必死で働いた5年間~成功と挫折~

▲前職にて年間最優秀営業賞を受賞した際の一枚

「REVIVE KITCHEN THREE」は食を通じて現代人のからだと心に再生を促す、コスメティックブランド「THREE」のフィロソフィーを新たな一面から提案するレストラン。ウェルカムは「REVIVE KITCHEN THREE」立ち上げ時のコンセプト開発から携わり、現在も企画・運営を行うブランドです。

2020年5月現在、大井 龍之介は東京ミッドタウン日比谷内にある「REVIVE KITCHEN THREE HIBIYA」にてマネージャーを勤めています。飲食店を経営している母親の影響もあり飲食業には興味があったものの、大井のキャリアは違う形でスタートします。

大井 「大学卒業後は、イベント制作/空間デザインの会社に企画営業職として就職しました。就職を考え始めたときから、普通の企業は自分に向かないとわかっていたので『好きなことを仕事にしたい』と決めていました。

なので興味があった飲食・エンタメ・広告業界だけを受けたんです。そのうち数社から内定をもらったのですが、一番引かれたのが1社目の会社でした。

一人ひとりの裁量が大きく、若い人にチャンスを与える社風。業務実績もそこで働いている人もかなり尖っていて、めちゃくちゃカッコよく見えました。ミーハーな僕はそこに魅力を感じ(笑)、その会社で働くことを決めました」

入社後は望んでいた通り、多くのチャンスと裁量のある仕事を任され、新卒3年目にプロデューサーという役職に就きます。部下も持ち、社内でも指折りの大きなPJTを3年連続で任されるまでになった大井。しかしその後、自身の体調の変化をきっかけに、転職を考えることになります。

大井 「プロジェクトはなんとしても成功させたかったので、その3年間は必死でした。そのかいもあって3年目には大きな結果も出すことができました。

ただし当時は、スキルのなさを時間で補完しているところもあって、終電で帰れればまだ良い方で……。徹夜で仕事をし、シャワーだけ浴びに朝、家へ帰るような日々でした。そんな働き方を続けているうちにあるとき突然気持ちが切れてしまって。

その後お休みをいただき、国内を旅したり、ポートランドへのクリエイティブ研修旅行に参加したりしました。そのたびに現地で『自分らしい働き方・生き方』をしている人たちを見て、自分の価値観を見直すタイミングだなと感じたんです。そんな折に母が病に倒れ手術になったことも重なり、前職を退職しました」

母の店を継ぐための学びの時間~マネージャー候補から企画職に~

▲ポートランド クリエイティブ研修時の一枚

大井にとっての『自分らしい働き方・生き方』のひとつの解は母の店を継ぐということ。

ただ、そのまま母の店を継ぐべきか、その前に飲食の企業に就職をするかを迷っていました。そんな大井をウェルカムに誘ったのは、プライベートでも親交の深い、信頼のおける前職時代の先輩でした。大井はその誘いを受け、見事希望通り外食事業部の店舗マネージャー候補として採用されることとなります。

大井 「面接をしてくれた上長には『まずは現場を学び、将来的には自分で事業を起こし、現場運営ができる人間になりたい』と伝えました。当時、僕の飲食経験は学生時代のアルバイトでしかなかったので、母の店を継ぐためにも現場での経験を積む必要性を強く感じていたんです。

また、そのときに『母の店を継ぐことが最終目標なので、学ばせてもらって、最短3年で辞めたいです』とも伝えました(笑)。

それでも採用をしていただき、入社後最初の配属先「TODAY’S SPECIAL KITCHEN」では、先輩たちが自分をマネージャーに育てることをミッションとして取り組んでいるのがよく分かって。最高な仲間たちと本当に温かい会社だと思いました」

ところが、そのままマネージャーへの道を目指していく予定だった大井に転機が訪れます。

大井 「ある日、上長に呼び出されて『今ウェルカムは、どんどん新しい事業を開発していくフェーズにきている。“事業開発“という、企画開発からビジネスリソースを提供し、現場運営まで見届ける。

そんなことに興味はない?会社と一緒にチャレンジしてみない?それとも、このまま現場運営のプロフェッショナルを目指したい?』と、前職の経歴も見越してか声を掛けてくれたんです」

ウェルカムに入社する以前から、新しいコミュニティや場づくり、空間づくりに興味があった大井。

大井 「楽しそうだなと素直に思いました。さらには、お店で働いているだけでは学べない、お店づくりの始め=事業開発というフェーズに関われるのは、いつか自分で事業を起こすときにとても役に立つと思ったんです。

もしかしたら、マネージャーへの道は遠回りになるかも知れないけど、『今はこっち』だって気持ちが反応して。事業開発という仕事に関わることを選びました」

企画を経験したからこそ学べた現場の重要性

▲母の店を貸切り、企画・運営をしたパーティーでの1枚(写真右上が母親、前列中央が大井)

事業開発部に異動をした大井は、実に数多くのPJTのメンバーの一員として経験を積みます。

大井 「たくさんのプロジェクトに関わらせてもらって、ビジネスの企画や立ち上げフェーズを経験させてもらったことはとても勉強になりました。でも、同時に本当に大事なのは立ち上げたその後(=現場)だというのをあらためて強く感じたんです」

大井はTHREEブランド10周年を機としたREVIVE KITCHEN THREE AOYAMA のリニューアルプロジェクト関わったことがきっかけで、いっそう、現場への想いが強くなったと言います。

REVIVE KITCHENは、「美を食す」をテーマにした肉・魚を使わないベジタリアンの店。大井にとって、もともとこのような店の印象は、海外から輸入されたコンテンツを日本になじむように表現しているだけというもので、あまりポジティブではありませんでした。

大井 「でも今は今日の世の中の『食』に対する考え方、多様性を知るようになったり、衝撃的においしい野菜料理を経験したこともあったりと、僕の中の『野菜料理』の価値観が大きく変わりました。

野菜というコンテンツから表現される一皿の幅広さや、地球環境に配慮したエシカル的な意味合い。それがライフスタイルにつながっている側面にも魅力を感じています」

また、同年代(30代前半)ながら幅広く食の世界で活躍する情熱を持った仲間との出会いもありました。

大井 「仲間と、コンセプトからコンテンツまで自分たちで創造したことで、ブランドのクラフトマンシップが高くなっていると感じています。ちょっと熱いですよね(笑)。

でもそれくらいこのブランドをすばらしいと思っているんです。そしていつの間にかこのブランドを、企画から立ち上げて終わりではなく自分が現場にまで入り込んで、『プロジェクトとして一緒に前に進めたい。世に伝えたい。』と思うようになっていて。自分からマネージャーというポジションに立候補しました」

大井が2020年4月の時点で店舗マネージャーとして勤務することを選択した理由は、以前と違う、熱いものでした。こうして大井は、ついに入社当初から希望をしていたマネージャーとしてのキャリアをスタートします。

変わらない目標とアップデートされる自分

▲現在の大井

さまざまなPJTを経験し、店舗マネージャーとしての一歩を歩み始めた大井の、今後の目標とは。

大井 「今後は、もちろんREVIVE KITCHENのPJTをビジネスとして成功をさせたいのと、その成功を通して新しいカルチャーをつくれたらいいなと思っています。その他、今興味があるものは『一次産業』なんです。

これは単純に、生産者・つくり手に対する憧れ、リスペクトが強くあるのかも知れません。土着感、自給自足の生活したいです(笑)。後は、やはりいつかは母の店を継ぎたいです。

母のお店のスタッフ、近所の人たちとは家族みたいな関係で、僕にとってやはり特別な場所なんです。『ただの飲食店ではなく、人と人がつながる・笑顔になれる場所』として母の店を受け継ぎ、時代に合ったミニマルだけど豊かな暮らし方をしたいです」

母親の店をすぐに継がずにウェルカムで働くことを選んだ大井。その判断に後悔はありません。

大井 「僕はウェルカムの企業理念の「感性の共鳴」という考え方がとても好きです。僕が言うのもおこがましいですが、母がつくった店は空間・スタイル・考え方、どれをとっても当時から本当にセンスが良かったんです。

そして、その感性・価値観に共鳴をしてくれる仲間、お客様がいたからこそ、40年以上も商売を続けることができていると思っています。ウェルカムで働いたことで再認識させてくれたこの考え方は、僕の今後の人生、生活における重要な判断基準のひとつとなっています。

これは中に入って経験したからこそ得られた考え方です。だから、あのときの僕の選択は正しかったと胸を張って言えます(笑)。後は、ウェルカムで一緒に働く仲間たち、関係するすばらしい方々とつながり出会えたことがとても幸せです。『人』が最高なんです」

大井の最終的な目標は、ウェルカムへの入社前から変わらずに母親の店を継ぐことです。大井がウェルカムにとって大切な戦力であることは間違いありませんが、自身の夢に向かっているメンバーを心から応援し、サポートする。

ウェルカムはどれだけ会社の規模が大きくなろうとも、本当の意味でメンバーを大切にする会社として、今後もメンバー一人ひとりに寄り添える企業でありたいと考えます。