会社から「欲求を排除しない」から働きやすい──社長の肩書きさえ捨てた僕の考え

企業のデジタルマーケティング戦略やデジタル基盤をサポートする「デジタルソリューション」を提供する株式会社ユヒーロは2001年の創業。一時は事業が停滞期に……。そこで向き合ったのは「逆張り思考」で生まれた経営資源管理システム「UFS」でした。その実験と効果を、代表取締役の伊藤寛之が自身の言葉で語ります。
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会社経営の逆境から見出した、逆張り思考の経営資源管理システム

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▲社員集合写真(前列中央が代表取締役の伊藤寛之)
僕たちユヒーロは2001年に創業しました。今の会社にいるコアなメンバーは大学時代のオーケストラ仲間が中心です。その仲間が10名ほどいて、かれこれ15年、20年と付き合っていくなかでも離れずにいてくれているおかげで、現状を維持できています。

とはいえ、ここまで(2018年)の歩みで、その均衡が崩れそうになったことは何度もあります。特に20代から30代前半は食べていくのがやっとで、がむしゃらでした。30代後半に入ると、自分の実力が伴わずに会社が成長させられないジレンマを抱えていたこともあります。

大手企業との業務提携などで、無理して請け負う業務を増加させて成長したものの、メンバーの疲れた顔を見るたび、自己嫌悪にも陥りました。疲弊から人員不足となり、それ以上に新たな仕事を受けることもできず、売上は減少してしまったんです。すると、会社としても停滞する。何のために自分は会社経営をしているのか、全く意味がわからなくなってしまいました。

その他にも課題は山積みなわけです。そんなときに至ったのは、みんなのためはもちろんのこと、まずはそもそも自分が「チヤホヤされたい」と(笑)。一般論ですが、社長業というのはなかなか人に認められにくいものです。でも、仕事や社会、生活の中で、人はそもそも認められていたいし、チヤホヤされていたいものじゃないですか。

だからこそ、自分らしいやり方で褒められることをしよう、と。あえて責任を押し付けるような言い方をしますが、先達の経営ノウハウをまじめに踏襲した結果、自分は事業を成長させられなかった。だからこそ、そこから逆張りに、真反対に動いてみようと思ったんです。

たとえば、「事業の成長と共にオフィスは徐々に大きくしていくべし」という定石は、僕らにとっては頑張ってオフィスを大きくした結果、ずっと人が埋まらないままでオフィス費用が垂れ流されていた結果を生んだ。そういう一つひとつのことに疑問を持つようになりました。

色んなことを逆張りでやってみて、その代わりに自分がやりたい経営や事業に対して「技術」を染み渡らせていくことに専念しようと思いました。そこで僕がひとりで作りはじめたのが「UFS」という経営資源管理システムです。

UFSは"Uhero Firm Suite"の略で、持続的に発展でき、新しいビジネスモデルを創り上げていく「ユヒーロファーム構想」の基盤システムとなるものです。ひとつのビジネスモデルにおいて、企業やチームの枠を超え、適切な人材を集める企業モデルの構築を見据えています。

世の中に広まる「正しさ」に疑問を向ける、UFS

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逆張りで動く最中で、僕は世の中で「正しい」と言われるような行動指針が"蔓延している"と感じました。それに従って活動していると、生み出した成果や付加価値が何なのかはクリアじゃないけれど、それなりに納得してらえるという状態になります。

でも、それでは会社や事業を大きくしていくことは難しいと至りました。そこに至るまで5年間かかりましたが、そういった「認知のバイアス」や「正しさを身にまとっていた自分との決別」をしていくことに決めたんです。

その一歩として、僕は気の赴くままに、稼働報告、プロジェクト管理、会計仕訳などがわかる仕組みをGoogleスプレッドシートを使って開発しはじめました。出来上がったのは、UFSの基礎となる、稼働時間と工程ごとの賃金を紐づける仕組みです。

ある社員が何かしらの事情を抱えたり、要望を持ったりした場合に、同調圧力をかけて抑えるのではなく、あえてその事情や要望を汲み入れることで、すべての社員に適用できる新たな仕組みにできないかと考えました。社員が誰でも、働き方を主体的に選択できることを目指しています。

そこからは会社のフェーズや状況、あるいは自分の考えたことなどを込めて、UFSをアップデートしていきました。

UFSは、会社をマネジメントするためのツールというよりは、僕が何かを考えた結果を、言葉で伝えることはもちろんのこと、テクノロジーでメンバーへ伝えるための表現手段なんです。

テクノロジーを使って表現することは、僕にとって自然なことでもありました。僕の父はIT企業を創業していた過去があります。「日本タイムシェア」という現在の派遣業界の基礎をつくったような会社です。コンピューターが日本で使われ始めた黎明期でしたが、父は日本企業の営みの中へ、いかにコンピューターを導入していくかを考えていました。僕は父の姿に憧れ、小学校の卒業文集に「将来の夢は社長」と書いていたほどです。

大学生になったのが1996年で、コンピューターが個人でも手の届く価格となった、Windows 95の時代。進学先の大学にも高性能なコンピューターが多く、ウェブ関連のプログラミングやパソコンいじりをしているような大学生活を過ごしました。

卒業後はIT関連の会社に勤めたんですが、結果的には1年間しか勤めませんでした。自分が大学で学んでいたことと、現実社会の営みに大きなギャップを感じて、勤めて3ヶ月くらいで会社の代表に「こんな会社だったら、自分がやった方がマシな会社が作れる」と言ってしまいました。今となっては恥ずかしい勘違いなんですけど……父にも「せめて1年はいろ」と言われ、きっちり勤めた後に、2001年7月にユヒーロを興すことにしたんです。

現実社会や企業の営みに、いかに技術を、テクノロジーを染み渡らせていくか。それは父の姿からも学び、僕自身の使命としても、大きな存在感を放つ考え方でもあります。

社員の「生活・仕事・生き方」を、会社が一緒になって選択していく

UFSの話に戻りますが、アップデートのプロセスとしては、PDCAではなく"OODA"のフレームワークを取り入れています。Observe、Orient、Decide、Actの順に流れるものですが、要は計画を持つことよりも観察しながら気づいたことを吸収して、次につなげていくという営みですね。

2011年の東日本大震災以降、僕らとしても「生活・仕事・生き方」に対峙せざるを得ない状況を迎えました。それに伴い、社員が思う「個人としての生き方」を、ユヒーロが一緒になって選択していく事例が出てきました。

たとえば、マレーシア出身のあるディレクターは、日本滞在を心配した家族から帰国するように言われますが、彼女は日本が好きで、日本で働くことを望んでいました。ただ、「家族にも心配をかけたくない」という意向を尊重して、 年におよそ3ヶ月間は帰国しながら勤務するスタイルに切り替えました。そこで在宅やリモート勤務でも十分にコミュニケーションを取り、結果を出せると体感しました。

UFSも進化し、財務状況や経営判断が可能なデータを、入力から出力まで一貫して管理できるようになりました。リアルタイムで必要に応じたデータを出力でき、経理と現場担当とのコミュニケーションのタイムラグがなくなったんです。どこからでもアクセスできたことにより、社員は場所を選ばず仕事ができ、スケジュール内であれば成果物がいつ仕上がってもよい状況が構築できました。

さらに、誰が、いつ、どこで何のプロジェクトに関わっているか。さらに、その売り上げまで可視化され、工程ごとの賃金、メインプロジェクトでの稼働の他、支援者としてかかわった場合の稼働も記録し始めたんです。個人が生み出す価値の「見える化」、不要なコストの削減、組織ヒエラルキーの見直し、個人裁量で主体的に働ける環境を目指すものです。

仕事が可視化されたことで、オフィスは必ずしも必要なくなりました。引っ越しをして、家賃や交通費といった大きな固定費も2年間で50%削減できました。さらに、1日8時間の勤務時間は、個人の生活に合わせて使えるように切り替え、また個人が評価されることで継続的な受注につながることが見えてきたため、マーケティング活動もやめてしまいました。

これは僕の気持ちの表れでもあるのですが、「社長」という肩書を外して、代表取締役だけにしたんです。

経営判断の場であってもトップダウン型の役割を担うのではなく、常に社内の全プロジェクトの資源をリアルタイムに追いながら、調整を続ける「システムアーキテクト」のようになりたいと思ったんです。地に足を付けて資源運用をしたい、というような。

他にも、個人の稼働に対しての売上から、バックオフィスの業務などをサービスフィーとして個人が支払う構想もあります。よりいっそうUFSの精度を上げながら、近い将来の実現に向けて 動いていきたいですね。

「ワークインライフ」を実践するからこそ、社員が定着する

今、世の中が「不寛容」になっているじゃないですか。

関係性が複雑になって、自分が生きてくうえで認められなさそうなことにストレスを感じ、そのストレスをぶつけられるはけ口を探している。ただ、ユヒーロのメンバーにとっては、そういう「認められなさそうなこと」をさまざま言ってもらえたらと思っています。僕が矛先になっておけば、みんなが心穏やかに仕事がしていられるように(笑)。それは僕ができる、面白い価値の提供の仕方だなって思っているんですね。

ユヒーロは「ワークインライフ」を掲げています。

生きていく中での仕事の在り方を唱えていきたい。そのときに必要なのは、仕事を通して湧き出てくる欲求を、素直に交換しあうことではないかと。言い換えれば、人間が持っている欲求を会社から排除しないカルチャーです。

仕事や会社が生活の一部になっているからこそ、居心地の悪さも起きにくい。僕らが社会的な生き物である以上は、居心地の良い社会的な範囲があると思っていますが、その範囲の中で会社を認識してもらうことが大事なんじゃないかと思います。

先日、メンバーが「なぜ私たちはユヒーロを離れないのか」と話し合ったそうなんですが、明確な答えは出なかったそうです。ただ、それぞれが「自分自身をそのまま受け入れてもらえている」という感覚がある共通点が見えました。個々の特性を活かし、お互いのことを気遣い、理解しようとする積み重ねの居心地の良さがあると言っていました。

ユヒーロという社名には、「あなたをヒーローにしたい」とか、「あなたのためのヒーローでありたい」といった由来があります。僕はその中で、自分だけを主人公にするのではなくて、自分に関連する仲間たちが主役になっていくような世界が作れないかなと思って、この会社をはじめたんです。

そこへ立ち戻り、自分が葛藤した30代後半、そして自分が身にまとってしまったものとの決別が、このUFSを通じて表現できていることは、僕としても面白いことだと思っているんです。

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