建築ではなく、調理の道を選んだ理由

▲企画/運営に関わったDEAN & DELUCA CAFE 青山店にて

大学で住宅や施設の設計を学んでいた酒井が食に興味を持ったきっかけは、学生時代の一人暮らしの経験でした。一人暮らしを始める際に母から「週に1回だけでもバランスの取れた食事をしなさい」と言われ、大学と並行して婦人之友社主催の生活講習に通います。

酒井 「内容は料理教室だけではなくて、献立のつくり方・アイロンの使い方・染物の方法など、生活に関わる幅広い内容の講習で1年間のプログラムでした。内容によっては海外から講師の方が来ることもあり、とても学びが多く、とにかく楽しかったんです。

その中で当時自分が一番興味を持ったのがパンづくりだったので、生活講習が終了してからは大学に通いながらパン教室にも通っていました。当時は自分でつくったパンを蚤の市で売るなどもしていましたね」

大学卒業時は在学中に大学から紹介されアルバイト勤務をしていた工務店でそのまま働くことを選びましたが、その後早々に食の世界へ飛び込むことになります。

酒井 「学生時代に学んだことを生かした職業に就こうという気持ちがあったんです。でも働いてみた工務店はビルをメインにつくる会社で……。私にはそんな大きな商材を扱うのは向いていないと感じました。

小さくても自分がつくったものだと自負できることがしたいと思ったんです。『いつかは自分の店を持とう』という夢のもと、パン屋で働き始め、その後当時のトレンドであったアメリカンイタリアンのレストランで調理の仕事をします。そこも勤めてから4年が経って他の店も見てみたいと思い、転職活動を始めたときに一番興味を持ったのがDEAN & DELUCAでした」

中食に興味があったわけではないと言う酒井。しかし、1年に1回しか食べられない高級料理より日常の中で幸福になれる料理やパンが好きだったこともあり、DEAN & DELUCAの世界はど真ん中でした。

酒井 「しっかりとイチからつくりたいという想いがありました。たとえばベーコンはどうやってつくるのか、鶏はどのようにさばくのか、とか。『どこから物が来てどのようになっていくのか?』を学べる店が良いと思っていたので、自ら猟師として食材を取りに行く当時の料理長のオーラとDEAN & DELUCAにはすごく引かれました」

こうして酒井はDEAN & DELUCAでの勤務をスタートします。

チャレンジの連続と訪れたライフイベント

▲大学時代の建築を回る一人旅の一枚

入社時はDEAN & DELUCA品川店のキッチンで業務を始めた酒井ですが、持ち前のバイタリティと要領の良さ、視野の広さを存分に発揮し、さまざまなポジションでの業務を任されます。

品川店の勤務後、20代で渋谷店のシェフを経験。以降は、BK(Bakery)ビジネス立ち上げシェフ、BKホームキッチン立ち上げシェフ、料理教室に立ち上げメンバー、カフェ業態の再構築など新たなチャレンジをし続けます。

多くの仕事に挑戦する忙しい毎日でも、自身でバランスを取りながらプライベートも大切にしていた酒井は、2010年に結婚。その後、新店の料理教室で自分のクラスを持ったタイミングで妊娠がわかります。

酒井 「子どもができたのがわかったときは単純に嬉しかったです。仕事を辞めることは少しも考えもしなかったし、出産を終えたら仕事に戻るんだと疑ってもいませんでした。そもそもキャリアに対するこだわりはなかったので、仕事を休むことに対してのデメリットを感じたこともなかったです」

実は酒井の妊娠がわかった時点では、今までに社内で調理・製造職で産休・育休を取得したメンバーがひとりもいませんでした。体力勝負である調理・製造職において前例のない、産休・育休復帰後に復職することに、酒井は前向きでした。

酒井 「正直不安はありませんでした(笑)。上司に絶大な信頼を寄せていましたし、むしろ子どもを持つことは今後の仕事にも生かせるんじゃないかとも思っていましたから。なので休みが取れることに対してはとてもポジティブで、やりたかった編み物や縫い物をする時間も取れるんじゃないかという楽しみのほうが大きかったです」

酒井は約1年の産休・育休を経て、仕事に戻ってきます。

「変わったこと」と「変わらないこと」──価値観とチャレンジ精神

▲会社の仲間とLAへ向かう前の空港での愛娘との一枚

無事に出産と充実した育休期間を終え、新たにBK商品開発担当というポジションで復職した酒井。家庭と仕事を両立していく中で自身の仕事に対する向き合い方の変化があったと語ります。

酒井 「当たり前ですが、以前のように『仕事が残れば終わるまで残業してでもやる』という働き方はできません。なので『どう効率良く仕事をするか』『いない時間にメンバーが困らないために何をするか』という発想で働くようになるんです。『スケジュールをしっかり立て、目の前の業務を効率良く、早く終わらせる』そんな当たり前のことを、今まで以上にいつでも考えるようになりました」

こうして出産・育児というライフイベントを通して得た新たな価値観を充分に発揮し、育休前と変わらぬパフォーマンスで業務を進めていく酒井に新たな気持ちが湧いてきます。

酒井 「復帰してから間もなくして育児とBK商品開発業務のバランスが取れるようになりました。それは良いことであると思う反面、正直物足りなく感じてしまって……。当時の上長に私たちウェルカムの別ブランド『TODAY’S SPECIAL KITCHEN』のシェフがやりたいと話ししたんです。私のキャリアが生きると思ったことと、自分の想いを直接お客様に届けたいという気持ちが強いことも伝えて」

新たなポジションへチャレンジする気持ちを忘れない酒井らしい提案でしたが、この提案に上司は首を縦に振りませんでした。

酒井 「上司には『今のお前がシェフをやるのは、お前にとっても店のメンバーにとっても良くないんじゃないか。理由がなんであれディナータイムにシェフが店にいないのは、メンバーにとってもお客様にとっても良いことではないし、ディナータイムに働いて子どもが小さいうちにお母さんが家にいないのも良いことだと思わない』と言われたんです。

長いこと面倒を見てもらい信頼している上司だったし、何よりも親としての先輩だったこともあって、『焦ることはないかな……』って納得したんです」

今回は酒井の希望は通りませんでしたが、これをきっかけにその後に新たな提案をもらい、新たな場所でのチャレンジが始まります。

配慮はするけど、やりたいことは続ける

▲北海道新得町の共働学舎にて選抜メンバーで行った「DEAN & DELUCAの未来を考える会議」にて

2020年現在の酒井は新しいチャレンジとしてカフェ商品開発担当兼エリアMGRという、仕事量も難易度も高いポジションを担当しています。そんな酒井は今後の仕事への向き合い方をこのように語ります。

酒井 「今後も子育てと仕事は両立させていきたいと思っています。子どもができてからも、それを理由にやりたいことがなくなったりはしていません。配慮はするけど、やりたいことはやり続けたいです。うちは旦那が個人事業主なので、ある程度自由に動くことができるのもあり、私が働くことを当然のこととして受け入れてくれているのが大きいです。

『理解してくれる』とか『サポートしてくれる』とかではなくて、もっと自然な関係性で、男女というよりパートナーシップでいてくれている──そういうマインドの旦那に大変助けられています」

酒井の表情や言葉には「母としての優しさ」と「女性としての強さ」が詰まっています。そんな酒井は、今後の仕事における夢をこう考えます。

酒井 「いろいろやりたいことがあるのですが、『あらためて料理にしっかりと向き合いたい』と思っています。今担当をしているのはカフェメニュー開発なので、私が直接お客様に商品を提供することはありません。今の仕事にも満足していますが、やはり好きな料理がしたいという想いがあります。

そして最終的にいつか自分のお店を持ちたいです。売り上げとか気にせず好きな料理を出せる店! ブランドを通したメニューではなく気軽でカジュアル、パンも料理もなんでもありの日常的に使ってもらえるお店づくりがしたいって思っています」

「自分でつくったものと自負できることをしたい」と飲食の道に飛び込んだ酒井。結婚・出産というライフステージの変化を経験しても、当時のモチベーションがかげりを見せることはありません。

時代に合わせて、働き方は多様化しています。DEAN & DELUCAは会社としての成長を追い求めるだけでなく、今後も酒井のように仕事と家庭の両立を楽しめるメンバーが増えることを、積極的にサポートしていけるチームでありたいと考えているのです。