるのです。

自分はこれまで新規事業を立ち上げてきた経歴から、クリエティブな人間だと思われがちです。しかし、実際にやってきたことは地道な努力の積み重ねです。目標を達成するために小さなWEBマーケティングやデザイン、企画、運用、営業、そのほか、細やかな作業など小さな一手を打ち合わせの場でイメージし、それを実行に移してきました。

日本を代表する優秀な経営者の直下で、そのモットーを見つけることができました。ただそれを社会に還元するまでに、20年かかってしまいました。

自分が学生だったころは、自分の将来をきちんと設計できていませんでした。今の戸板女子短期大学が夢を持ち、進む姿はすごいと思います。なので、今自分が教育の場で働くようになって、学生が自分なりのモットーを見つけられるお手伝いができればと思います。

今の自分のビジョンは、日本一の短大をつくること。

今の戸板女子短期大学の学生には、チャレンジする場や舞台がたくさん用意されています。その上で、いろいろな人と会う、話を聞く、会社に足を運ぶ、WEBニュースを見るなど就職に直結するだけでなく、ピリピリしている現場、真のスペシャリスト、その仕事でたくさんの人の気持ちを動かしているプロフェッショナル、様々なことに触れることで、自分の特性をつかみ、自分の強みや生きていくモットーを探して欲しいと思います。

短大での2年間は、ぼやっとしているとあっという間に過ぎてしまいます。しかし彼女たちが5年後、10年後、あるいは20年かかっても、自分ならではのモットーに行き着くための経験がここ戸板女子短期大学でできるように、自分の経験や想いを少しでも多く伝えて、成長のお手伝いができればと考えています。


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