元球児&歌手。異色の経歴の男が在宅医療現場で全霊を捧げる“人のためになる”仕事

学生時代は野球に打ち込み、大学卒業後はピアノの弾き語り歌手として活動。そんな山本裕紀が2012年、25歳でめぐり会った仕事が、在宅医療現場で医師のパートナーとして重要な役割を担う「サポートスタッフ」でした。人生の紆余曲折を経て、医療業界という未知の世界に生きる意義を見出した男のヒストリーです。
  • eight

25歳のときに歌手から転身、経験ゼロで医療業界に飛び込む

613560b3f331e702aeb67fa0125db69dc8cd0a1c
▲歌手時代の山本裕紀

大阪府堺市にある在宅医療専門のホームケアクリニック堺。吉田クリニックの大阪拠点である同クリニックに、山本裕紀は2017年1月、サポートスタッフ第1号として入職。2018年現在は事務長補佐にキャリアアップをはかり、サポートスタッフを兼ねながら同クリニックのマネージメント業務にも携わっています。

彼がこの世界に飛び込んだのは、東京の在宅医療機関で働く友人から誘いを受けたことがきっかけでした。

山本 「当時、僕は東京で音楽活動をしていました。一緒に働かないかといわれたときは、医療業界と聞いてもピンときませんでした。もともと医者嫌いでしたし、医師や病院自体が自分とは違う世界だと思っていましたから」

小学校で野球をはじめ、中学・高校・大学と野球に熱中した山本は、さわやかな体育会系。日本一レベルが高いといわれる東都大学野球リーグに打ち込んだ学生時代は、真剣にプロを志しました。しかし夢かなわず、昔から好きだった音楽の道にシフトチェンジ。大学卒業後、大手芸能プロダクションの養成学校に通うかたわら、独学でピアノを学びます。

その後、オーディションで実力を認められた芸能事務所に所属。ライブステージで、J-POPを中心とするピアノの弾き語りを行なっていました。けれども歌だけでは食べていけず、肉体労働のアルバイトをしながら音楽活動を続けるように……。最初は歌に比重を置いていたのが、意に反して徐々にアルバイトの時間の方が長くなっていきました。山本が医療業界に誘われたのは、ちょうどそのころです。

山本 「当時のサポートスタッフは『医療秘書』という名前で、その職種自体が新しくできたばかりでした。最初は自分には無理だと思いましたが、よくよく話を聞いてみると、仕事は訪問診療先へ向かう医師に連れ添っての車の運転や診療のサポートがメインとのこと。それならできるかもしれないと思い直しました」

特別な資格も専門知識も不要。しかも、患者さんは病院へ通えずに困っている高齢者が中心。そう知ったとき、田舎生まれで幼いころから地域の老人に囲まれて育った山本には「おばあちゃん、おじいちゃんたちの助けになりたい」という気持ちも芽生えました。

現場に出た初日から、全精力を傾ける意義のある仕事だと直感

5f36165906cccaf8f858f2734d6985bb558845fd
▲入職当初の山本

こうして山本は、2012年から東京の在宅医療機関で働きはじめます。それまでは治療や診察を受ける立場だった彼が、非医療職とはいえ医師に同行する秘書として、医療を提供する側になったのです。

山本 「医療を外から見ていたときには、医師や看護師さんは大変な職業だとしか思っていませんでした。でも自分もそちら側に立ってはじめて現場に出たとき、患者さんのために行動するこの仕事は、大変だけど全力を捧げるだけの意義がある仕事だと直感しました」

それから山本は医療秘書としてキャリアを積み、日々の業務を通じて専門用語や知識を身につけます。人生でかつてないほど自主的に勉強にも励み、2年に一度行なわれる診療報酬改定の内容や難しい病気のことも一つひとつ覚えました。

山本 「もともと直感で動くタイプなので、最初に感じたとおり困っている人たちの力になれることにやりがいを覚え、毎日が充実していました。勉強も自分のためにするのは苦手だけど、患者さんやそのご家族に保険制度やサービスのことをわかりやすく説明するため、医師との連携をスムーズにはかるためと思えば苦にはならず、覚えることが楽しかったですね」

そして彼は30歳で東京を離れ、ホームケアクリニック堺に転職します。在宅医療現場における医師のサポートという新しい職種で、いつしかその道のプロになっていた山本。サポートスタッフの最初のひとりとして、クリニックの体制づくりにイチから参画してみないかとオファーを受けたのです。

ここでも直感が働いた山本は「面白そう」という理由で大阪赴任を決めました。

サポートスタッフは医師と多職種とのパイプ役、在宅医療における現場監督

Fd19e3a2a71026a9a19eea2d5b4bd27305dea2e1
▲周囲のスタッフへの気遣いを忘れず仕事に励んでいる

ホームケアクリニック堺には2018年現在、山本を含めサポートスタッフが5人います。医師は常勤、非常勤合わせて12人が在籍し、提携病院や薬局をはじめ、訪問看護師、ケアマネジャーといった多職種と連携をとりながらチーム診療を行なっています。

山本 「サポートスタッフの仕事は、資格がないとできない医療行為以外のすべて。具体的には訪問前の医療器具や薬の準備、現場でのカルテの入力や多職種との連絡調整など。訪問診療先で医師に100%診療に集中してもらうためのトータルサポートです」

その職種を山本は「現場監督」に例えます。多職種の人に気持ちよく動いてもらい、患者さんによりよいサービスを提供するために、常にいろいろな方面に気を回しながら現場を指揮する役割を果たしているからです。

山本 「今いるサポートスタッフ5人のうち、ほとんどが僕と同じように異業種から転身した未経験者です。飲食業界から転身した人もいれば、テーマパークで働いていた人もいます。僕は新人スタッフ全員の面接に立ち会っていますが、この仕事を志す動機として、みんなが『人のためになることがしたい』というんです。人間が好きで、困っている誰かの助けになりたいと考える人だったら、きっと仲間になれると思います」

山本が後輩の育成で心がけているのは、すべてを教え込まずに自主性を大事にすること。事務長や医師と意見を交わし合いながらスタッフ一人ひとりに合った指導法を模索し、長所を伸ばし、短所を補う育成を行なっています。

山本 「僕がこの世界に飛び込んだばかりのころよりも、彼らや彼女たちは何倍ものスピードで仕事のスキルや知識を吸収していきます。そんな後輩たちの頼もしい成長ぶりをそばで見守ることも、自分自身のやりがいになっています」

サポートスタッフとしてキャリアを積み重ねた先の未来図

C69a6ede0bd116ddaa7ea47fb840b8fd970df63e
▲2018年現在の山本

山本は医療業界で働きはじめて2018年で6年目。6年前を振り返ると、今の自分の変貌ぶりに山本自身が一番驚くほどです。

山本 「最初は何もわからないまま好き勝手やっていましたから。仕事のことはもちろん、人としての生き方も教えてくれた医師、こんな自分をありがたがって迎えてくえた患者さんやご家族には感謝でいっぱいです」

命のやりとりをする現場で、スピード感をもって情報共有をはかることの重要性や、常に相手の立場になって考えることの大切さなど、多くを学んできた山本。

人とつながり、人のためになれることがうれしくて夢中で吸収してきたことを、今の職場で後輩たちにできるだけ多く伝えていきたいという気持ちが彼にはあります。

山本 「ゆくゆくは彼らや彼女たち自身が人に何かを教え、地域のかけはしとなる人材になってもらいたいと願っています。そして最終的には僕を抜いてほしいし、そうなることが僕の一番の喜びにもなるんじゃないかなと思います」

サポートスタッフとしてキャリアを積み重ねた先にあるものは、山本のように事務長補佐や事務長といったマネージメントをする立場のほか、ホスピタリティを極めた現場のスペシャリストかもしれません。

そのどちらにもなりうる人材を育て、サポートスタッフがチームの要として機能しているホームケアクリニック堺の診療体制そのものを、地域に広げていくのが山本のこれからの夢です。

山本 「サポートスタッフが現場の采配をして、チーム全員が患者さんのために前を向いてひとつになっている今のクリニックの体制に、僕はとても自信をもっているんです」

すべては人のため、地域で医療を必要としている患者さんのために。山本の思いは大きくふくらみます。

関連ストーリー

注目ストーリー