立ち上げ6年で国内最大級の楽曲流通量。TuneCore Japanのこれまでとこれから

日本の文化を世界に――。Wanoグループが描くこのビジョンを、音楽の分野で最も体現するのが、音楽流通サービスを提供するTuneCore Japan。代表取締役の野田威一郎が米・TuneCoreを口説き、ジョイントベンチャーとして立ち上げました。野田と取締役の吉野拓人が当時を振り返ります。
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大学入試で隣に居合わせたふたりの帰国子女が盟友になるまで

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▲学生時代の野田(写真 左)と吉野(写真 右)。ふたりは、大学入試のときに出会った

TuneCore Japanは2012年にサービスを開始した、アーティスト向けの音楽流通サービスです。iTunesやAmazon Musicをはじめ、国内外の音楽配信プラットフォームへの楽曲配信・管理を一括で行うことができるツールとして、アーティストやレーベルが利用しています。

Spotifyなどのようなコンシューマーに楽曲を配信するサービスではなく、なぜアーティストに寄り添ったサービスを展開しようと思ったのか?それは、野田が学生時代に出会ったクリエイターたちの影響が大きかったといいます。吉野もそのひとりでした。

野田 「タクトと最初に出会ったのは大学入試のときでした」
吉野 「高校までぼくはカナダ、威一郎は香港で過ごして、日本で同じ大学の帰国子女入試を受けていたんです。名字の 50音順で席が並んでいたんですけど、隣にヒマワリのネクタイをしたやつがいるなと思って。それが気になって声かけちゃったよね(笑)。
日本に友達がいるわけでもなかったので、そこから自然につるむようになって」
野田 「ぜったいヒマワリじゃなかったと思うんだけど……(笑)。とにかく、最初はひょんな出会いでしたが、当時からヒップホップのグループでラップをしていたタクトと、あるとき作業部屋をシェアするようになったんです。
タクトは DJブースや MTRを置いてアーティスト活動、ぼくは個人事業主のような形で手がけていたデザイン・印刷の事務所っていう感じで」
吉野 「まあそこも、本当は別の友だちが住んでいた部屋を占領したのが最初だったんだけど……。でも同じ空間でそれぞれのことをやっていたので、一緒に CDをつくったりとかもできたんです。自分たちのファースト CDのジャケットを威一郎がデザインしてくれて」
野田 「それがルーツですよね。メジャーではなく、個人で音楽をやっているアーティストがどうやって活動しているのかがわかってきて。実際タクトたちのグループと一緒に CDの制作にもかかわったので、アーティスト側として一緒にやっているという感覚もありました」

その後、大学を卒業すると、野田はアドウェイズでIT・Web業界でのキャリアを歩み始め、吉野はアーティスト活動をつづけることに。毎日のように会っていたふたりも、一度は別の道を歩みました。

「TuneCoreみたいなのやってよ」を実現させ、再びオフィスを共に

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▲野田はTuneCore社と交渉するため、アメリカを訪れた

ふたりが再び同じ方向を向き始めたのは、野田がアドウェイズを退職し、Wanoを立ち上げてから。「音楽を主軸にしていきたい」という想いがあった野田は、アーティストが必要とするサービスを調査していました。

野田 「ぼくは IT業界で働き始めたので、音楽仲間から見ると一線を引かれたように思われていたのかもしれません。でも、自分ではずっと音楽を生み出すアーティストに近いところで事業がしたいという気持ちがあって、ITと音楽の架け橋になりたかったんです。
そこで、タクトを始め、昔から知っていたアーティストに、今の音楽で流行っていることやどんなものが求められているかをヒアリングする市場調査のようなことをしていました」
吉野 「ちょうどそのころ、ぼくの方はソロで曲を出そうと思っていました。だけどグループでやっていたころと違って資金面の持ち出しが大きすぎるんです。アルバムひとつを 2000枚出そうとすると 200万円くらいかかったんですが、なかなかリスクがありますよね。
そんなときに威一郎から話を聞かれたので、『海外には自分たちで楽曲を配信できる TuneCoreっていうサービスがあるんだけど、日本でこういうのできないの?』って話をしたんです」

ヒアリングを経て、アーティストが抱える課題と、自分がやりたかった事業との交点が見え始めました。

野田 「こういう音楽を流通させる中間の立場のサービスをつくる場合、アーティストと配信プラットフォームどちらのつながりもないところからスタートするのは相当大変です。
また、楽曲を配信するには、書籍などと同じようにひとつずつ固有のコードが必要です。それを発行するにも業界団体に加盟しないといけない。
こうした最初の壁を早くクリアしてアーティストに使ってもらうことと、いろんな情報を勉強させてもらう、世界基準を学ぶことも含めて TuneCoreに交渉したんです。最初はライセンス契約をもちかけましたが、結果的にはジョイントベンチャーを立ち上げる形になりました」

「交渉自体はそんなに難航することもなかった」と野田は当時を振り返ります。本国のTuneCoreはまず英語圏や隣接するヨーロッパに拡大する戦略でしたが、日本の音楽市場の大きさや、それがオンライン化したときの可能性を野田が伝えたことで、納得してくれました。

こうして2012年2月、TuneCore Japan株式会社が立ち上がったのです。

一方の吉野は、サービスの実現化に驚きを隠せませんでした。

吉野 「 TuneCoreのことを教えてから 1年たたないくらいですかね。本当にやると言われてびっくりしました。
その話を聞いて、『これはサポートしたい』と思って。一緒にやらせてくれと頼んだんです。当時はアーティストをつづけていたし、サービスの立ち上げ経験があったわけでもないので、迷ったり悩んだりした部分もありましたけど……。
音楽の流通というと、確かに音楽を聴く側からすると大したことないかもしれないけれど、アーティストとして使う立場としては絶対に必要なサービスだなと思いました」

立ち上げ後に直面した壁。それでも自分たちのオリジナリティを追求した

ジョイントベンチャーとしてTuneCore Jananを立ち上げたものの、システムはイチから構築する必要がありました。

野田 「本国のサービスをそのまま持ってくることも検討したのですが、日本語で動く環境や決済方法などの問題を考えると、オリジナルで開発する必要があって……。そこで、日本独自の開発チームでサービスをつくり上げてきました」
吉野 「そこに自分も関われて本当によかったと思ってるし、めちゃくちゃいろいろなことを学ばせてもらいました。かなり大変でしたが、日本ならではのアーティストが登録した楽曲の “事前審査機能 ”を実装したりもしました。きっと本国のエンジニアには理解されない機能ですね(笑)」

こうして、約7カ月をかけ、サービスが完成。しかし、実際にサービスを始めてみると、アーティストと配信先の受け入れ体制に大きな差があることに気がついたのです。

吉野 「アーティストに対しては、自分の横のつながりもあったので、サービスを理解してもらいやすかったです。これからはこういう可能性がある、希望が持てるよと伝えて。
個人でも使えて、作品をフレッシュなうちに数日で世界中に配信できるというサービスなので、アーティストに対してのアプローチはうまくいきました。しかも、収益の 100%が支払われるって今まで聞いたことがなかったですからね。フェアで透明なサービスなんですよ」
野田 「大変だったのは配信先を説得することでしたね。Amazonや Appleなどグローバルなものについては、本国の TuneCoreとの契約の延長で進められたけど、日本のプラットフォームはイチから開拓しないといけなくて。
しかも、事情や考え方がまったく違うんですね。日本では彼らが知らないアーティストの楽曲を配信をすることに対して『ストアとしてのブランド価値が下がる可能性がある』というリスクをまず考える。
アメリカだと配信楽曲が増えるというポジティブな効果から考えて、まず配信する。リスクに対しては何か問題が起きたら考えるという姿勢なんです。
でも、日本だと最初にまずリスクのない状態にしないと話が進まないんですよね」

そうしたなかでも、地道に交渉をつづけたふたり。サービスのローンチから数カ月後に、ようやく1社から「事前の審査を通せば可能」という返事をもらいます。

野田 「事前審査はサービスの思想という意味ではアーティストにとってベストな形ではないけど、日本の配信先がひとつもないのも問題だったので。
最初はその条件で合意して、長いところだと交渉してから導入まで 1年半くらいかかったプラットフォームもありました。本当に少しづつ開拓していった感じでしたね。
徐々にサービスを使うアーティストも増えて、提携先のプラットフォームも増えて……6年たった今は、配信先も 40サイト 185カ国まで増えました」

世界への道は、限られた人だけのものではない。そのための架け橋になる

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▲世界中の人たちが、日本のアーティストの曲を聴いているーーそんな状態をつくり出したいとふたりは語る

アーティストの活動をテクノロジーで支援し、国内はもとより世界への可能性を提供しつづけている野田と吉野。2019年3月現在、TuneCore Japanを経由して60万曲が世に配信され、月間の楽曲流通量では国内最大級のサービスへと成長しました。

次にふたりが見据えるのはどのような世界なのでしょうか。

野田 「ずっと言っているのは日本のアーティストを世界に届けること。日本のアーティストが国内だけじゃなくて世界のリスナーを見て活動して、結果として海外のチャートに入っていく。
世界中の人が普通に日本のアーティストの楽曲を聴いている、という状態をつくっていきたいですね。そうすると、日本人ももっと海外の曲を聴くようになる。日本のアーティストも世界と競争することになるので、経済規模も広がるし、世界の曲づくりを学ぶことができるし、日本の音楽業界全体がさらにレベルアップするはずです。
たとえば、KOHHさん(世界を舞台に活躍する日本のヒップホップアーティスト)は、TuneCore Japanをきっかけにして世界でも注目されるようになったアーティストのひとりですね。彼がひとつのロールモデルかなと思います」
吉野 「もちろん、全員が KOHHさんのようにならなくても、そういう夢や姿勢を見せてくれる存在が常に出てくるようにはしたいですね。そのためにも、常にアーティストの視点に立って、アーティストがほしい・必要な機能を開発して、サポートしていくことが大切だと考えてます。
最近だと、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)というアメリカの音楽や映画、テクノロジーをテーマにしたイベントで、日本のアーティストが出演できるライブイベントを TuneCore Japan主催で開催しています。そうした世界に日本のアーティストをアピールしていく活動をもっとできたらいいですね」
野田 「サービス開始から 7年目に入り、今はインターネットですぐに自宅から世界に飛び出すことができる時代になっています。アーティストから見たら年上で肩書きもあるぼくたちじゃなくて、世代の近い若い子たちに常にアンテナを張って、時代にあった若い感性を発揮してもらって、今のアーティストに刺さるサービスにしていきたいです」

ふたりが見据えるのはあくまでも世界。国内でメジャーになってから世界を目指すような、“限られた人だけの道”ではなく、誰もが世界を舞台に活躍できる時代へ。その架け橋として、TuneCore Japanがアーティストに寄り添ったサービスでありつづけるために、挑戦はつづきます。

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