がんや難病でも「自宅で入院生活」を。名古屋で在宅医療を広げる医師の挑戦

日本全国で、1年間に亡くなる方が何名いるかご存知でしょうか? 2015年の統計では、約130万人。なかでも愛知県名古屋市にある吉田クリニックでは、死因の第1位であるがんやALSなどの難病も受け入れ可能な在宅医療を行なっています。理事長・院長の吉田淳が、全国でもめずらしいクリニックを設立するに至った背景を語ります。
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日本ではこれから40数万人分の、“最期を迎える場所”が不足する

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▲吉田クリニック院長の吉田は、かつて急性期治療の現場で働いていた。写真は研修医時代のもの

2017年時点での死因第1位は悪性腫瘍、つまりがんになります。将来的にみると、170万人まで増える見込みです。その「みとり」の場所を比較すると、現時点では9割近くの方が病院で亡くなっていることがわかります。

しかし日本の医療状況を考えると、病院のベッド数が減ることはあっても、もう増えることはないでしょう。現在でも130万人分の終末期を支えるベッドを確保することで、医療機関は精一杯のはずです。

こうした状況下で、自分は医師として何ができるのだろうと考えました。

私はもともと消化器外科を専門とし、1983年から救急の現場で急性期医療に立ち会ってきました。そのため、ターミナル期における症状の変化に対応することや、脳梗塞・認知症などで言葉を話すことができない方の不調がどこにあるのかを、探し出して治療を施すことが可能です。

私は、急性期医療の現場で求められることと、在宅診療はかなり近いと感じていました。

そこで、これまでの経験を生かした在宅医療の場を提供することで、多くの患者さんに残された時間を最大限快適に過ごしてもらえるのではないかという結論を出したのです。

なかでも、私が着目したのは「がん」の患者さんたちでした。

2017年現在も年間約40万人ががんで亡くなっていますが、これは3人にひとりの割合です。将来的には、2人にひとりががんで亡くなるといわれています。

病院に頼らず終末期を迎えざるをえない40数万人の方が必要とするのは、「治療が終わり、最期を過ごすための場所」なのではないか。そう考えて、がん・難病専門の施設、ナーシングホームを運営することにしたのです。

またALSをはじめとした神経性難病も、症状が進行して気管切開をしている、人工呼吸器をつけているとなると、受け入れてくれる施設が限られてきます。

実際にそうした患者さんの診察をする機会が増えたことで、がんや難病の患者さんたちを、積極的に受けいれる方向に舵を切りました。

患者さんだけでなく、まずはご家族との信頼関係を構築する

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▲往診時、白衣は着ない。それが吉田のスタイル

2008年12月、私は吉田クリニックを、往診専門に切り替え、積極的にがんと難病の患者さんを受け入れました。それまでの数年間は、午前中は外来、午後は往診というスタイルだったのです。

当時から、一度は在宅での治療を決意して病気の家族を引き取るものの、やはり継続が難しく、患者さんを病院に戻さざるをえないケースを多数見てきました。

同時に在宅治療は難しかったとしても、自宅に近いような場所があるといいのではないかと考え、「擬似在宅」をテーマにした在宅ホスピスも作りました。

システムから建物まですべてにおいて、“患者さんのために、看護師が施設を作ったらどうなるか”を、実際に働く看護師たちの意見を取り入れて実現。

この「ナーシングホームジャパン」を設立した当時は、医師の往診の習慣はあっても、在宅でみとりをすることが地域に浸透しているとはいえませんでした。そこで私は、当時使っていた名刺の裏に、”自宅で入院生活を”と印字したのです。

今はようやく在宅医療の認知が広がりつつありますが、当時は「自宅で入院生活なんて、できるはずがないだろう!」と、患者さんにもご家族にも信じていただけませんでした。

死期が迫ったご家族がいることを近所に悟られたくないと、私の着ている白衣や、クリニックの名前が入った車が自宅に停まることも嫌がられてしまう。

だから私は白衣を着ることをやめ、車からもクリニックのロゴを消しました。さらに念を入れて、今でも自宅の前には絶対に車を停めません。これは訪問看護ステーションとも連携していて、看護師がご自宅を訪れる際にも同じルールを適用しています。

患者さんが過ごしやすいように取りはかるのと同じように、ずっと地域で暮らしていくご家族の過ごしやすさも、また重要であると考えているからです。

LINEやショートメールなどをフル活用し、患者さんとご家族を支える

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▲患者さんとご家族の不安を取り除くことを、いつでも第一に考えている

在宅医療に興味がある若いドクターと話していると、「在宅でもここまで、種々の検査や治療ができるのですか!」と驚かれるほど、今ではポータブルX線、緊急血流検査など在宅で使える器機治療法が増えました。胸腔・腹腔ドレナージ、緊急血液検査、気管切開、中心静脈栄養や輸血も状態に合わせて行ないます。

それでも患者さんとご家族には私から、「もしも不安を感じることがあったら、いつでも病院を紹介します。どの段階からでも、病院を受診、入院することができます」と伝えています。

ご家族もそれをあらかじめ知っておくことで、本当に看護や介護に手が回らなくなってしまったら病院に戻ることもできるのだと、少しは気持ちの余裕につながるのではないかと考えているからです。

また不安な気持ちになったときには、気軽に連絡してもらえる環境を作るようにしています。緊急連絡先や電話番号のほか、特に訪問看護師とはLINEやショートメールも連絡ツールとして使用しているのです。

電話ですと「本当にかけていいのかな?」と躊躇してしまうことがありますが、こういったツールでは連絡のハードルも低いもの。患者さんの状態がわかる写真を添付していただくことも可能なため、私たちにとっても、ご家族や訪問看護などかかわりのある職種の方々にとっても非常に便利なツールです。

在宅治療の“総合コンサルタント”として、自分たちの使命を果たしていく

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▲自身の”Life Work バランス”も大切に。趣味のテニス、ラケットは錦織モデル。支援しているテニススクールの子どもたちからの手紙(右上)が、励みになっている。読書の時間も欠かせない(右下)

残された時間を心地よく過ごしていただくために、患者さんやご家族への配慮はもちろん大切です。同時に私は、在宅医療に携わる医師のLife Workバランスも大切なことだと考えています。

かつて私が大学病院に勤務していた頃は、環境的に労働時間を制限するような概念がありませんでしたので、2週間くらいは病院に泊まりこみで重症の患者さんを診ることもありました。急な呼び出しも多く、24時間365日気が休まりませんでした。

主治医はずっと患者さんを見守ることが、慣例だったのです。しかしそんな生活を続けていると、私たちもやはり人間ですから、どこかで疲れ果てて退職を考えるようになります。

自分自身がそのような体験をしてきたからこそ、当院では働くドクターにしっかりと休んでもらえる環境を用意しています。

日中の勤務であれば夜の時間は仕事から離れて、疲れを癒して朝を迎えたほうが患者さんにとってもメリットになるはずなのです。夜間待機の担当者がおり、帰宅後や休日に呼び出しは原則ありません。

スタッフたちにプライベートの時間をとるように伝えているため、私自身が率先して仕事以外の時間を充実させるようにしています。

毎日、起床後に少しずつですが興味のある分野の洋書を読むほか、仕事の後には週に2回ほどテニスに行くことを習慣にしています。

クリニックの近くにあるテニスクラブに入っているので地域の方との交流にもなりますし、これをきっかけとして個人的にテニススクールの子どもたちを支援するようにもなりました。

トーナメントや合宿のサポート、選抜メンバーはオーストラリアへの遠征もしています。私はクリニックがあるために立ち会えませんが、合宿や遠征の後などは、子どもたちが私に手紙を書いてくれるのです。

がんばって便箋いっぱいに書いてくれた手書きの手紙は、とてもうれしいものです。クリニックのある地域と将来への夢を持つこどもたちへの貢献として、これからも続けていけたらと考えています。

古代ローマ時代の詩人であるユウェナリスが書いた詩のなかに、「健全なる精神は、健全なる身体に宿る」という一節があるのをご存知でしょうか。在宅医療では、医師はその場にいる自分ひとりだけ、ほかに頼れる人がいません。だからこそ勤務外の時間でいかに身体を休め、気持ちを新たにすることができるかで、仕事の質が変わってくるのです。

もちろん、私も人間ですから疲れを感じる日もあります。それでもこれまで長きにわたって診療を続けてこられたのは、綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれませんが、患者さんと会うことが好きだから。私たちを待っていてくださるご家族や患者さんに会うと、一瞬で元気になってしまうのです。

私は、在宅医とは、医療だけでなく介護や生活環境、場合によっては経済的な相談に乗ることまで含めた“総合コンサルタント”であると考えています。このような医療を提供し、また自分自身も経験を積むことができるのは、在宅治療の現場だからこそ。

これからも地域に暮らす患者さんとご家族のため、当院で働くスタッフと共に、私たちの使命を果たしていきたいと思っています。

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