“白い巨塔”から“赤ひげ先生”の世界へ。大阪府堺で在宅医療に取り組む医師の奮闘記

幼少期から憧れていた「赤ひげ先生」の姿を、名古屋で出会った尊敬する医師に重ねて——2017年現在、吉田クリニックの大阪拠点で働く、医師の岡本康嗣。小説『白い巨塔』さながらの大学の医局から、在宅医療専門のクリニックに移ったのは35歳のときでした。「ことわらない在宅」を目指し、彼は今日も奮闘を重ねています。
  • eight

子どものころ、大ケガから救ってくれた「赤ひげ先生」に憧れて

29f41ba55da2f17af59be9578cab39b6fabaf2f1
▲吉田クリニック大阪拠点の医師 岡本康嗣

岡本 「僕が医師になろうと思ったのは、姉が看護職で医療を身近に感じていたことが直接的なきっかけです。一番興味があったのは外科ですが、赤ひげ先生的な存在にも憧れがありました。子どものころ大きなケガをして手術を受けた経験があり、そのときに接した先生が自分のなかでの赤ひげ先生的なものに近く、ずっと心に残っていたからです」

山本周五郎の小説や黒澤明の映画で描かれ、困った病人を助ける理想の医者として人々の記憶に刻まれる「赤ひげ先生」。手術を終えた翌朝、さっそうと病室に入ってきて明るく声をかけてくれる医師に、少年はまぶしさを感じました。

岡本 「しわくちゃのTシャツ1枚に白衣姿で、『おはよう元気か?』みたいな気さくな雰囲気が好きでした」

こうした経験から、医療の道に進んだ岡本。彼が医科大学で最終的に選んだ専攻科目は麻酔科でした。外科のさまざまな手術に接することができ、将来どんなジャンルにも応用が利くスキルを習得できると考えたのです。

北海道でキャリアを積んだのち心機一転、関西で在宅医療にチャレンジ!

Ed1b421d7f32e63d1a92af3e8f338ef41670308f
▲診療前、患者さんに合った医療機器の準備をする岡本

国立旭川医科大学を卒業後、2003年に同大学の附属病院に入職した岡本。彼は麻酔科医として経験を積み、専門領域の深い知識と技術を身につけます。医局にいた6年間で救急外来やICUもひと通り経験し、専門以外の領域に関しても幅広いスキルを得ました。

そして2009年、医局を退局して北海道で巡回健診業務を行なったのち、2011年に新たな可能性を求めて、京都や大阪で在宅医療を行なうクリニックへ転職することにしたのです。

岡本 「当時、在宅医療が全国的に普及しはじめていました。僕にとってははじめての分野ですが、これまでの経験が生かせると思ったのが、転職を決めた理由のひとつ。

また大阪は在宅医療を提供するクリニックの形態のバリエーションが多く、施設メインの訪問診療や居宅診療など、選択肢が多いように感じたのです」

岡本がはじめに入職したクリニックは、サービス付高齢者向け住宅などの訪問診療がメイン。「新しいことに挑戦するなら思い切って新天地でというのもいいかなと思った」と、北海道から関西へ動いた心境を振り返ります。

そのとき、彼はすでに結婚していて子どももいましたが、就学前だったため転校などの心配がなく、妻が「ついていく」と言ってくれたことも転身を後押ししました。

こうして岡本は京都で2年、大阪で2年、在宅医療に心血を注ぎます。そして介護リハビリについて学んだり、プライマリ・ケア認定医の資格を取得したりした後、2017年4月に、ホームケアクリニック堺(当時は医療法人社団八千代会。2017年7月1日から医療法人吉田クリニック)に入職しました。

入院相当の“在宅”を提供するクリニック、敬愛する医師・吉田淳との出会い

Ae4980cbccc3fbec4dfba289ee5ec48844250596
▲吉田クリニックに入って、趣味の時間も楽しめるように

岡本 「僕は2017年で、ドクターになって14年がたちます。これまでにたくさんの仲間や同僚、先輩方に支えられ、多くの教えを受けてきました。なかでも特に刺激を受けた医師のひとりが、吉田先生なんです」

ホームケアクリニック堺に入職後、名古屋市にある吉田クリニックで週2日、吉田に同行して2週間の研修をすることになった岡本。

「すごいことをする先生だ」と、事前に耳にはしていました。しかし実際、「訪問診療先で病院と同等の検査やリスクの高い処置をする」ことはもちろん、それを特別なことではなく、普通のこととして行なっている吉田の技術力と考え方に、彼は心底驚いたのです。

岡本 「僕もそうだったように病院内の人間は通常、病院のなかで行なっていることを当たり前だと思っています。でも先生は、在宅でも病院と同じ感覚をもち、がんや難病も受け入れ可能な高度な医療を実践していました。それが、自分にとってはとても新鮮に映りました」

その吉田の考えで、クリニックには夜間待機の担当者がいます。そのため、夜はゆっくり休むことができるのです。ドクターが働きやすい環境が整っていて、岡本は、自分自身のLife Workバランスも大きく変わったと感じています。

岡本 「以前働いていたクリニックは、夜間や休日にもコールがあって、正直しんどいなと思うこともありました。今は帰宅後や休日の呼び出しが原則なく、平日は何もなければ定時に帰れます。

おかげで、子どもと過ごす時間が増えました。休日は趣味の海釣りにも出かけたりしています。ドクターとして非常に恵まれた環境だと思います」

行先がない患者さんを可能な限り受け入れる。堺の“赤ひげ先生”を目指して

8d6d221b048574de737046c7e4d4016792186b6c
▲スタッフの養成や育成も担当している

2017年現在、岡本は吉田クリニックの大阪拠点、「ホームケアクリニック堺」で、スタッフの養成や育成などを担う中心的な立場にあります。

同クリニックは岡本を含め常勤医2人、非常勤医10人の体制で、神経内科や形成外科などさまざまなバックグラウンドをもった医師がいます。また看護師や雑務を担当するサポートスタッフとも連携して、チーム診療を行なっています。

岡本 「必要最小限で最大限のパフォーマンスが出せている今のチームは、まとまったとてもいいチームだと思います。さらに今後は、現時点での“最大限”をさらに引き上げられるポテンシャルがあると考えています」

医局、巡回健診、在宅、介護と、これまでにさまざまなキャリアを重ねてきた岡本。麻酔科医出身でプライマリ・ケア認定医ということもあって、緩和ケアや総合的なケアの対応を求められることも多くなりました。また、在宅では受け入れが難しい症例の患者さんから、相談を受けることもしばしば。

岡本 「特にがんや難病の患者さんは、退院して自宅に帰ることは決まっているけれど、行き場がなくて宙に浮いてしまうことがあるんです。

そういう患者さんが自分たちのところに相談にこられたのであれば、可能な限りできることをしたい。仲間を含めて勉強したり、受け入れる準備を整えたりして、要望に応えていきたいですね」

同クリニックの患者数は、2017年現在約170人で、居宅が90軒、施設が80人ほど。健康管理が必要な、通院困難な患者さん、神経難病の患者さんの比率が高くなっています。

なかでも岡本は、居宅を中心として、管理が難しいがん患者さんらを担当し、多いときで1日10軒ほどのお宅を訪問。

担当する患者さんのなかには、先天性の疾患をもって生まれてきた新生児や小児もいます。自宅で家族と過ごせる時間が限られていることから、「在宅」を決意した親御さんを全力で支えています。

日々、岡本が現場で感じていることは、居宅の訪問診療は1軒1軒すべて状況が異なり、10軒あったら10通りの対応が求められること。その複雑さと難しさをカバーするのが、幅広い知識と技術力とチーム力にほかなりません。そのためにも日ごろからスタッフをどれだけいたわり、鍛えていくかが大事なことだと彼は考えています。

北海道から関西へ移って早6年。今では無意識のうちに、日常会話に関西弁のイントネーションが混じるようになった岡本。

「医師という立場ではなく、“たまたま医師免許をもった知り合い”という感覚で患者さんと接することができたら」。

そんなスタンスをもつ彼に、多くの患者さんが信頼を寄せています。

関連ストーリー

注目ストーリー