愚直に、素直に、まっすぐに──PS課の“台風の目”を突き動かす想い

求人広告掲載に関する出稿のサポートや掲載中のフォローを行うパートナーセールス課(以下、PS課)。UT・キャリアの立ち上げ当初、川村拓司社長や鈴木けんすけ常務取締役COOが担当していた企業や、社外顧問・長くお付き合いのある企業からのご紹介などによって行われています。今回紹介するのは、そんなPS課をけん引する八幡美智です。
  • eight

責任感の強さはアルバイト時代から

0c0c6bbdf6fc86cf6af0e4f0d64018c53758f313
▲一緒に頑張ってきたアルバイト時代の仲間たち

子どもの頃は両親から厳しくしつけられたと言う八幡。

人に対して感謝の言葉を忘れてはいけない、迷惑を掛けてはいけない。バスの運転手さんやレジのお会計など、小さなことでもあいさつをすること。人とは目を見て話すこと。そして、人を不快にさせないこと。

そうした教えは、“対 仕事”になった時にお客様に喜んでもらいたい・役に立ちたいという想いにつながっていきます。

八幡 「高校 1年生からアルバイトを始めて、仕事の責任の重大さやお客様からお給料をいただいているという意識を学びました。最初はホームセンターで 2年、大学進学が決まって掛け持ちしながら始めたカフェ定員は、大学を卒業するまで続けました。
常連のお客様とはご飯に連れて行っていただけるくらい仲が良くて、チームワークも環境も良くて、『うちのお店が 1番!』とみんなが思っていました。店長が厳しいからこそ結束が強くなって、お店が大好きだから頑張りたい!という想いでしたね」

バイトリーダーとして時間帯責任者を務め、店舗としても関西では売上2位になったことも。週5回、1日7時間働きながらも就職活動をしていたと言います。

八幡 「就職は別の道を目指そうとしていたんですけど、最終面接で落ちてしまって……。そんな時に働いていたカフェを運営している企業の公募があったので新卒採用を受けることにしました。
アルバイトから正社員登用してもらうこともできたかもしれないけど、本部社員の方やいろんなお店の店長も知っているし、知り合いがたくさんいる中で甘えるのは違うなぁ、と。ほかの新卒の子と一緒に、段階を踏んで採用されるのが筋だと思いました」

入社後はさまざまな店舗を回りながら店長試験を受け、店長不在の店舗があれば店長として配属されます。1度配属された店舗にもう1度配属されることはないという暗黙のルールがある中、研修で初めて配属された店舗の店長に就任しました。しかし異例のことに喜んだのもつかの間、大きな壁が立ちはだかります。

八幡 「私が店長になったばかりの頃に昼も夜も入れるベテランさんが 5人も辞めることが決まってしまっていて、残ったのはふたりのベテランさんと入って間もない新人バイトさんばかり。お店の立て直しからのスタートでした。
人員の募集をしなきゃいけないし、スタッフ全員が満遍なく業務をできるように開店から閉店まで付きっ切りで教えて、月に 5日休みがあればいい方でした」

休みの日でも、マシントラブルやスタッフの数が足りないので回らない、明日の仕込みができないと連絡が入ることもしばしば。始発に乗るために4時半に家を出て、6時から開店作業をし、閉店作業をして24時に地元に着いて歩いて帰る。1日2時間しか寝られない日々が半年もの間続きました。

自分を犠牲にしている人の架け橋に──人材業界の営業職という選択

D2c8a9506fc501a9c59adaab0ec8686764d972c3
▲責任感の強いスタッフを育て上げ、開けた新しい道

そんな日々を過ごす中で光が見えてきたのは、休みの日の呼び出しがなくなり、新人スタッフを入れても既存のスタッフが面倒を見てくれる環境に変わった頃。

八幡「頑張ったなと思うのは、中堅層に一連の仕事をできるように教えていったことと、一気に 10名採用して新人スタッフと既存スタッフをペアリングして教育できる体制にしたことですね。そうしているうちにみんなが育ってくれて、ふと『私がいなくても自分たちでお店回せるようになってる』と気付いたんです。手取り足取りこの子たちに教えなくても、もう安心して任せられるようになったなって」

体制を変え、スタッフを育成してやっと店舗が健全に回るように。そうしてやっと八幡はふと立ち止まり、周りを見渡すことができたのだと言います。

八幡 「そろそろ新しいことをやってみたい。外の世界を見てもいいんじゃないかって思い始めました。そのきっかけになったのは、長く勤めてくれていたパートの方が『正社員で夢をかなえたい』と退職されたことです」

プライベートな事情もあり、関東の店舗へ異動。働きながら転職活動を始めました。彼女が人材業界を選ぶきっかけになったのは、その時に登録した求人媒体のエージェントの存在です。

八幡 「それまで転職したことがなかったので、初めて求人媒体に登録しました。その媒体のエージェントの方が、『お客様が好き。得意なことがやりたい。でもまだ辞められない』という私の悩みを聞いてくれました。
定期的に『どうですか?』って親身に連絡をくださって、『今はまだ辞められそうにありません』と話すと、『状況を見よう』と言ってくださったんです。強引に動こうとするのでなく、こちらの状況とかを考えた上で引いてくれたことに感動しました」

自分に親身になって寄り添ってくれた、求人媒体のエージェント。その姿に八幡は、“なりたい自分”を見ました。そして、さっそく行動を始めます。

八幡 「私は人を採用することを経験してきたし、『仕事が好きだから』と自分を犠牲にしている人ってたくさんいるんだろうな、そんな人の架け橋になりたいなと思って。人材業界に興味を持ち、企業を探し始めました」

さまざまな人材系の企業がある中でたどり着いたUT・キャリア。応募した求人原稿は事務募集でした。

彼女が事務募集を中心に探していた理由は、土日祝日が休める・定時で帰れるという点から。しかし、入社当初の職種は営業です。なぜ、事務募集から営業に変わったのか。それには理由がありました。

八幡 「当時の面接官の方から『 3年後、5年後、10年後どうなっていたいか』っていう質問をされて。『 3年後は結婚したい。5年後は両親に車を買ってあげたい。10年後は奨学金を返済し終えたい』と、夢をワクワクしながら語ったんです。
今までの経験やお客様が好きだというお話しもしました。すると、『前職で培ったコミュニケーション能力もあるし、動かずにはいられない性格でしょ? 夢をかなえるなら稼げる営業の方が良いと思う。お客様を大切にしたいという想いは社長も一緒だよ』というお話をいただいて。それを聞いて、営業で頑張ってみよう、いい会社だなと思いました」

数字より、人と向き合いたい──模索する中でたどり着いたPS課

A735cc5ed42a336fce00fb2cf115d0a6f6791f38
▲PS課立ち上げ時に声を掛けてくれた鈴木常務と。今も感謝しかないと言います

面接官の後押しもあり、2018年1月に「UT・キャリアの八幡美智」が誕生しました。ですが、テレアポや訪問、提案書の作成、売上の達成目標などの日々の業務のどれにも数字が付きまといます。初めて経験する営業職は、とまどうことばかりでした。

やりたかったことと、やっていることとのギャップを感じていました。そうして、数字をつくることよりもお客様の力になれる仕事がしたいと思い始めた頃、お客様に寄り添うPS課の立ち上げメンバーとして抜てきされたのです。

お客様への求人広告掲載開始前・掲載中・掲載後まで、徹底的なフォローをすることを全営業メンバーが意識していることは当然ではあるのですが、PS課はその中でも「徹底伴走のスペシャリストチーム」と言えます。社長や常務、社外顧問の大切なお客様を専門的に担当する、社内でも大きな役割を担っているのです。

八幡「PS課をやってみないかと声が掛かった時は、数字を追う営業の仕事に悩んでいたので正直救われたと思いました。感謝の気持ちしかなかったし、自分のやりたいことができるって期待もあったので、ふたつ返事で決めました」

しかし、営業職を経験していたとはいえ、PS課で接するお客様は八幡にとってはほとんど未経験に近しいレイヤーの方ばかり。初めは苦労もあったと言います。

八幡 「 PS課に変わってからは、代表や役員レベルの方との商談がメインになるので、初めのうちは何をしたらいいかもわからず、依頼されたことを淡々とこなしていました。社長や常務から少しずつお客様を引き継いでいただいて、私が直接対応するようになってからは、『対 人だな』って思うようになりました」

これまでもずっと人と接することが好きだった八幡。だんだんと業務に魅力を見出していきます。

八幡 「 UT・キャリアがずっと付き合っていく企業をお手伝いするから、腹を割って話せる関係性が築けるようになって仕事に対して恐怖がなくなってきました。できること・できないこともストレートに伝えられるようになって、知っていることを伝えられることをやりがいに感じています」

そして、企業とのコミュニケーションを深めていく中で営業時代から行っていた業務に対する理解も深まりました。

営業時代は先輩の見様見真似で、原稿のチェックや打ち出し方やチェックの仕方も自己流で行っていた掲載前のフォロー。現在は少なくとも週4回は付きっ切りで取材同行する中で、ディレクターの話を聞きながらトレンドの打ち出し方やカテゴリー選択の重要性、入社後のミスマッチが起こりにくい原稿のつくり方を学ぶことで自分の強みに変えられたと言います。

2019年4月まではリーダーと協力して育ててきたPS課ですが、社内異動があった5月はサポート役がいるものの、商談・振り返り訪問・原稿チェックなどのメイン業務を実質ひとりで行うこととなりました。その状況で、さらに月間売上目標1500万円が設定されます。

八幡「ひとりになると決まった時は『やるしかない。やらなきゃ会社もお客様も困る』という想いしかありませんでした。それまでは 1カ月の目標 1000万円をふたりで達成すれば丸だったところが 1500万円を目指すことになって、初めは不安だらけだったんです。
でも、読みの整理を細かく行って、トータル 1000万円を超えたくらいから『行けるかもしれない』と一息付けました。気を張り詰めてた部分はもちろんあったけど、最後の 2日間はできるっていう自信しかありませんでした」

初めてメイン業務をひとりでこなさなければならないという逆境。しかし、実際業務に着手してみると、さまざまな人が協力してくれたのです。

八幡 「社長や常務がご紹介してくれた軸になるお客様が助けてくださったので、自分ひとりの力で稼いでいるとは思わなかったですね。すぐにお申込書を返送してくださったお客様や、私の業務をサポートしてくれた同じ部署の方など、陰で動いてくれた方のおかげです」

5月最終日、常務と商談に行った際の『大丈夫。俺がなんとかするから安心して』という言葉は八幡の大きな支えになったと言います。その日の追い上げはすさまじいもので、終わってみれば目標の1500万円を超えて、トータル1935万円の着地。これまでの顧客伴走が結果になった瞬間でした。

社長賞に昇進。誰もが認める推進力

Ae52a805e12ed4b58e7abb881828ef62191197d4
▲2019年4月開催のキックオフパーティーでは社長賞を獲得

2019年度の創立記念・キックオフパーティーではこれまでの頑張りを評価され社長賞を獲得、7月にはリーダーに昇進しました。彼女が認められた理由には、周りを巻き込んで会社を良くしていく推進力にあります。

2019年に入り月1回程度行われている「良くする会議」。就業時間後に社内フリースペースでお酒を飲みながらみんなで意見を出し合い、会社を良くしていこうという社内行事です。良くする会議が生まれたのは八幡と上長の何気ない会話からでした。

八幡「リーダー以上の役職者の会議はたくさんあるけど、役職のないレイヤーの意見って会議に上がることはないんだなって思っていて。会社を良くすることをみんなで話し合える場があればって話をしたのがそもそもの始まりです」

UT・キャリアの求人に応募してくださった方の中には、『SNSで見て興味を持ちました』と、良くする会議を志望動機として挙げている方も。しかしそれは予想外の幸運。八幡もまさか会社のPRにつながるとは思っていませんでした。

ですが、それでも八幡はまだ良くする会議は完全な形ではないのだと考えています。より誰もが気軽に言える場になるように、そのためには──。

八幡 「現在は私をはじめとするファシリテーターが開催までの準備や進行を中心に行っているので、参加者側のメンバーで企画運営を率先してくれる方を増やしたいですね。営業会社だから稼いでいる人の意見が強い! ではなく、みんなが同じ方向を向いて意見を楽しく言い合える場にしていきたいです」

それだけではありません。八幡が目指しているのは女性社員がさらに輝ける場であったり、コミュニケーション向上のために本社をワンフロア化すること、どの支社に行っても活躍できる会社にすること、右腕をつくること、PS課を大きくすること……。

語り切れないくらい改善したいことや挑戦したいことがある中、常に先の未来を見続け、誰かのために奔走する姿はアルバイト時代から変わっていません。

これからもその推進力で周りを巻き込んでより会社を大きくしていく──。そんな“台風の目”であり続けるのでしょう。

愚直に、素直に、まっすぐに。当たり前のことを徹底する──。それが「私の仕事に対する軸」と語る八幡の瞳には、大切なお客様と一緒に戦ってきた社員を幸せにする未来が写っています。

関連ストーリー

注目ストーリー