会社が地元に“通勤”する? テレワーク活用で、企業も地域もみんなが活性化する社会へ

子育てしながらの通勤がきつく退職、サテライトオフィスをつくろうと思ったのは2014年。しかし人脈も資金もなく一度は断念。そして、働き方改革が大きく問われ始めた2016年、いよいよ波が来たと、あらためて実行に移したのがTrist代表・尾崎えり子。ひとりの想いは大きなうねりとなり、地域も企業も多くのひとを巻き込んでいきました。
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子どもが育つのも介護者が生きるのも地域だから、地域のひととのつながりが重要

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▲Trist代表・尾崎えり子
「縁もゆかりもない土地で、誰も頼れる人がいなくて、こりゃキツイなと思った」——。

これはTristの代表を務める尾崎の2013年頃のエピソード。
「きついな」と思った尾崎自身も働くママです。当時、風邪をひいた小さなふたりの子どもを抱え、自分も風邪になり、家族に助けてもらいたくても、夫婦の実家は香川と岡山で、夫も海外出張中。もちろんママ友はいるけれど、風邪の子どもを預けて万一うつったら、相手も大変になることは目に見えています。誰にも助けてもらえない。万事休す。

尾崎 「どうしようもなくて……近所の60代のご夫婦に子どもをみてもらえませんか、病院まで車を出してもらえませんかとお願いをしたんです。すると、なんでもっと早くに頼りにこなかったんだといわれました」

ご夫婦とは普段から、実家から届いたおいしいものをおすそわけする仲。すぐにテキパキと対応してくれました。病院から帰宅すると、夕食をたくさん買ってきてくれていて……。

尾崎 「ホッとして嬉しかったです。私たち世代は、“ちゃんと自分でしなきゃ”という意識がすごく強いし、人に頼るのは『迷惑』だと思い込んでしまっています。でも頼るとラクだし、相手も喜んで手伝ってくれる。それがわかりました」

この体験で尾崎は「母親だけが集まっていても非常に弱い」と実感します。年齢や性別などを超えた色々な人たちに頼らない限り、地域のなかで子どもを育てることは難しい。どんなに職場が子育てや介護と仕事を両立できる環境を支援しても、子どもが育つのも介護者が生きていくのも地域なのだからーー。

自分の経験を活かして働きましょうーーその言葉が一人ひとりの自信を蘇らせる

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▲ライフイズテック株式会社にテレワークで務める小林さん。6年以上のブランクを乗り越え、人事として活躍している(2017年9月の応募時点)
Tristは、長時間通勤が難しく、子どもの近くで働きたいと考えている方(特に母親)へ「都内の企業に所属しながら、自分のキャリアを活かして地元のシェアサテライトオフィスで働く」というスタイルを提供しています。つまり、その人にとってのオフィスが、“地元に通勤してきてくれる”ということです。

特に、Tristが注力するのは無償の教育プログラムです。「マインドセット」「ITセット」「テレワークセット」と3つの基本講座がありますが、なにより大事なのはマインドセットだと尾崎は考えています。なぜならブランクのある母親たちは、驚くほど自己肯定感を失っているからです。

尾崎 「家庭に入って経済的自立がなく誰かに依存して生きるということで自信を失うひとは多いです。自己肯定感が低いと、どんなにスキルを磨いても、それを活用できる、会社に貢献できるという自信が育たない。自分がなぜ働くのかという軸がぶれてしまって、結果的に企業から辞めさせられてしまうなと思ったんです」

大事なのは、スキルやキャリアを最大限に活かすためには、まず自分に自信をもつーー。

そのために尾崎がもうひとつ“必ず”伝えているのは「自分たちがブランクだと思っている期間にこそ、相当な学びがあるはずだ」ということ。そしてプログラムの内容もかなりハードです。それでも働きたいと教育プログラムに挑んできた母親たち。尾崎はつねに「自分の過去のキャリアはもちろんのこと、子育ての経験も活かして働きましょう」という姿勢で接しています。

「お世話になっています」ではなく「おつかれさま」といわれる関係に

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▲2017年11月現在、Tristには27名のテレワーカーがいる
立ち上げから1年経った現在(2017年11月)、Tristは、7社27名の働くママのテレワーク、直接雇用をサポートしています。そのなかで、スタートする前は思ってもみなかったひとつの課題がみえてきました。

テレワークの場合、都内の本社に出社するのは週1〜3回。それぞれの企業や個人の契約で異なります。出社する場は変われども、企業側としては同じ社員として会社の情報もすべて開示しています。ところが「会社の方向性が見えない」と感じるひとが意外に多いのです。

尾崎 「会社のいろんな情報は、実は会議や明文化されたものだけでなく、日々の雑談や隣の部署から聞こえてくる声、会議室から誰と誰が出てきたとか、そんな無意識の情報から軌道修正されているんですね。離れているとそれが感じられない。そのためにある時、いきなり方向性が変わったと感じてしまうこともある」

働いている本人にすれば、これまで自分のやったことは無駄ではないかという不安や不信にもつながります。だから尾崎は、出社時はできるだけ多くのひとたちと話すことを勧めたり、チャットツールや雑談もできる掲示板ツールの導入を企業にも提案しています。

「業務委託先」ではなく同じ会社のメンバーだと認識されることがテレワークを成功させるうえでも重要なポイントなのです。

もちろん教育プログラムのなかでも、チームビルディングについては徹底して伝えています。なぜこのような働き方をしてまで、自分が働きたいのか。また自分の強みを知って他者の強みを知ることや、離れた場所でも組織として働くことの意味まで……。

尾崎 「業務委託先ではなくチームとして一体となって働くとき、重要なのはスキルではなく、スタンスだったりコミュニケーション能力だったり、交渉力だと思っているので、そこについてはけっこう強調しています」

こうした組織のなかでテレワークという新しい働き方を盤石なものにしていく、そのサポートをTristはおこなっています。

ママだけでなく、企業、地域、シニア、子どもたちもみんなが自分を実現できる

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▲Tristのイベントやスクールの風景
この企画を考えはじめた頃、尾崎がよくいわれた言葉。

「二番煎じ感が強い」
「大手がもうやっている」
「クラウドファンディング程度では、うまくいかないよ」
「ママってパートで2〜3時間働けたら満足なんじゃないの?」

どれも厳しい言葉ばかり……。でも「だからこそ闘志が湧いた(笑)」と尾崎はプラスにとらえています。

尾崎 「子どものいる男性を“パパ”という属性で一括りにできないように“ママ”もみんな同じではない。いろんなキャリアや価値観を持っています。だから、誰もが自分のやりたいことを実現できるように……そんな想いを企業の方に共感してもらって、一緒にそういう世界をつくっていこうといっていただいたときは嬉しかったですね。
日本マイクロソフトの執行役員 スサンナ・マケラさんは、『あなたの娘さんが大きくなった時、あなたが何を成し遂げたのか、想像さえできないような社会にしましょう』と言ってくれました。
ブランクのあるお母さんたちにとってマイクロソフトのExcelやPowerPointが再就職の障壁になっているのであれば、それをマイクロソフトが後押しすることが、どれだけ勇気づけられることかーー。マイクロソフトと一緒にやることに価値がある、私自身、それを強く感じましたね」

“ママ”というだけで、その可能性をすべて切り捨ててしまうのは企業にとっても日本にとっても惜しいことーー。その可能性をもっと活用しないともったいない。この想いはTristの根幹でもあります。

地道な活動が実り、多くの企業が新しい働き方に賛同し、Tristを通じて活躍する方が増えています。そのうえ“ママの活躍”以外にも大きな成果を生み出しました。それは、「待機児童の解消」と「地域活性化」です。

長時間の通勤があると、家の近くの保育園にしか預けられないですが、自転車で通勤できる距離であれば、家から遠くの保育園に預けることも時間的に可能になり、駅近の保育園の待機児童にならなくても済みます。

また地域の方も、おばあちゃんが子どもを預かってくれたり、高校生たちがカフェをひらいて子どもたちの面倒を見てくれたりなど、お母さんたちが自分の時間を過ごせるよう、さまざまな形で地域に関わってくれています。

2017年現在、テレワーク施設を検討中の自治体や政治家、地元団体など全国からTristへ問合せが後を立ちません。私たちは、視察も多く受け入れています。

尾崎 「二番煎じといわれたときに感じたのは、確かに全国にたくさんハコはあるけれど、ハコに命を吹き込むのは人(ソフト)、と確信していました。そのハコで、どんなひとが、どんなふうに働くのか。その領域はまだ答えが出ていないと思っていたので、すごく面白いと感じて、なんとか制覇したいなと(笑)」

今後について、尾崎はとんでもない野望をもっています。

尾崎 「シェアサテライトオフィスを小・中学校の空き教室でできないかと。もしシェアサテライトオフィスが教室の横にあれば、子どもたちも自然とこういう働き方が当然なんだと思いはじめる。隣の教室にエンジニアがいたり、Skypeで海外とやりとりしていたり、働くことが身近にあれば、何のために勉強するのかも理解しやすいと思うんです」

社会と学校の価値観の乖離を変えていきたいーー。これが、尾崎のさらなる野望なのです。

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